第57話 碧の風
厘香は緑色の結晶が張り巡らすフロアに着く。
3人がそれぞれ配色の異なる通路に分かれた理由は
考えるまでもなく決まっていた。
自分がここに来たのは周囲の色合いと接点をもつという
単純な理由なものの、まったく否定して無視できる
構造とは思っていない。
風の如く切ってもきれない因縁の色が導くままに
足を運ばせていたからだ。
そして、部屋に入る。
和風らしき
開くといるはずのない自分の血縁者が待っていた。
「お父さん・・・」
「・・・お前か」
正倉院無影、天藍会の元会長。
オリハルコンオーダーズの一員としてここで待っていた。
自分の父が晃京を占領した者の1人という事実に、
どこにも顔を向けられずにいる。
いや、薄々すでに気が付いていた。
去年の悪魔襲来から、組織が政府に警護要請を
ほとんど通達してこなかった点。
確信するまでかなり時間がかかってしまったけど、
怪しまれないよう立ち回ってこれた良い点もあった。
何故ならば、兄の
父の目を
とはいえ、こんな現実を迎えてしまうのは辛い。
周囲の緑が体の、いや、適性者としての表現なのが
最も近い性質にいる立場だからよく分かる。
惑いを感じるが、何か話さなくてはならない。
思いつく限りの第一声を放った。
「私が代表の1人として選ばれた理由がこの有り様ね。
今日が近づく度に心が締められる。
ここで認めたくないなんて言うつもりもないよ」
「家柄が家柄だ、遅かれ早かれこうなる運命だ」
「いつ家から出て行ったの?
何も言わずにこんな所に来て何を?」
「残りの生涯をここに託すつもりだ。
もう、あの家に居場所などない」
「天藍会を辞めてまで成したい事があるの?
仮病をしてまで抜け出して?」
「儂の中の風が更なる高みに昇れと言っておる。
この力はあの家で賄う事などできん」
「それで代々の家を捨ててまで占拠したいんだ?
お父さんの事だから、警備の目も
「奴らに一陣の風など見切られん。
寝床から窓を開けば終わる
「でも、私の眼は誤魔化せませんでした!
闇慣れさせられたから、後の祭りで手口が
「まあ、お前達にしては上出来だ。
できれば、ここに来てほしくはなかったが」
「だから、病気の振りをしたんでしょ?
でも納得できない、ACの高まりがどうしてここで。
天藍会や桃簾会を捨ててまでするべき事って、
どうしてオリハルコンオーダーズに?」
「オリハルコンオーダーズではない。
儂に宿す風の拠り所を改め、ボスの理想一端より
結晶の再統合に加入するためだ」
「どういう意味?」
「都庁に張り巡る結晶は世界四大ACの群。
適性と修練より、一部も儂に宿ったのだ」
「お父さんが、その内の1つを!?」
「そうだ、先の立場は結晶の加護を受けられず。
天藍会の存在意義を人知れずに疑心しかけてくる。
御堂のACも、すでに建前だけの象徴だった」
「建前?」
「堂に掲げてあった天藍石は偽物だったからな。
本物はすでに
「・・・・・・」
桃簾会誕生のきっかけにもなったのは父以外の事情で、
ある出来事で分裂。立場を追われると判断するくらいに、
父の言う象徴の揺らぎが部下達への影響で起きたもの。
それは寺にあったAC、天藍石の偽造。
展示物を視ていた若い衆の1人が疑いにかかる。
きっかけは去年の集会で事件が起こった。
2011年、12月23日
「今回の議題はこれで終了とする。
警護時刻15:00の30分前には集合していろ」
「ちょっといいですかい?」
「なんだ?」
「いえね、自分かつて偽宝石の商売やってたクチでして、
あそこにある天藍石なんですが」
「それがどうした?」
「本物と偽物の区別もできるんです。
率直に言わせてもらいますが、あの天藍石、偽物ですよ」
「テメェ、何の根拠に語っとんのじゃ!?」
「ああ、怒らないで聞いて下さいね。
含まれている主成分がラズライトではなく、
断口の貝殻状が規則的すぎて人工物の模様。
ケイ酸塩鉱物とはあまりにも一致していないので、
結論から云って偽物と断定します」
「・・・・・・」
眼鏡をかけた角刈りの男が質疑応答を迫る。
空の側近が凄まじい形相で疑うものの、
部下は懐からルーペを取り出して詳細を語る。
言い分は事実、質疑は本当で偽物と発覚。
周りの男達の表情が険しくなった。
「会長ォ、どういうワケですかいな?」
「俺ら、パチモンに従っとったんかァ!?」
新入りの1人が正倉院家の展示物を偽物と指摘。
集まる者が者だけに、どよめきで治まらずに怒号。
当時は暴動寸前となる。
アクシデントはなく、父と兄、古株の部下に
抑えられて終わるものの、信頼度は底近く低下。
幻の象徴を見せられたと、部下達に大きく疑心を抱かせた。
「だから、兄さんと征十郎さんは組織を2つに分けたの。
最初は敵対関係にならないよう一度離れさせる事で
お互いを鎮めさせようとするつもりもあったけど」
「・・・・・・」
「でも、その件で新たに分かった事もあった。
警察と協力したつながりでACと密接に関わる人が
オリハルコンオーダーズの近くにいるんじゃないかって。
お父さんの行動も、政治家警護のルートをまったく
変えてなくてって事もあるけど、
マーガレット主任の検査から避け続けてきたじゃない?
もう勘でここと接点があるかなって」
「いいや、儂も気付いていた。
空と征十郎は最初から結託していた事くらい」
「えっ!?」
「紛い物程度で仲間割れするようなタマではない。
全ては儂の
オリハルコンオーダーズの一部と知って、
この日に備えていたのだろう?」
「・・・・・・」
「ここまで人騒がせな出来事になったんだ。
再び暮らせば、お前達にも飛び風となるぞ?」
「そんな事ない! どんな性質へ変わろうと、
ひとつ屋根の下で共に居られる事だってできるよ!」
「もう・・・不可能だ。
部屋の結晶をよく観ろ、従来のものとは違う。
お前が思っているより、儂に宿るものは大きすぎた」
「そんな・・・」
「人生とは奇と妙な縁だ。
大いなる
この組織によって儂の玉を磨かせた」
「それは!?」
「長年に
翠玉、エメラルドとよばれる塊は風の中で最も
強靭さを誇る性能とよばれる。
無影は世界最高峰の緑の適合者となった。
緑を超えし
歴史より竜巻や台風を巻き起こす程だったという。
翠の結晶として最高峰となる塊は父に宿ったようで、
今世代の風陣を身にまとっていた。
「翠は世の腐食、惑いを振り払う力として存在する。
天藍会は風と光、組織化してきたが」
「そして、光を手放して凄まじい風を再誕したい。
オリハルコンの由来はよく知らないけど、
お父さんがこの組織を組み直したんじゃないよね?
ただ、結晶を強くしたいからって事?」
「ここのボスは儂ではない。
一端と言った通り、大きな計画の一部として参加した。
かつての教え子の者、奴は――」
「・・・・・・え?」
自分はオリハルコンオーダーズのリーダーの目的を
まざまざと聞かされる。
内容は組織の枠よりも遥かに超えた、
世界の在り様をも覆いつくすものだ。
「ウソ・・・そんな」
「まあ、奴の理想がそうだがな。
儂は計画の末端から風に成りたいだけだ。
剣は人を突くだけではない。
突きと共に自身も風となる」
「お父さん自身としては・・・でしょ?
武道のこだわりもここまでくると極端になりがち、
私自身は風になんてさせないから!」
「武士と巫女では戦力差が隔たりすぎる。
ここに来ても、お前では儂を止められん。
天藍石もなく何ができる?」
「いいえ、あるよ。あの事件はまだ続きがあって
本当は盗まれてなんかいない」
「どういう事だ?」
「本物の天藍石はここにあるの。
盗難防止として、私が最初から所持していたから」
「なに!?」
自分の首下にある10cmくらいの藍色の円を見せる。
実は天藍石を所持していたのは自分。
御堂に展示していた物は細工して作った別物で、
近寄る者から決して盗まれないように自身の体内に
埋め込んで潜ませていた。
天藍石、ラピスラズリとよばれるこれは巫女にのみ
適性で扱えるAC。
匣の真髄は収納であり、自在に体の中にまで取り入れて
出し入れできる性質。
実際は球体が胴体に融合している部分の端を父に
披露して見せた。
「匣の巫女は体内に結晶を宿せる性質をもつのは
知っているはず・・・私は視たの。
あの眼鏡をかけた人は深夜になると
警備時間を見計らって時々屋敷内を散策していた。
この石を狙っていたから、すり替えたの」
「何故、儂や空に相談しなかった?」
「証拠がないからでしょ?
言い訳って色々なシチュエーションが用意できるから
粉飾できるもの。私が見間違えてたとか、
トイレに行って迷ってたとか、色々」
「・・・・・・」
怪しいと思い始めたのは水完公園で桃簾会を見かけた時、
征十郎さんの指示外で活動をしていたグループだった。
当人はすでに都心部で悪魔に襲われて死亡していたけど、
ここの離職率は呆れるくらい大きい。
たまに身の程知らずが組織に入ってくることがあり、
味方の振りをしてリソースを漁りにくる。
会長の娘の自分なら易々と手は出されない。
自分の体内に結晶が埋もれているなど、
想像の内にも入れられないから。
父は防犯カメラを設置しようともせず、
仮にしても頭脳犯が元から断つ手段に出るはず。
寺や庭に配置されたモーシッシは関係者の巫女が
どこへ持ち出そうと反応を示さない。
赤の他人ならまだしも、身内が静かに実行できれば
誰が何を企もうと木々の隙間など考慮できるわけがない。
相手が関係者の元長であっても同様。
話を聞いた父の口がへの字になる。
「そうか・・・親も親なら、子も子だな。
少しの先入観で、こうも見紛いが生じるものか」
「私だって仕掛けの1つくらいしでかすよ。
最近のソッチ系の人達だってインテリが増えてるの
よく知らないでしょ? あらゆる方法を使っていて
大人の世界はウソや誤魔化しがたくさんある。
お父さんがこんなだから、娘だってこうするし!」
「ふん」
「でも、こうしたのも世界を元に戻したいから。
サラサラ悪用するつもりなんてない。
そして・・・聖夜君の方に着く。
彼が無意識に起こした行為も、ダイアモンドの適性と
元は私達が招いた理由でもあるし。
私も・・・また普通の生活に戻りたい」
「・・・・・・」
古い文化が
対応しきれなかった父に代わって先手を打ち、
若者さながらな隙間を講じた。
聖夜を挙げたつもりはなかったものの、つい口実に出す。
次の反応は?
父が腰に付けていた刀を取り、先をこちらに突きつける。
本気で斬るつもりなのか、一瞬戸惑いかけたが
あきらめずに説得を続けた。
「悪いが、如何なる事情でも儂の方は戻れん。
何の理由あれ、翠の追求は成す。
そこだけはお前達と相違しているがな・・・」
「お父さんだって、実は聖夜君を見込んでいるでしょ?
全然会いたがらないのに、ミストルティンをわたしたり
気まぐれも良いところ」
「宝木刀は元から場違いな産物だ。
儂ら天藍会に光は受け入れん」
「え?」
聖夜にミストルティンを差し出したのは
父は警護団体の活動に行き詰まりを感じていたから。
武家とは名高い肩書きばかりでも、
やって来るのはいつもいつも常識外れの輩ばかり。
時には境内の文化物を狙っていた者もいて、
手打ちにされた人も確かに少なくはなかった。
「宝木刀は代々から伝わる剣として
武家と象徴として類なる者へ示しを与えてきた。
だが、今はもう一時の名誉、物欲に囚われ
建前同然の見栄ばかりとなった」
「腑士山樹海で生成したという光の木。
巫女の起源がそこから始まったとからしいけど。
私やお母さんの性質の基は風ではなく、
光を識る者だったんでしょ?」
「らしいな、だが、武士も時代からつくづく離される。
よって、剣と縁を
剣豪などと名目で、己を知らぬ者の多い事か」
「・・・・・・」
「だから、お前はこちらに来るな。
光と風はどこまでも
この力はここのみでしか制御しきれんだろう。
忌まわしき風は儂の代で終わりにさせる。
武家の台頭する時代はすでに終わっていた」
「・・・構わないわ」
「何?」
「私の光とお父さん達の風の性質を分けるのは良い。
じゃあ、私の意見を言わせて!
生活って、生きて活が入るって意味でしょ?
1人では生きられないから、
1つにまとまれば、それが家族なんだって」
「ふん」
「私は決めたの、聖夜君の意思に従うって。
性質が違っても、ACという塊は1つになれる。
人も物も星の中で在るのがカタマリなんだから。
たとえ世界の裏側に行っても、また中心へ向かう。
そこだけは否定できないよ・・・絶対に!」
オリハルコンオーダーズの目的、
父の野心は否定しても集いは確実に否定できないもの。
エメラルドも天藍石もどんな宇宙の中においても
重力に固められて集う。
自分の言いたい事はこれ以上、語にまとめられない。
後は状況に身を委ねるしかなかった。
「頑固者が、自伝もこうまでのたまうとは。
いいや、裏手に返す言葉遊びに講じた
誰に似たのやら」
「そして、ここでお父さんをとっちめて連れて帰る。
また、いつもの生活の良さを思い知らせてみせるから」
「良いだろう、お前の心意気がどこまで決めたのか。
久しぶりに試合をしてやろう・・・来い」
父、無影との対決を余儀なくされる。
こちらは弓とACのみ。
天藍石、ラピスラズリは物理的な透明化の性質をもち
衝撃を避ける性質がある。
ただし、完全に使いこなせてなく効果は一瞬程で、
空間になりきる事ができずに身体を表に出したままだ。
そして、父への対処でどう無力化させるか。
性質を完全に放出するには時間を要する。
しかし、本物の刀を所持している。
風の力で追加されるならひとたまりもなく、
一瞬で斬り倒されるだろう。
(弓で、射貫けるの?)
大して、実の父を貫く度胸などない。
矢尻に1つ1つ取り付けたACは結晶に関わる存在を
多少無効化させて、悪魔相手に沈静化させてきた。
エメラルドなどという高位に位置するものに効くのか。
実際、どうかかるのか想像はしたくない。
剣道界でも身体速度は群を抜いていた。
矢をすり抜けて懐に潜り込まれたら終わり。
ハウライトターコイズ、カロリーナから
ACで防御力を高めてしのごうとする、が。
「もう隙ができとる」
スパァン
「キャッ!?」
平で腰をひっぱたかれた。
音もなく接近されて横をとられてしまう。
弓道も横や背後を意識しないので、ルール無き実戦で
型通りな手段ではあっさりと見破られる。
しかし、父の動向もいつもと違うのに気付く。
(本気で斬ろうとしていない)
やはり、スピードがいつもよりか遅く感じる。
覚えている限り、10年前の方が速かった。
とはいえ、あまりにも実力差のある親子に剣と弓では
攻略の差がありすぎて矢の突けどころに迷う。
いわゆるフェイントをちらつかせて突けられないか。
一度肩を見てから、腰へと視界を移す。
急所を狙いたくない。
だからスフェーンで軌道を曲げて手足だけ抑える。
「
風を放出させて接近をどうにか防がなければならず、
懐に入られる前に間合いを離してから弓を引く。
剣先が向いたのは胴、ではなく足だった。
「くっ!?」
足をすくわれた。
上半身に風を当てて上に意識させている隙に
下半身を平打ち。ほんのわずかだけ動かして誘った
目線の陽動は見抜かれていたようだ。
「まだまだ!」
グリーンフローライトで高速ステップしつつ、
フェイントも交ぜてあらゆる方向へ移る。
部屋角に追われそうになると少し跳び上がり、
矢を放った方向の逆へ動いて間合いを離す。
剣ではたかれる前に矢を打つ仕草を見せて
父の腕の振りをうかがい、わざと止めて潜り込まれない
ように弓を引く構えを維持しながら移動。
長い詠唱ができないので無詠唱の技のみで、
父の体力を消耗させるのが先決だ。
(でも、エメラルドの加護がどれだけ大きいのか
まだ分からない。体力の消耗なんて期待できるか)
翠は世界最高峰というだけあって肉体年齢に比例する
消費となりえているか不安でもある。
確かに力の発動は気力を使う。剣道の精神力を侮る
わけではないものの、誰であれ無限に行動を続けるのは
決してありえないからだ。
若さならこちらが圧倒的に有利。
わざと天井に矢を打ち、風の力場を生み出す。
「遅いぞ」
「下よ!」
上昇すると見せかけて床にスライディング。
上に流れた風が反動で下に降りたのを予測して、
流れに乗りながら矢を脚に放つ。
巫女らしからぬモーションでもお構いなしに
大胆なポーズをとる。
攻撃は当てられないけど、今はそこを気にしない。
四の五の言ってられる猶予もなく、わずかな隙間を
長期戦略を試み続けていった。
「はあっ、はあっ」
しかし、バテてしまったのは自分が先だった。
父の動きが鈍るどころか、自然体な構えがまったく
変わる事なくいつまで経っても同じ姿勢を保ちながら
瞬間移動する様に懐へ入り続けてくる。
「しまいか?」
父は時間差攻撃を図っていただけだった。
刀と風を交互に分けながら展開を読みたくも、
頭で認識する前に先手を打たれてしまう。
エメラルドの性能は消費する兆候も感じられず、
年齢差も計り知れない状態で人体を促し続けている。
無限なんてあるわけがない。
しかし、本当にそうある様な緑の発現を目の当たりに
次元を超えた力を見せられていた。
勝負に勝つなら起動者そのものを止めるだけで済むものの。
頭部、胴体だけは
せめて脚だけでも止めてこの場を抑えたいけど、
ためらいもあり、また気付かれている節もある。
「弓で射貫くのは能わず。
剣道は様々な軌道を辿る線を描けるのは周知だ。
直線状の物など取るに足らん」
「「ううっ」」
スフェーンは効果を発揮していなかった。
風圧は遥かに父が上回り、性質の差を味わわされる。
肝心の奥の手を発動したくも時間がかかり、
すぐ間合いを詰められて止められてしまう。
(発動する時間が足りない・・・)
本当に出したい力は天藍石。
しかし、詠唱が終わるまでに少しばかりの時間が要る。
動きながら性能を蓄える機会が得られずに
すぐ近づかれて気力を奪われてしまう。
AC発動方法は熟知されているので、寸前で止められる。
わずか1m側に父が構える。
至近距離から弓を引く猶予もなし。
「翠玉に
元から巫女は戦のために存在しているわけではない、
もう帰れ」
「帰らない、オリハルコンオーダーズの野望を止める。
お父さんも連れて帰るんだから!」
「そうか・・・ならば、これで終わりにする。
巫女の代はお前で潰えるか、残念だ」
(負ける!?)
父が剣の持ち方を変える。
斬る側に変えた刃が鋭く、背筋が凍る様な感じになる。
本当に粛清するつもりなのか、気迫さに震える。
先端が自分に向けられたその時だった。
「うおおおおおおおあおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「兄さん、皆!?」
扉から空と5人の部下達が飛び出して突撃。
突然、男達の群れが父に向っていった。
「おやっさん、ナンで俺ら捨てたんですかい!」
「一家を担いできたあんたが、目を覚まして下さいや!」
後から都庁に入り込んできたようで、追従してくれた。
外の攻防は無事に済んだのか、探し当てにきたようで
兄も説得しながら父の猛攻を止めにかかる。
「何故、オリハルコンオーダーズの側に着いた!?」
「問答無用」
父は答える様子もなく、淡々とした手さばきで
大振りの木刀をかわして、構成員を体ごと吹き飛ばす。
敵わないと分かっていても、かつての上司に挑むしか
他になかった。
「
兄のスフェーンが父へ放たれる。
縦と横に交差した緑の波もかき消されて無効化。
隙に部下が取り押さえようとしても、残像をつかむ様な
感じでまったく追いついていけず。
「おやっさ、ぐほぉあ、きをとりも、ぎゃおお!」
「ごああっ、おあぁあお、でやうおっぐォ!」
もう片方は木刀で仕方なく殴りかかり、
阻止したくも大振りの動作で当てられるはずもなく、
空気の振動に惑わされて身を削られているのみ。
やはり、自分達が束になろうと勝てそうにない。
兄の苦し紛れに真空波が当たった壁に亀裂が入り、
直後に熱風が侵入。予想だにしない別の場所から
異変が訪れた。
「ぐぬうっ!?」
「熱ッ!?」
「なんや、この暑さァ!?」
他のフロアに何か通じたのか父の風力が和らいだ。
それだけでなく、亀裂の入った周囲の防壁に疑問もわく。
(この壁って・・・)
自分は周囲の結晶がエメラルドで構成されたものでないと
今更ながら気付く。
一般層の武器で簡単に亀裂を入れられるわけがなく、
外側の七色結晶とも異なる塊のようだ。
翠玉を補正するためのものなのか、硬度の違いに気付き
攻略すべき相手を間違っていたと思い返す。
詠唱に時間がかかり、先は使う時間もなかったが今なら。
こちらの
天藍石、ラピスラズリを今発動させようとした。
(お願い・・・応えて)
女の風とは一日よりそよぐ凬。
翠とは異なる
結晶を扱う者の感覚を和らげる効果をもつ。
光は熱を生み、温度差で風を発生させる。
伝説より、木々の隙間に
一点により留まる女性に集中し、宿るとされる。
木陰という視認できない所より生み出される凬は
天藍石の性質として成り立っていた。
床に座り込み、両手を胸に当てて体内の碧を発動。
他の者とは違う色が身体が溢れ出る。
兄も自分を援護してくれる事に気付き、
死にもの狂いで男達と共に父をせき止める。
空が真空刃を発生するが、父の風力でかき消される。
桁違いな圧力でスフェーンもエメラルドに及ばず。
しかし、一家の長は男。
この性別が故に、踏み入れない不可侵の風もまた在った。
「
ラピスラズリは風をさらに透き通らせる。
実はこの効果は男が扱えない風であった。
通常、女の一族は風を扱うに長けていない。
しかし、光の性質と掛け合わせ、圧力とは異なる
「この風は・・・視えん!?」
「兄さん!」
壁に当たった風は返り、部屋内の原理にのっとって
空が再びスフェーンで追撃。
逆風によって直面するように浴びた父は機動力を失う。
無影は天藍石の奥底を理解しきれていなかった。
「お父さん、もう終わりにしよう。
オリハルコンオーダーズの目的はAC、結晶の枠を
遥かに超えた性質で人のためになんてならない!」
「どんな理由であれ、娘を手にかけて許される事など
一里たりともあってはならないんだ!」
「・・・・・・」
もう、四の五の
母亡き、一家そろう今の場に父に理念がとどいたのか。
皆が静まった後に言葉を発した。
「
人に継ぐ血筋も、
是非も、所以も、何処にも」
「今回はこれで許してあげる。
警察の人達から色々対応されると思うけど、
何年経っても待ってるから」
今回による計画の重要参考人として逮捕、連行されて
懲役は免れないかもしれない。それでもまた、迎え直して
いつもの拠り所へ帰ろうと信じる。家族として。
「良い子をもったな、やはりお前達に天藍会を託したのは
間違いない。だが・・・結果は結果だ」
「まだやるつもりか、親父の風はもう厘香には届かない!」
「届かぬ・・・ああ、攻撃としてはな。
ただ向きは
「お父さ――!?」
床から上昇気流が起こり、再び立ち上がる。
まだ余力を残していたようで、また風圧が発生。
しかし、風は外には向かず、内側にまとわりつかせて
竜巻の様にこちらを寄せ付けない。
攻撃をするつもりなのか?
違う、自身に与えて自害するつもりだ。
「儂は
この翠を身に宿したからには、この世界に無用。
これより参ろう・・・
「お父さんッ!?」
「「空、若イ衆達ヲ・・・。
厘香、コノ世界デ曇リ無キ風ヲ・・・」」
「イヤダァ!!」
鮮やかな
自分にとって色彩の感慨に浸る余裕もない。
天藍石の凬すらエメラルドの源まで干渉しきれず、
身体中心にまで阻止しようにない。
風が止む時、跡形もなく姿を消失させた
父の遺去に叫び声を上げた。
「おとおさぁぁぁぁぁぁん!!」
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