【EP4.0】夢の続き

 ドンという爆発音で身体がびくりと跳ねて起きた。

 花火の残りの光が目に飛び込んできて、状況の把握をしようと顔を上げた時に知った顔が見下ろしていた。


「おはよう、琥斗君。こんなところで眠りこけるなんてお疲れだね」

「は…、那由里、お前……」


 長い銀色の髪、薄水の瞳が花火の明るい色で照らされていた。

 琥斗は頭に何か柔らかい感触を感じていて、この状況と、体勢的に…なゆたに膝枕をされていると気づくまでにそう時間はかからなかった。

 そして自身の手の届く領域内に仕込み杖が無い事も。


「どういうつもりだ…」

「私みたいな陰キャに無様晒した挙句に膝枕されたら屈辱的かなって思って」

「…そうだな、そういうのは好きな男にしやがれ」


 琥斗は迷いを見せてこの状況に甘んじていた。


「………そうは言っても退くわけじゃないんだね」

「勝手にやっといて退けとか言わないだろ?」

「えっと…、実は足が痺れていたりするんだけど」

「ざまぁねえな」


 琥斗は、屋根の上に潜んでいる二人にも気づいていた。

 自身の領域内で笑いをこらえているとあれば嫌でも聞こえるのだ。


「……オイ。嗣原和臣、天谷弓槻。お前らが居るの、気付いてはいるからな?」

「っくく…だめだ。俺にはあの皐月センパイがなゆちゃんの膝枕を甘んじて受けているのが面白すぎて…ふふっ。いや、可愛いなセンパイ?」

「おはようございます、皐月先輩。先輩にはカッコイイだけじゃなくて可愛い要素もあるんですね。ズルいなあ」

「外野がうるせぇ…」


 屋根の上から和臣と弓槻の二人が見下ろす。

 何度か花火が打ちあがった。


「テメェらな…そんなんだから学校で悪評が立つんだぞ」

「俺としては名誉なことだし~?」

「ごめんなさい、先輩~」


 まったく反省していないと言っていい声が館の屋根の上から降ってくる。


「ったく…あと俺の武器取っただろ。返せ」

「えー…"日常"に武器は必要なくない?」

「だったら今すぐテメェの武器も全部そこに捨てろ」

「しょうがねぇなあ~…」


 和臣は確認する素振りを見せて、そしてどこからか沢山の武器を引きずり出す。

 ボルトアクションライフル4丁、キーンナイフ12本、FGH-666、クロスボウなど…その他重火器が音を立てて目下の庭へと放り投げられていく。

 最終的に不法投棄された粗大ゴミの山のような光景が出来上がっていた。


「これだけ持ち歩いていて、俺によくそんなことが言えたな。気持ち悪いわ…」

「ふはは! 皐月センパイとは詰め込み方が違うんでね!」


 和臣は楽しそうに笑ったが、「あ」と何かに気付いた声を上げた。


「ごめ~ん。センパイの仕込み杖も一緒に投げちゃったぜ」

「この野郎…」

「後で探しておいて!」


 和臣はへらっとした笑顔を向けた。

 琥斗はあの中から一つの武器を探し出すのは少し億劫な感じさえした。


「あのー…琥斗君。ほんとにギブアップです…膝枕は幻想だ。フィクションの乙女どもはどんな強靭な太ももをしているんだ…」

「騒がしいな、本当に…」


 琥斗は仕方がなく身体を起こして、なゆたと向き合った。


「足が死ぬかと思った…。人の頭は重いね…」

「………お前ら…呑気に花火を見てるが、誰とも会わなかったのか」

「私たちは会わなかったよ」

「そうか…ならいい」


「俺は会ったけど」と和臣はどうでもいい事のように告げた。


「えっ! 和臣、誰かと会ったの!? でもさっき安全だったって…」

「まぁー…、だったから脅威じゃないと思ったんだよ」

「……アイツ…」


 琥斗は頭を抱えたが、少し安堵したような表情を見せたが、抱いた違和感を声に出した。


「…何故お前がアイツを知っている?」


 それを見た和臣は余裕のある表情で声をかけた。


「え~、教えな~い!」

「…ハッ、お前はその油断でいつか死ね」

「おお、良い煽りだな。一回殺しとくか…まだ≪リザレクト≫できるだろ?」


 和臣が最後に隠し持っていたキーンナイフを1本取り出す。


「二人とも…、殴り合ったら流石にUGNに連絡するよ?」


 なゆたが先に言葉で牽制すると二人は屋根越しにただ睨み合うだけだった。


「そうだな、なゆちゃんに免じてやめといてやるよ」

「…知ったこっちゃねーわ」


 琥斗はそう言いながらバルコニーにあった椅子に座り、テーブルに肘をついた。


「……はあ…、浴衣汚れてるし……。何度か死ぬのは構わないが、血で服が汚れるのが嫌だ」

「そっちなんだ…。オーヴァードになると倫理観崩れるよね、気持ちは分からなくもないけど」

「…お前らはどうして浴衣を着てないんだ」

「俺は着たかったんだけど~、なぁ~…」

「俺も着るか悩んだんですけどね、俺だけ着るのもな~と思って…」

「私は浴衣にこだわる必要はないかなと思って…」

「せっかく俺様が"奇跡"を起こしてやったのに。もっと楽しめよお前ら…」


 琥斗はテーブルに肘をついて海側で上がる花火を不貞腐れるような表情で見た。


「いやいや。俺達は有難く楽しませってもらってるぜ。そりゃあもちろん」

「していいのかわからないけど、感謝してますよ。先輩!」

「…お前らに言われても嬉しくない」


 琥斗は溜息を吐いた。


「そう言う琥斗君は楽しんでるの? こんなところで。本当だったら一人なんでしょ」

「俺は良いんだよ、花火なんか興味はない」

「皐月先輩、何人か女子に誘われたけど全部断ったって噂になってましたよ」

「モテるのに断るとは贅沢な…」


屋根の上からヤジが降ってくる。


「俺は一人の方が好きなんだよ、誰かと一緒とか………面倒くさい」

「実はなゆちゃんと一緒に見たかったり――――」

「ほざけ、どうして俺がこんな陰キャ女と見なきゃいけねぇんだ」


 和臣と弓槻は屋根の上で呆れていたが、バルコニーの床に座り込んでいるなゆたは澄ました顔で琥斗を見上げていた。


「ちぇ、センパイ思ったよりへっぴり腰でつまんねぇな」

「…その発言の報復は今度させてもらうからな」

「それは楽しみだ。だけど…センパイがなゆちゃん誘わないなら俺たちも計画を変えるしかないな~」

「せっかく人が少ないところで花火見れると思ったのにねえ」

「…ということで、センパイ。俺達、別の場所行くから、なゆちゃんのことよろしくね? ちゃんと家まで送ってあげなよ。…泣かしたら、あとで刺すから、ちょっと刺すから!」

「…俺様が、"No.160"の所持者に何もしないとでも思ってるんだったら随分と舐められたもんだな」

「あはは、さあな! 答えは明日にはわかるだろ!」


 和臣と弓槻の二人は屋敷の屋根から飛び降りて、さらに海岸線のほうへ跳んで行って姿は見えなくなった。


「はあ………」

「琥斗君、あの二人一緒だと特盛のとんかつみたいに重いでしょ。ヘビーなんだよ…」

「その通りだな…中学時代からアイツらは知っていたがうるさすぎる…、ってそうじゃねぇんだよ」

「…何?」

「何、じゃなくてさっさと帰れ。六蒼館は俺ん家の敷地内、不法侵入」

「千雨さんから許可貰ったので不法侵入じゃないです」


 なゆたは千雨から預かったこの館の鍵を見せた。


「…ね………千雨に会ったのか」


 琥斗は一瞬、姉さんと言いかけるのを訂正する。


「この館の鍵をくすねた悪い琥斗君がいるから懲らしめて欲しいってね」

「なんだ、やんのか?」

「……私が琥斗君と一人で戦えるわけないでしょ。ちゃんと帰るから安心してよ」


 喧嘩を売られかけて、なゆたは瞳の奥を一瞬、怪しく光らせた。

 なゆたはやりようがあるのは知っているが、自らジャームになりたいわけではないし、ましてや"マスターオラクル"と同じ方法で琥斗の命を握りたいわけでもない。

 一瞬の怒りに目を瞑るといつもの薄水の瞳を向けた。

 

 そして、そんなことよりも帰る前に、琥斗には言わなければいけないことがあるのだ。


「夏祭りは十分楽しんだし満足してる、予定外の花火も見れて満足してる。正直、引きこもりにはお腹一杯だし帰ってもいいんだけど…その前に琥斗君に言いたいことがあって」

「悪口なら聞かないぞ」


 なゆたは床から立ち上がって、椅子に座っている琥斗の近くまできて、丁寧に頭を下げた。


「10年前、助けてくれてありがとう。色々あったけど、お陰様で生きてるよ」

「……お前」


 なゆたは琥斗の顔を見ず、頭を上げるとすぐに振り返った。


「じゃあ、私は帰るよ。和臣君はああ言ってたけど、一人で帰れるし。私から言っておくから―――」


 なゆたが背を向けて数歩歩いた時、琥斗は音を立てて席を立ち、背を向けたなゆたの手首を掴んだ。


「何…?」

「…那由里、あの時の事。思い出したのか」

「さっき…、千雨さんに全部思い出させてもらった。あとは昔の写真のアルバム貰ったりしたよ」

「ちっ…姉さんは余計なことを……」


 琥斗が呟く。

 背を向けたままのなゆたの表情は見えない。


「琥斗君、このままだと帰れない。私にオーヴァードを振りほどく力は、基本無いからね。離してくれると助かるな…」

「………待て、那由里。手ぇ離すけど、ちょっと待て」


 なゆたは少し俯いたまま、立ち止まった。

 琥斗はどこからか、何かを取り出すと、なゆたの後ろに立つ。

 首筋に金属製のひも状のものを回された。

 それが肌に触れて、冷やりとした感覚がする。

 琥斗はそれをなゆたの首の後ろで留めた。


「思い出したなら、これは…あの時の忘れモンだ……」


 なゆたが首元を確認すると、10年前、琥斗が那由里に渡した誕生日プレゼント。

 当時は背伸びをした銀色のネックレスだ。


「…なんで持ってるかな」

「俺があげた奴だからな、ちゃんと持っていけ」

「琥斗君と千雨さんがくれた、ね」

「うるせぇ、訂正すんな。選んだのは俺なんだよ」


 琥斗はネックレスを付け終えるとなゆたの背中を軽く押した。


「…それを返したかっただけだ。行け」

「―――今日は色々と貰ってばっかりだ」


 なゆたは小声でつぶやくと、息を吐いた。

 背後では花火が上がっていた。


 なゆたは少し悪戯に笑って、琥斗の方へときちんと向き直り横を通り過ぎた。

 なゆたの想像以上に狼狽した琥斗の表情を見て、思わず謝罪の言葉が出た。


「…ごめんね。昔、琥斗君に意地悪されてたみたいだから、私なりの意地悪をしたくなっただけだよ。少しここで花火、見させてよ」

「………」


 そのまま、なゆたはバルコニーの手すりに手をかけて、海辺で上がる花火を眺めた。

 打ちあがる花火の音に交じって、背後で琥斗がパチンと指を鳴らした。


「那由里。そこで立ち見でも構わんが、こっちに座れよ」


 琥斗は浴衣姿…ではなく、いつか対峙したときに見た暗めの色のブラウンスーツに着替えていた。

 中折帽子は被っていなかったが。


「そんなに服が汚れてるの嫌だったの?」

「嫌に決まってるだろ、格好がつかないからな」


 那由里はふっと笑うと促された椅子に座った。


「敵同士である以上、明日以降、俺はもうこんなことしない。俺様は油断したらお前でも容赦なく殺すし、"No.160"だって狙っているんだからな」

「わかってるよ」

「―――いつかの夢の続きを見るのは、今日だけだ」


 琥斗は小さな声で、自分に言い聞かせるように言った。


 新しい形での日常の風景に奇跡の花火が彩る。

 これ以上の会話は口を開くことはなく、沈黙の隙間には花火の音が埋まった。

 花火が終わるまでの短い時間、琥斗は少しだけ、花火が続くようにと願っていた。

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