第42話  四月のミスリル1

2012年4月1日


 春、といういつもながらの季節を迎えた。

晃京にとってこの時期は他県より温暖を早く感じる所。

手の冷たさも少しはゆるいできたものの、

胸の中に暖かさがこない気がする。

少なくとも、晃京には心の内側から湧き出るような

そんなささいな体感をもろともしない、

1つの大きな知らせがやってきた。


――――――――――――――――――――――――

「「本日、防衛省より晃京占拠事件に対し

  新たな情報公開と声明発表を公開しました」」

「「数ヶ月の調査でテロ組織の詳細が明らかとなりました。

  去年12月より送られてきた声紋分析より、

  首謀者は人事委員会の者と判明。

  結晶の発生はエリア独占のため謀った模様」」

「「悪魔とよばれるものは結晶から射出している現象。

  どのような原理で発生しているのかは不明で、

  多くの地質学、岩石学者の研究が進められています」」

――――――――――――――――――――――――


以上の情報は世界中をとどろくように驚かせた。

昨年から姿をほとんど見せなかった内部の人間によって

引き起こされたものだったようだ。

やはり、世界を支配するためだったのか。

詳細が分からなくも、実行主犯が明らかになった事だけは

良かったのかもしれない。

1人の名前が明らかになった時点で、自衛隊や警察も

身辺を洗いやすくなり、すぐに囲いで対策できるだろう。

教会や天藍会の動向も気にしてはいる。

未だにマナも見つかっていない。

オリハルコンオーダーズにさらわれたのか、

確定ではないものの、最悪の展開も脳裏を横切った。


一方で都庁以外のある出来事も見られ始めた。

世間、学生の間でネットを介した奇妙な情報が

通信世界のあらゆるところに出回っていた。

文字型はアルファベットの羅列。

都道府県に関係なく、どこでも表示されていた。


――――――――――――――――――――――――

「vehundonpameddrux」

「medvehgisgunnagraph

 galdonmeddrux」

「famgonpal

 malsmedgondruxgisgfam」

――――――――――――――――――――――――


発見されたのはコメントが書き込めるあらゆる掲示板で、

何の前触れもなく他所のコメントに混ざっていた。

最初は外国人の書き込みと思われていたが、

使用する言語はどこにも存在せず、

突然現れた混沌語の波にネットでも騒然と話題になり、

様々な憶測が書き込まれていった。


――――――――――――――――――――――――

「こんな中二語、誰が書いたんだよ」

「英単語とか外国語なのかな」

「こんな単語は世界のどこにもない

 組み合わせがどの国にもない配列だから、

 アルファベット使用国にはないはず」

「どうせイタズラで書いただけだろ

 ウケ狙いで意味不に自己主張したがるから」

「字の並びがパターン化してね?

 暗号化でどこかとやりとりしてんじゃねーの?」

――――――――――――――――――――――――


誰が何の目的で書きこんだのかは分かっていない。

現在において表示されているのはモニターのみで、

外ではこれといった変化もなく情報世界の端々に

奇怪な印象影を目にする。

世間の大半にとって、愉快犯の仕業しわざとして

次第に治まってゆくのだが。


「・・・・・・」


自分は何も考えない中でジッと眺める。

英語もろくに話せないのに、どういうわけか

無意識に並列する外国文字を目に入れる。

友人に勧められてなんとなく観たものは、

解釈どころも意識せずに、ただ目に映すのみ。

政界、ネット世界、そして人のいる現実世界と

あらゆる世界で不可思議な現象が垣間見えるものの、

異変は自分の周りにも起こり始めていた。



 アヴィリオス教会、司教を始めとした関係者数人が

マナとジネヴラの行方を探し続けていた。

発電所の事件から姿が見えなくなった2人の安否を

関係者総出でかかるが、良い結果を見いだせず。

ロストフはクォーツをくまなく見つめても、

映るは普通の街並みだけで、娘の姿だけはなく

透けるような消息感を覚えさせてゆく。


「やはり見つからん。

 トゥルーリフレクトでも、痕跡が見えんとは」

「私達も同様、発見できません。

 地下施設もあらゆる場所を探知しましたが、

 結果は変わりません」


ロストフとロザリア、シスター達の捜索もむなしく

聖なる空眼がどれだけ地上を照らそうと、

映るのは無数の人波だけ。

どこへ行ったのか見る影もない。

悪魔の奇襲を受けたのなら、すぐに反応が出るはず。

拉致された線も考えるが、ACに特化した2人が

ミスミスとさらわれるなんて想定できない。

あたかも自ら跡を消しているような感じで、

両親の眼からすらも暗ましていた。

シスター達が死亡を否定しつつも、

近郊外の可能性を示した。


「もしかしたら晃京外に出た可能性も」

「ならば、インペリアルトパーズの反応も消えるはずだ。

 だとすれば、後は都庁の内部か・・・」

「だけど、あの子達は中に入れないはずよ。

 絶対防壁を私達のACでは」

「オリハルコンオーダーズの施策を借りているならば、

 入る方法などいくらでもあるだろう。

 現に結晶を張ったのは彼らだ。

 まさかとは思うが、娘達に限って・・・」

「あなた・・・」


ロストフは目をつむって首を横にふる。

おさが不安になってはならず。

最悪の想定をここで示しては不安をあおるだけで

敵に介入されたという証拠もなく、

自ら行える事は身を固めるのみ。

教会の周囲には一般人には見えぬ結界の障壁を

絶えず張り続けていた。



 正倉院家、無影によばれた空は座敷の間に入り、

姿勢の低くなった長の側による。

かつて、威厳のあった父親の身体はいつの日か、

とても小さく見えるようになっていた。

そこで言われた言葉はあまりにも受け入れるのには

早すぎる内容であった。


「会長の座をお前に移す」

「!?」

「儂も長くはもたん。

 柔軟な対応ができるよう、これからはお前が導け」


父の引退宣言。

天藍会の長から身を引いて、自分に後続させるよう

布団から起き上がって静かに下した。

いずれはこうなる後任宣言ではあるが、

あまりにも時期が早すぎると疑念を推す。


「らしくない発言を・・・。

 まだ58じゃないか、どこか具合が悪化したのか?」

「さすがに御石の性質は体にこたえてしまった・・・。

 天藍石の適性より、風は表面を削る。

 肉体のしんを鍛え続けてきたが、

 ここまでの様だ」

「反作用か・・・やっぱり風は完全に肉体との同化は

 何世代においても治めきれないのか」

「元来、風を生み出すのは儂らの方ではない。

 我々、を通すは順風たるつがい

向こう側・・・・の方だ」

「・・・・・・」

「このおきては先祖より守れと厳重されてきた。

 破ろうものなら、たちまち自然の均衡が崩れると」

「しかし、決断力や精査は年齢差の影響はない。

 実行できずとも、指揮として続けられるのでは?」

「引退は体の事だけではない。

 指導力としても儂は十分に足れたか疑問の内。

 部下も悪魔に数人絶たれてしまった。

 奴らの質までは不明とはいえ、

 的確な応対をさせられずに、

 その時点で役を降りるべきだった」

「父さん・・・」


責任という課目ついでに終わらせるように聞こえるも、

単なる逃げでそうする様に思えなかった。

正倉院家は代々からみどりを継ぐ立場であれ、

全ての構成員に十分な能力を備えているわけではない。

体調も理解できるが、説得を試みても同じで

結局、今回の件で自分が会長を継ぐ事が決定。

ずいぶんと重たそうな仕草をする。

60近い体は若い衆と同じ動きなどできず、

これ以上の活動は困難とうつむく父を見て

自分は他にかける言葉が思いつかなかった。



 オルガニック病院、エドワードとリリアが話をしている。

数ヶ月前から始めたACの回収具合の途中経過をうかがい、

リリアが素手で1つ1つ赤い結晶をつまみながら

使用目的の抽出ちゅうしゅつ条件を確認して報告した。


「院長先生、第4医務室を借りたよ!」

「まだ増やすつもりか?

 供給が足りぬわけではあるまい」

「青だけじゃなく、赤の性質も培養液も必要なの」

「酸素の精製もなのか?

 圧力変動吸着分離法で抽出できるのは水素のみだ。

 よって、融液の精製で・・・ん、赤の?」

「そう、怪我人に手が追えなくて赤から力を借りたの。

 委託先も他病院から需要があって、

 ACから生成するしかなかったから」


テーブルに敷かれたACに赤色の物まで見かける。

リリアが赤の結晶を回収していたのは鉄分を用いて

ヘモグロビンを配合した人工血液を作るためだった。

日に日に怪我人や病人も増え、輸血の需要も多く必要で

より効率的な供給を考えていたらしい。

しかし、エドワードも血液培養は初耳なようで、

病院のみで作成できた事を不思議がっていた。


「保管庫に赤きACも保存されていたが、

 赤の相でヘモグロビンを生成していたのか?」

「うん、あらゆる血液型にも対応できて、

 1時間で20L以上も生成できるって分かったの!

 実は、カロリーナ達が回収した物じゃないけど、

 それもあそこにあるらしくって・・・コレ」

「どれ、見せてみなさい」


リリアがタブレットで画像を表示。

赤黒い結晶のそれは確実にACと思わせる物で、

初めて見た性質だった。

エドワードの手に高齢の性以外としての震えを生じる。

ACといえばACだが、そこいらの物とは思えない

代物に観えた。


「これは!?」

「そう反応しちゃうよね、私達も知らなかったACが

 まさに待ち望んでいたスゴイ性質だよ!」


80年生きてきた目は決して節穴とはいえない程に、

身近にいた者から想像しえない存在を目の当たりにされる。

医療界からすれば、さも画期的とよべる仕様な

無限生成法そのものであるが。




(何か違和感がある・・・)


ただ、表示された場所にある理由もよく分からず、

出元がどこから仕入れたのか不明だ。

少なくとも日本ではない。

元の資源じたいがこの国から産出できるはずがないので、

エドワードは書類にじっくりと目を配らせて

発祥の地がどこなのか、赤の結晶を目視し続けていた。



 科警研、今日はいつもより多くのスーツを着た者達が

埋め尽くすように在中している。

防衛大臣が直にここへ視察に来る事が決定して、

ACの研究について査察に来るという。

警視総監がすでに執務室に来ていて、サポートとして

マーガレットに重要な話とばかり直々に打ち合わせさせて

満足させるよう事前にミーティングしていた。


「会談の議題は以上だ。

 防衛大臣との質疑応答はこれでいくとしよう」

「はい」

「今日は陸将補佐も来場しに来る。

 彼も視察を兼ねた特殊工作班の現場を

 直に見たいそうだ」


今更ながら防衛省の役人が来るというのも意外だが、

日頃の成果を見込まれて直に見に来たいらしい。

しかし、自分は大臣の来場に疑問をもつ。

単純に来るのが遅い気がしたからだ。


「思ったのですが、来日から設立まで1年経ちますが

 何故この時期に?」

「近日になってからようやくここを評価されたようだ。

 君のおかげも相まって、若者達の適性は本当に

 晃京の悪魔討伐を進めてくれた。

 ただし、試作段階の規格構想の件については

 話をしないように」

「やはり、秘匿するべきだと?」

「そうだ、ただでさえ特殊工作班は特殊な部。

 未知な内容ばかりで仮説の混ざる研究内容を

 政府にまで持ち込むわけにはいかない」


自分とて、ACの世界を全て把握しきれない。

常にあやふやがつきまとう理に彼の言い分も最もで、

言う通りに警視総監に推されて承諾した。

執務室の外が大きな音へ変わる。

防衛大臣が到着、2人はすぐさま入口へ向かう。



「正倉院蓮だ」

「特殊工作部の主任を務める長谷部マーガレットです。

 ここまでわざわざご足労をかけさせます」

「話によれば、アメリカから派遣されたらしいが?

 君もまだ40で管轄するとは。

 とても年齢とは思えない構想ぶりだ」

「は?」

「失礼を申したか、すまない」


御偉方のセンスのないジョークにキレそうになる。

個人的に年齢を聞かれるのは気に入らない。

監視同様みたいに細い目で警視総監に見られつつ、

どうにか憤怒の気持ちを抑え、どうにか話の続きを運ぶ。


「えー、という訳で我々はこれこれこうで

 都庁内部から何者かが悪魔を結晶を形成させた後が

 X線の検証で明らかとなりました」

「そうだな、決まって出現するのは都庁周辺。

 どの悪魔も、結晶や地面のコンクリート建造物など

 塊から金属体として融解する様に現れる」

「そう判断した根拠は、悪魔が結晶を介してこちらの

 世界に来たという事は“結晶を通り抜ける”能力を

 もつ事になります。過去の検証より、人間の体内で

 ACに適した性質を取り入れれば遮断された

 金属の境界に影響を与える可能性があるらしいです」

「そこの件について我々も関心を示していた。

 七色の結晶を打ち破れる可能性を見出し、

 よって君達の組織を頼りにきたのだ」

「我々工作班は若手ですがAC適性者が数人おります。

 まだ全ての者が可能性をもつと断定できませんが、

 誰の者で?」

「神来杜聖夜、彼を指名したい」

「では、実際にあの子を都庁突破のカギと?」

「そうだ、我々は彼の適正力を検討した結果、

 都庁の結晶を打開させられるのではと結論付けた」


大臣は聖夜を指名して事に当たらせると言った。

内閣からもGOサインを出されたという。

増尾が事前に話していたのだろう、やはり自分達と同じ

見込みをもって事態解決に当たろうと考えていた。

他3人も現地で同行させるつもりと計画するつもりだ。

しかし、マナとカロリーナは前日から通信が途絶えている

不備の状態にも構わず計画を進めるようだ。


「承諾致しました、引き続き彼を導かせてゆきます」

「今日の話は以上だ。

 他の内容は概要書から提出する。

 同様に事に当たってくれたまえ」

「はい、にお疲れ様でした」


その一言で大臣は退出していく。

国の上層すらも、画期的な案も期待できずに

特殊工作班の成長をうかがいながら進めるだけのようだ。

手順が綺麗に踏めたとばかり増尾は眼鏡をかけ直して、

蓮の背中を車に入るまで見続けていた。



 聖夜は学園にいた。今日は久しぶりの全校集会で、

分散していた者達が昴峰学園に再び集まる。

面倒くさがるように生徒達が登校。

教室は住民がまだ利用しているから、授業はやらない。

あくまでも自分達の立場の再認識で来いとばかり、

脇を固めさせたいのだろう。

数日間見かけなかった郷も今日ばかりは学園に来ていて、

お決まりなサボリ習慣もどこ吹く風と珍しく

校舎の背景に映していた。


「おい、郷!」

「おーす・・・」

「また夜遅くまで向こうの連中と遊んでたか?

 お前も、まあアレなんだからほどほどに――」

「ちょっと、しばらく外出するわ」

「どうしたんだ?」

「向こうの病院で連れが・・・わりぃ」


ずいぶんとくたびれた顔で小さな声で答える。

最近、都心部で色々と何かしていたらしいけど、

元から引き留める道理もないから、好き勝手にさせる。

今日は珍しく1人で早目に帰っていった。

郷もそうだけど、自分も校内で今やる事は特にない。

以前と比べて住民もだいぶ落ち着いた雰囲気となり、

そろそろ帰ろうと廊下を歩いていると。


「聖夜」


今度はカロリーナに声をかけられる。

いつもハキハキとした声ばかりする彼女だけど、

なんだか静かな様子で話しかけてきた。


「聖夜・・・話があるの」

「何があった?」











「あたし、ヨーロッパに戻るわ」

「どうしたんだ、突然!?」


彼女がいきなり帰ると言いだした。

理由は本部の方で人事異動を通達され、帰国。

オリハルコンオーダーズも主犯が明らかになったので、

余分な人材は別に回されるといって、彼女も1人の内に

別の国に行かなければならないらしい。


「ちょっと向こうの病院でやる事ができてさ。

 昨日、連絡がきて急に決まっちゃって」

「なんで急に、そんな・・・学園はどうするんだ!?」

「もちろん転校。

 届けはもう受理されたから、こっちの用は済んだわ。

 いきなり決まったんだからしょうがないじゃない?

 あたしのためのお別れ会とかやらなくていいから。

 それじゃ!」

「あっ」


走って帰ってしまった。

こちらの言葉も出す事ができずにまくし立てるように、

自分の返事も聞かずに去って行ってしまう。

突然によるカロリーナの帰国。

特殊工作班のメンバー、友人の1人が何の前触れもなく

心の準備をする前に離脱していった。

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