第58話  蒼の識者

 カロリーナは蒼い結晶の部屋にコッソリと入る。

外とは違って、重要区画と思われる場所に来たのは

すでに承知で無表情を保ちつつ侵入。

入室してから温度も下がって冷えたようだが、

肌は何とも影響はない。


「・・・・・・」


中は明かりで視界は通っている。

色と同様、気品さが感じる部屋で室内は空洞で壁は

ほとんど膜の様に張り巡らされて整頓。

しかし、誰もいない。

にもかかわらず、自分は誰もいないのに発言を始めた。


「あれ、誰もいないんだ?

 じゃあ、今から独り言でもしよーかな。

 オリハルコンオーダーズの関係者がここにいる。

 内一人がとっても賢くて、ありとあらゆる術を使って

 あたしらを引っかき回してくれたんだって!」

「・・・・・・」

「ポリカーボネートもアンタークチサイトも高温石英も

 ぜ~んぶ国外による規格から出来ていた。

 当然よね、日本にはない性質のACを取り入れて

 刻印だけでなく医療関係者しかできない

 最新技術も取り入れて精製されたACもあったし」

「・・・・・・」

「誰かさんは人心掌握にも長けていたんだから。

 このあたしですら上手く疑いを逸らそうとして、

 最もらしい提案とか忠告を絡めて誘導したりしちゃって。

 透子をたぶらかしたり、自衛隊も誤魔化したり

 多分、ここのボスにも吹き込んだり?」











「あたしですら理解できない事ばっかりだった。

 日本人じゃ、こんな規格なんてつくれないもん。

 歴代に相当する賢者クラスの人じゃなきゃ。

 エドワードせ・ん・せ・い?」


45°見上げた上部に老人が浮遊している。

エドワード・エルジェーベト。

オリハルコンオーダーズの1人。

しかし、自分は驚かずに平然と指名。

ここに来る前にはすでに分かっていた。

根拠は先に述べた通り、逸脱したレベルの性質ACが

数ある事件の中から少しずつ浮き上がり、

晃京内であまりにも足跡を残し過ぎたからである。


「ふふ、私の施策を見抜いていたか。

 まあ、いずれは君をここへ呼び寄せるための

 デモンストレーションとして暗示した一節にすぎん」

「来てほしいならストレートに言えば良いのに。

 晃京駅地下に設置してあったクォーツ。

 高温石英で地熱をつくったのは先生でしょ?」

「いかにも」

「晃京にバリケード封鎖も先生の案でしょ?

 これも見覚えがあるクォーツ構成で、

 夜間に時間をかけずに塞ぐなんて用意周到っぷり」

「然様」

「病院通いしていた透子にも

 結晶をわたしてたくらいだから、

 足の1つくらい付くに決まってるわ。

 悪魔のデザインだってヨーロッパ関係ないし!」

「ふふ、そうだな。

 アンタークチサイトはアモルファス状態で

 刻印を保たせるために精製したタイプ。

 迷える子羊を救いたかっただけの事」

「芝居も大根役者交じりながら上手だったけどね!

 “ずいぶんと手の込んだ手法を施したものだ”とか、

 ちゃっかりと自分の事めてるし。

 色々証拠がそろっていって結論が目の前にいるけど、

 なんで、オリハルコンオーダーズに?」

「記録を残すために必要なのだ。

 私としては・・・だがな」

「それで、悪魔放出するのかってツッコミ待ちだけど、

 偉い人がよく目録とか書くのも分かるけどさ・・・

 教えてよ、あんた達の目的を」

「良かろう、ここまで来られたのなら未知を求める

 オリハルコンの道標もいずれは示唆すべき事。

 我らボスの目的とは――――――――」

「・・・・・・え?」


先生から聞かされた内容はファーストインパクトと

いうような生半可なものではなかった。

直に聞かされた道標のそれは征服や支配などという

レベルを塗り替える度であったのだ。


「マジ・・・ありえないんだけど。

 規格外なんてモンじゃないわ・・・永獄よ」

「そうでもないがね。

 そこに在るべき塊が崩壊なく成立するためには、

 ボスの目論見もくろみもうなずける。

 EUによる解体さえ起きなければ、

 私は向こうに戻る事も視野に入れていたのだが」

「じゃあ、ロッパの組織は結局何をしたかったのよ?

 普通、国にとって重要度の高い医療機関とかなんて

 解散させられるはずがないけど?」

「無論、通常における医療は存続している。

 元より国にとがめられたのは旧体制の因習宗教的観念

 水はあくまでも、アモルファス状態における

 通信の詳細を辿るためにすぎん」

「ちょ・・・いきなり宗教ときた?

 あっちでもただ水とACについて調べてただけの

 ミネラル構成をベースにした水研究じゃなかった?」

「水研究は誤りでもなく、確かに実行していた。

 ACと人体の相互作用はどこまで進められるのか、

 ヨーロッパ本部より有機物質臨床検査が始められたのは

 君も承知だろう?」

「向こうにいた時、ちょっと小耳に入れたけど。

 じゃあ、ACで有機物を研究していた事って!?」

「ここを語る時がきたようだ。

 私が主に着手していたのは人工結晶生命体。

 ホムンクルス有機体を無機物ACとの融合。

 水より始まる生物の結晶を生み出す計画。

 結晶から派生させた人体の生成だ」

「・・・・・・ホムンクルス有機体?」


ホムンクルス、受精以外の製法で人工生命体を生成する

研究をヨーロッパで施行する機関が存在していた。


「え、ちょちょちょっと待ってよ!

 ホント初耳なんだけど!?

 ACの発展に人を造る!?

 オリハルコンオーダーズって、人工生命体を

 造りたかったって事!? Why!?」

「極秘事項・・・そうだな。EUの目もかいくぐり

 数多の警戒を超えてようやく功績をたった1つ終えた。

 故、先の話と結び付けてゆくのが私の仕事だ」

「冗談じゃないわ、悪魔云々なんて話じゃない!

 ぶっ飛んでる!

 さっきの話と人工生命体コンテクストの始祖・・・

 宇宙のルールでも覆す気!?」

「宇宙の理か・・・まあ、

 いずれはそこに到達する段階フェイズであろう。

 しかし、個人的研究としてはすでに成功している。

 理を超えた存在なら、もういるのだが?」

「どんな意味よ?」




















「君もホムンクルス体の1つと言ったら?」

「え?」


自分も人工生命体の1つだと言う。

理由はACを始めから体内に取り込んだ生命を

創造するために先生は親の役目を演じていた。

だが、宗教観念の強い西洋で命の創造など禁忌の的。

これが明るみに出れば、ヨーロッパの組織中に

目を付けられてしまいに処分されるので、

今までかくまっていた。


「結晶生命体は一体だけ成功していた。

 実際に成果を出せたのはパライバトルマリンのAC。

 蒼の御石は生命の源となる水より派生。

 希少なる結晶は君を選び、形として認められたようだ。

 君そのものが異界の者なのだよ」

「あたしが・・・結晶から介された・・・悪魔?」

「が、1993年EUの介入で研究機関の査察が

 厳しく取り締まり、近日向こうの組織は潰えた。

 ちょうど、君はこの年に生まれたな。

 研究は現地で継続したかったが、機関に差し押さえられ。

 だから、私は君を秘匿して病院の片隅に置いていたのだ」


リリア先生が要求していた色のACの内、赤は個人的。

青の方は水系列を研究するために回収を命じてきた。

氷や水の能力に長けていたのもこの仕様で、

蒼の恩恵で今に至っていた。


「この計画が成功したら第2のあたしも造るつもりか。

 じゃあ、聖夜かっさらいの件は何だったの!?」

「彼は元からオリハルコンオーダーズに招くつもりだ。

 拉致しろとは言っておらんぞ?

 ヨーロッパは今回我々が都庁に発生させた件で、

 ダイアモンドの存在を疑っていた。誘拐の懸念もあり、

 ボスは未然に聖夜君を保護するつもりだったが、

 どういう手違いが生じたか、アヴィリオス教会と

 天藍会にいざこざができたようだな」


勘違いで無理に連れてこいとは言っていなかった。

マナと厘香が聖夜横取りを防いだのは適性候補者を

海外流出させないようにそうしたのは知っていて、

ただのそでの引っ張り合いだと内心に収める。

エドワード先生が黒幕の一角と気付く前までは

本当に適性者の流れに翻弄ほんろうされていただけだったが。

身近にいた親はとんでもない事をやってのけた。

まさにこれが全貌ぜんぼう

自分は両脚を震わせて後ろにたじろぐ。

両手を頭に抱え、たちまち窮地きゅうちに立たされた。


「「そんな・・・あたしが・・・」」

「・・・・・・」










「なーんて言うとでも思った?」

「ん!?」

「それもだいたい予想はしてた!

 あたしは普通の人間とは違うってくらい。

 親の顔も見たことないし、指紋もないし、

 生理もないし、ご飯を食べなくても生きていけるから

 ってゆーか、言われなくても気が付くでしょ!」

「言うに事をいて開き直りか?

 ここまでアグレッシブな性格までは想定できんが」

「んなモン知ったこっちゃないわ!

 動いてしゃべっているのは人間と変わんないし!」

「・・・・・・」

「誰がなんの製法でやろうが、あたしはあたし。

 我思う故に我ある自己認識がきちんとできている。

 やっぱ、悪魔なんて呼称は止めだヤメ。

 頭脳、身体共に優れた可愛い探偵ちゃん!

 唯一パーソン個体オブリバティ自由よおおおっ!」

「ほほほ、ずいぶんと粋の良い生命体を造ったものだ。

 どうかね、私の生み出した蒼は?」

「今まで見たこともないくらいの青っぷりね。

 オリハルコンオーダーズの研究の一手を

 都庁で堂々と造るのも自己主張強すぎだけどさ。

 コレ、何?」

「サファイアだ。

 結晶界における情報蓄積体の優れた類を追求、

 高度な資質は私の体に適性を授けてくれたようだ」

「はぁ!!??」


先生の発した結晶名に目を上げなおす。

サファイア、世界最高峰のACの1つだと聞いていた

それが今目の前に存在。

いくら医学に精通した者でも、そんな伝説級の結晶まで

適性できる可能性なんてみじんも思っていなかった。


「ちょっとちょっと、そんな物を持ってきてまで

 調べたい何かなんてあるわけ!?」

「そうだな、命とは意思をもつもの。

 意思と石は遠からずお互いに補い合う。

 今の世界も科学というカテゴリーに収まるとはいえ、

 離れた場所どうしで連携し合っている」

「でも、ちゃっかり悪用してるけどね。

 透子とか、患者にも何か色々試してたんでしょ?」

「あの子についても然り、人の波に煽られて

 強い執念を抱く者に異界の従者は応えようとする

 側面をもつのかもしれないと」

「先生・・・あんた――!」

「ただ、これだけはえる。

 私個人としては人を恐怖におびやかすつもりもない。

 悪魔放出はあくまでも異分子排除のみ。

 圧制は決して永遠に続く事はない」

「え?」

「ただ、知の追求をしたいだけなのだよ。

 超個体ちょうこたい、群れが集い1つの塊の如く

 結晶という重力下に生成された星の子。

 人は現物を目の当たりに初めて認識できる生き物。

 幾何学きかがくよりつなぐ異界にも興味はある。

 私は観てみたい、涅槃ねはんの様な密度中枢より奥に在る

 格子の先をどこまでも」

「!?」


意味は分からないけど、金属収束を生物の集まりとみなし

繊維質を背景とした世界を知の追求と称したのだろう。

先生らしい、一般人も理解できない供述だらけだ。


「あ~はいはい、そこからはもうどうでもいいわ。

 またシンラバンショウへの追求とかなアレね」

「他メンバーの事情も兼ねて1つの目標下でもあるが、

 これ以上の内容は伏せるぞ、私の話は誰よりも長い。

 君はいつもタイミングを見計らって席を立つ。

 よって話を戻すが、我々の組織に参入してくれるかな?」

「やだ」

「実にシンプルな返事だ・・・だから、私は講じる」


最初からオリハルコンオーダーズに加わる気はない。

どんな理由があろうと、この場は抑えさせてもらう。

先生の言葉と同時に周囲が変わる。

都庁内のはずなのに、水が部屋中に充満。


「なに、水泳大会でもやるっての?」

「に近しい事だな、ちょっとしたアスレチックコースを

 用意してみた。私自身は戦えん、君に危害を加えるのも

 親の身ながら忍びなし。今回はギミック仕掛けで

 挑戦してもらおう」


などといった意味不明な供述をして勝負しろとの事。

あっという間に透明のそれに包まれても動じない。

どうせ、結晶で水漏れを防いでいるから

外に流れる心配はない。

2人共々、満たされた透明性の高い液に包まれる。

私達は普通に会話ができる間で、一度間合いを離された。

そして、仕掛けを乗り越えて本人の生成力を抑えて

勝つのが水中戦の方向となる。


「スキューバダイビングの練習所ね」

「ずぶ濡れになるが、君は平気かな?」

「別に窒息死なんてしないですよーだ!

 先生だって、水の中にいられる能力を

 もってそうだって予想してたし」


伊達に20年、水しか摂取していなかった理由も分かる。

体内の金属性と水分の何かを精通しているためだ。

つまりは水着姿になり、水を吸う抵抗力を削いだ。

恥ずかしいなんて思う余裕はない。

こちらにもこの日のためにとっておきを用意してある。

先生から伝授された青の力を辿り、

この蒼に対抗しうる策もすでに考えて実行してきた。

と思いきや、包まれていたはずの水は引き始め、

突然、床が抜け落ちた。


「わっ!?」

「さあ、頑張りたまえ。

 まずは身体能力の判定を拝見しよう」


何を測ろうというのか、床のブロックが抜けて水流しに

さらに縦長に続いた直方体の崖がそびえ立った。

途中、水溜りが宙に浮いてブロック間に張り付く所もある。

急いで近場の足場に着地、から再び床が動く。

青き結晶のフロアは下まで続いていて、

元からある部屋を改装したのか、

もはや建設の一角には見えない。


「なんなのよ、この都庁!?」


建物が変形するとか、ロボットじゃあるまいし

男のロマンなんてろくなものじゃない。

とにかく、先生の側まで戻って意味不な障害物競走を

止めさせるしかない。

下の階層まで青光りするのが見えた。

自分にとどくまで水増しを図るようだ。

何回まで降ろされただろうか、現在位置から元の部屋まで

50mはある。道中には氷の結晶の様な物など、

辛うじて登れそうな足場や造形があるが。


「くのっ!」


氷の先端をつかみ、這い上がる。

場所によってジャンプして跳ばないと登れない足場もあり、

まるでアスレチックをやらされてるみたいで、

遊ばされているような感じだ。

こんな場所で身体検査など冗談じゃない。

あれだけ晃京を支配しておいて、やってる事が障害物競走。

理学者の頭はコミュニケーション不足な点もあると思う。


「これが勝負って、本気でやってるの!?

 接待でシュールストレミングとか出すタイプ!?」

「例えが理解できん。君の行動力を抑えるのもあるが、

 サファイアの操作実験も兼ねてこうしている」

「こんなんで参るかっての!

 どうせ、性能持て余しで大した計画とか考えてなく、

 あたしが上にあがるまで水着を眺めたいんでしょ!?

 このエッチ!」

「勝手に脱ぎだしたのは君だが?

 胸部の未発達に弊害へいがいが及んだかな?」

「うっさいわね!」


凝結の張力で天井に付く先生を見上げて一喝。

80の老人相手ならワンパンで倒せる相手も、

さすがにこの状況だと時間かせぎで

そうさせているのが分かる。

が、肉体での勝負というよりテストみたいな扱いで

世界の一大事を解決する身で雰囲気違いな展開となる。

他の皆は無事に対抗、こなせているだろうか?

自分だけ大きな間合いで動かされてる気もした。

外は悪魔だらけでこんな事をしている場合でもないのに、

幾何学に構築された場をがむしゃらに上りながら進む間、

会場主催者が淡々と述べる。


「まあ、ホムンクルスの素体など見慣れておる。

 医者とあろう者が人体すら理解できんとは失格」

「もう失格じみた事してんじゃない!?

 リリア先生の教育も良い結果じゃないんじゃない!?」

「・・・それは認めよう。

 実の娘をおろそかにしてまで私は研究に精を、

 君を生み出すのに苦労を重ねてきた、何度も何度も」

「「あっ・・・」」


少し言いすぎてしまう。

先生の核心に迫る痛いところを突いてしまったようだ。

どんなに偉く、頭が良くても完璧な育成なんて無理。

人間の娘を差し置いてまで人工生命体に肩入れ、

カロリーナという私を一生懸命生み出してきた。

そこまで自分のために生み出す価値があるのか。

自身の言動をこんな所で振り返る。

っすらと氷結された膜に像が映る先生に、

自分に何をさせようとするのか考慮。


(固まっている時は中で何かを操作している?)


氷に包まれているのに、ここまで声がとどくのは

分子伝導だと前に聞いていた。

当然、音も空気がないと伝わらない。

物質は振動して熱を生み、静止すれば低温。

全てを説明してないかもしれないが、凝結させた物体を

この区画の様に動かして何か計画していたのではと推測。


(先生は調べるのが好きだから何かを検知してる?

 サファイアは世界TOPクラスの青ACだし、

 それくらいできるかもしれない・・・)


結晶だって一定の並びで形作る性質をもつ。

あんな配列が真の平和とか珍妙な台詞を述べてるから、

一端の理由がここにも表れているのでは?

まさかと思うが、結晶内の動態である自分について

何かを調べようとしているのではと推測した。

どのみち、先生の体にまとわりつく液体を

がさなければ意味がない。

今度は横に抜けるのではと、蒼き障害物を越える。


(氷の歯車・・・)


氷の結晶は木の枝が分かれる様につくられているが、

形は全て一定ではなくわずかにすり抜けられる。

わざと開けているのか、観客みたいな余裕ぶりに

何がなんでも上部に昇ろうと躍起になる。


「こんなん余裕、これで試験してるつもり?」

「ふむ、そうかそうか」


ただ、言いなりにこなすだけではない。

理系人の配列など道中のどこかを崩壊させれば混沌、

たちまち取り乱して整理しきれなくなるはず。

今の試験を終えたところで、また次に何かをやらせて

疲弊を狙っているに決まっている。


(上った瞬間、何かを仕掛けてくる)


だから、最上部までたどり着く前に火を一発お見舞いする。

先生のいる天井部まで約10mまで接近。

自分の氷をぶつけても無効なのは分かっているので、

ここでマナからもらったファイアークォーツを使う。

対比の性質といえど、四の五の言ってられずに

自ら活路を開いていくまでだ。


精霊の灯火よorgondongraph paunurur!」


氷は溶けず。

教会の者達と違い、適性が低いので大きな火力が出ない。

他に頼れる物がないから、無理矢理念じて冷たい体から

熱をひり出そうとした。しかし。


「くっ!」


先生にまとわりつく氷が溶ける様子もない。

予想はしていたものの、微弱な熱ごときでサファイアに

対抗できないくらいは最初から予測している。

溶けるどころか、傷も付かない世界の蒼に

自棄になりつつある。


「コノヤロー!」


小さな火の玉を飛ばす。

彼女の系統には及ばない火力でも精一杯の念を入れて噴出。

皆で一緒に戦えば良かった点も考えるが時間もなく、

オリハルコンオーダーズの数もおそらく強敵ぞろいで

逆にまとめられてしまう危険もあったから。

が、外れて天井に当たった。



(少し溶けた?)


しっかりと視認できていなかったが、少しだけ煙が

上がったのが分かった。硝煙が発生したという事は

代替の物体が蒸発したという事。

もしやと思い、希望的観測として

壁に手を当てて熱を照射し続けた、すると。


「あっ!?」


青い結晶にひびが割れる。

水が壁の奥に流れていった。

気付いた点は周囲の壁はサファイアではない。

種類は不明だけど、世界最高峰の強度とは思えない

何かのようだ。でなければ、ファイアークォーツで

こじ開けられるはずがない。

どこかのフロアまで空いたのか、空気の流れが変わった。


ブフュウウウゥゥ


「んおっ!?」

「え、風!?」


突如、体中に強い空気が押し寄せてきた。

風が吹き込んで態勢が傾いてしまう。


「配置に不具合が!?」

「?」


先生の側で何か起きた様な発言。

風で氷や水が削られるわけじゃない事態は

結晶から発せられる情報集積を妨害。

透子との戦闘でなんとなく気が付いてはいた。

吹雪の巻き合いの中、相手がろくに確認できやしないのに

わずかな性質とか気持ちとか人と何かの訴えが

そこにある様に思えた。

今回も気圧変化は先生の配置した液体と氷結による

検知に不具合を生じさせられた。

都庁の外からこんな強い風は吹いてこないはず。

おそらく厘香が誰かと交戦している流れ風が

こちらにとどけてきたのだろう。


(これって、神風?)


日本に伝わる言葉がよぎる。

あやふやで不確定な語であるけど、

ここは日本、単独個人主義ばかりの海外とは異なり

和を以て貴しとなす国だ。


(あたしは・・・皆と、聖夜とここにいるんだ)


自分は今まで一人だけで戦ってきた。

それが今では少人数ながらも、手を組んで

お互いの干渉、いや、結晶に紡がれた恩恵に違いない。

ヨーロッパの施設で突然ポッドの中にいた自分は

何故生まれたのか理解できず、存在理由レーゾンデートルもどうして

解釈しようか定まらずに19年過ごしてきた。

時々水の中に巡るどこかの風景が頭の中をよぎり、

限りなく薄い別世界が故郷だと分かってきた。

これは聖夜にすら言えない己だけの秘密。

いや、横暴な地球人に未開との接触はまだ早いだろう。

こんな冷たい身体の中にも温かい何かがある。

結晶よりも固い信念は誰にも砕かれはしない。

そして、ここであのACを発動する。



「先生、御覚悟を!」

「ん、これは!?」


デザートローズ、砂漠のバラは水を吸収。

実はオーストラリアへ行った理由はこの鉱石を

採取しにいったためだった。

自分の性質について大きなズレがあったからだ。


「今まで勘違いしてた。

 実は氷属性のカテゴリーを扱ってたんじゃなかった。

 あたしの能力は冷気じゃなく凝結。

 物質は静止するほど低温になるから、

 あたかも氷を操るように見えてただけ」

「!?」

「先生は塊による動的計画法を編み出してたんでしょ?

 ホムンクルスも見た目は人間だけど、水分が固形化した

 塊だからあたしを生み出したかった」

「・・・・・・」


自分は先生を始めとしたヨーロッパの指針に、

氷を操る意味が理解できなかった。

透子との接戦以来、別の理由があると思い始めて

低温効果以外の可能性を模索して今回に至った。

もしやと思ったデザートローズを手にして

なけなしの技術で科警研にAC化してもらい、

氷と等しい砂凝結の性質に目覚めた。

作戦は今回たまたま成功しただけだが、

身の程と性質を共に照らし合わせ、

可逆に吸い尽くす方法なら砂に利がある。

先生に放出する術はなくなる。

凝結の元さえ失えば、何も操れなくなるのだ。

一応なる決着、サファイアも完全なACではなく

複数のACの力で人から抑えにかけられた。


「どうでも良いけど、先生の持ち分はこれで終わり。

 あの・・・ちょっと言いたい事があるんだけど?」

「何かね?」

「先生があたしを生み出した事については感謝してる。

 ホムンクルスでダッチワイフでも作りたい気持ちも

 一万倍下がって女の譲歩的に分かるけどさ。

 どこかの星からたまたま引っ張り出してきたかも

 しれないけど、良い世界に招いてくれた。

 色んな人がいて、色んなイベントあって、色んな景色、

 色んな物もあって、聖夜もいて、この世界は楽しくって」

「・・・・・・」

「オリハルコンオーダーズの目標は色もへったくれもない

 見たまんま結晶みたいな塊だけの無機質なものよ?

 だからさ、なんか、もう、もっと程度を抑えて

 柔軟な解決方法を考えていけば良いんじゃない?

 頭良いんだから悪い方向にいかないで・・・その、ほら、

 ああっ、もう、とにかく降参しなさいっ!」

「そうだな・・・少し見くびっていたようだ。

 研究最優先に、リリアにも寂しい思いをさせていた。

 理とは至難の業と道、そこばかり意識を向けてばかりで

 子育てに関してはある意味、素人以下なのかもしれん」

「「ええ・・・」」

「もちろん、君を誕生させたのも嬉しく思っている。

 男の視点からも模型を超えた愛情は決して偽りではなく、

 こんなに可愛く、青が似合う子をもてた事が幸せだった。

 では幕引きのシーケンスに移るとしよう。

 君とのここまでかな」

「え!?」


水は凍り始めた。

しかし、今度は部屋ではなく先生の周りのみ覆い、

まだ余力を十分に残していたようで、

全てを奪っていなかったのである。


「あんた、何をォ!?」

「言ったろう、私は記録したいだけだ。

 私は始めから勝負になどこだわっておらん」

「じゃあ、何でこんな手間をかけて――!?」

「この身をそのまま異界へ捧げる。

 結晶との同化は動態異相によって終了した」

「!?」


意味不明な発言で蒼き結晶がみるみる増してゆく。

自身をCPUの様な情報連携役に見立て、

氷を基盤として貼り付かせる計画だった。

試合に勝つ事ではなく、身を凍結させるため。


「世界の変革はに委ねるとしよう。

 ボス、後は君に任せたぞ・・・」

「先生、先生ッ!?」


炎でも溶ける様子はまったく見られない。

アンタークチサイトをさらに改良した

ハロゲンを打ち砕くのは不可能だった。

これが超個体の結末。

サファイアとの同化を果たしてまで、

何を追い求めたかったのか結局知らされずに去る。

自分は立ちすくみ、試合はあっけなく終了する。

エドワード先生は一言も口を開かずに

氷の中で静かに身を固めていた。


「「先生・・・・・・」」

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