第27話  壁の中のエステティック1

2012年2月5日


 聖夜は学園に向かう途中の通学路を歩く。

今日は彼女達と学校の手伝いをしに行こうとした。

もちろん、ACのやりとりも込めて。

都笠図書館の件は悪魔による放火未遂という話で

世間の理解を納めていた。

でも、一般人は光一の件に気が付いていない。

表では行方不明という扱いで今を保っていて、

時には騒がれないよう秘密裏に情報操作される。


(光一・・・)


あの時は観ているだけしかできなかった。

光一も魔術に関わる者だと突拍子に知らされ、

得体の知れないACという奇怪さを改めて思い知る。

これから何が起こるのか想像のしようがない。

ただ、今の自分の立場は以前と変わりつつあった。

そんなACを利用した成果の一部がメディアの力を

借りて起きてしまった現れの1つである。


「キャー、せいやくーん!」

「うわっ!?」


女子生徒が数人やってきて取り巻きになる。

TV放送で一躍有名になってしまったので、

次々と集まってミーハーな群れを形作られてしまい、

厄介事が起こる前に抜けようとした。


「ごめん、ちょっと用があるんだ!」


上手にはぐらかして逃げる。

同級生がいなくなったのに、自分ばかりノウノウと

もてはやされる余裕なんてなかった。

ここが日本有数の情報塊の世界だと忘れて、

たかられようものなら、厄介事の1つや2つは不可避。

できるだけ顔を合わせないように移動すると、

次は間抜けな声がする。


「おーっす、なにやってんだ?」


郷が来た。

こいつはまったく態度が変わらないから、

ある意味安心できる相手だ。

こいつもヒョウの悪魔と言いたいところだが、

持て余すくらいに人の心をもって信用できる。

それに、もうACとドップリ関わっている1人だから

図書館の出来事を話した。


「「ああ、実は光一が・・・」」

「なんだと!?」


にわかには信じられない話も、

こいつはすんなりと認めて事情を聞いてくれた。

自分ですら理解しきれないオカルトも、染まりきった

ファンタジーの世界が今更ながら理由がどうとか

細かく話てもどうにもならない。

でも、打ち明けたくて仕方なかった。

光一が吸い込まれた空間のやり場は秘密裏にしても

いずれ誰かが同じ目に遭うと思ったからだ。

郷は唖然あぜんとする。

反応はやはり同じ表情を表した。


「「マジかよ・・・あいつが」」

「悪い、本も悪魔が関わってたらしくて

 突然の出来事で俺もどうにもならなかった・・・」

「まだ他にも悪魔が出てくる事なんてあんのかよ。

 色んなモンでやって来るとか、もう分かんねえな」

「俺だって、まだ現実に起きてるなんて信じにくい。

 でも起きてるんだ、常識は変わる時もあるって。

 光一も、もっと早く言ってほしかった」

「晃京全体が異世界と化したようなモンだしな。

 ま、俺もかなり首を突っ込んじまったから、

 また、なんか起こるだろうよ」

「そう、あんまり触れ回るわけにもいかないしな。

 お前も、やたら悪魔化できるとか言うなよ」

「分かってんよ、昼間っからネコにはなんねえ。

 それより聞いたか!? 七不思議のアレ!?」

「ななふしぎ?」


珍妙な事を言い出した。

郷は生徒と一般人の交ざる間で噂話を耳にしたという。

この学園には七不思議の伝説がある。

もちろん7つ全て信憑性しんぴょうせいがあるわけがないけど、

その内の1つが最近大きく広まりだした。

深夜、壁の中から女性の声が聴こえてくるという。

噂じたいは何年も前からささやかれていたが、

如実に真実味を増してきたらしい。


「でも、なんで今になって?」

「学園が避難所になったろ?

 で、夜になっても中に人が出入りしてるから、

 たまたま廊下を通った一般人が聴いたんだってよ!」

「じゃあ、話題を狙った作り話とかでもないか。

 壁際に誰かいたってオチじゃないのか?

 聞き間違えたかもしれないし」

「それが、日本語じゃないらしいんだと。

 英語教師も分かんねってから、英語圏の奴とか

 もってのほかっぽいぜ?」


事件性も感じられるが、噂の段階なのでにわかに

信じ難いところもある。

外国人の常駐者もいるから、その人らだと思うが。

管理のまとめ役となる教師がどうにかすると思った。

しかし、学園の上も確認できていないという。



 場も変わり、校門を通って入ろうとすると

担任の教師、福沢考吉ふくざわこうきち先生がいて

歩いて自分に注意を促してきた。


「神来杜と三ノ宮か、今日はどうした?」

「いや、学園で忘れ物をしちゃいまして・・・」

「そうか、そういえばお前、外部でよく見かけるな。

 最近ずいぶんと外で何やらやってるそうじゃないか?」

「い、いえ、ちょっと社会的な仕事について

 晃京という公共に貢献するべくカクカクシカジカ」


で遊んでますとか言えず、

晃京の救世主伝説を築くなど言えるはずもないので、

あくまでも体裁を保つためだろう、

教育界らしい公共場を重ねたように思えた。


「休校中に殊勝な心掛けだが、ここは一般も多い。

 あんまり物色するような真似をするな。」

「「・・・はい」」


教育らしい型めの小言を受ける。

余計な揉め事をせずにすんなりと承諾しょうだく

と、ここで引き下がるのはナンセンス。

公共の人の悩みを教師が解決できていないから、

こっちも公共の組織に話をもちかけようとした。


「「というわけで主任、こんな話がありました」」

「「壁の中の声ね・・・調べる価値はあるわね」」


今の自分担当者に小声で告げ口。

事件性がないとは言い切れないから、

警察に1つ調べてもらうのも有りなのだ。


「俺も実際に確かめてないのでナントモ、

 壁の中でなんてありえるんですか?」

「「事例なんていくらでもあるわよ。

  力尽きた労働者をコンクリートに埋めたり、

  弾圧逃れに壁の中で23年間生活してた

  人間もいたくらいだから」」

(マジか・・・)


ACと関連がなくても壁にまつわる出来事はこれ。

怖いエピソードも聞いてしまい気が引けたが、

とりあえず対応してくれるそうだ。



数十分後、警察が来て学園の周囲を査察。

嫌な顔をした教師が仕方なく対応して始まり、

校長室も含めたあらゆる部屋を調べてゆくが。


「異常はありませんでした」


結果は白。

打検師が壁を叩いて音響を調べても違和感がなく、

穴を開けて何かを埋めた形跡の1つもなかった。


「やっぱり、何もなかったか」


校舎入口で生徒や一般人が様子を観る中、

大した発見もなく徒労に終わる。

自分は郷とプロの下した結果に帰り道を見守るだけ。

マナ、厘香、カロリーナも合流して様子を会議する。


「音の反射とかで聴き間違えたんじゃないか?」

「それなら外から聴こえてくるはずよ。

 本当に壁の中から、って言ってたんだし」

「壁とみせかけて裏で誰かヨロシクヤってた

 言葉になんない声と聴き間違えたんじゃねーの?」

「バカじゃないの!?

 2~3階のベランダがない壁からの位置も

 挙げられてたじゃないの!」

「そう言われてもよ、壁はただの壁じゃん・・・。

 俺らでも、誰1人聴いてねーんだろ?

 じゃあ、目撃者・・・いや、耳撃者から

 話を聞いた方が早くね?」


姿も見えずに話の内容もゴチャゴチャになりがちだ。

ACの使い手も、今回の事例は初めてのようで、

本当に人の声なのかすら分かったものじゃない。

なら、実際に聴いたという人物から聞けば良いと、

ここで寝泊まりしている耳撃者を尋ねてみた。


「ところが、変なんです。

 数日後は別のところから聴こえてきて」

「全て校舎内からだったんですか?」

「全て学園の中でした。

 怖かったですが、気になって周囲を伝って歩いても

 やっぱり全て壁の中からでした。

 外ではありません」


中年女性は毎日同じ場所からではなく、

決まった場所は同じ色の壁からで、知る限りでも

同じ声しか聴きとる事ができなかった。

ただ、同行者がいないので確定しづらく

同じ事を警察に言っても信じてくれなかったらしい。

彼女も実際に姿などを見ていなかったので、

うる覚えに情報を捉えきれていなかったようだ。


「もういいだろ、プロが探しても見つからねえなら、

 オレらが探しても無理じゃね?」

「ここで止めるつもり?

 らしくないわね、AC探索はそこいらの警察でも無理。

 悪魔の仕業が絡むとみるべきよ」


カロリーナは直感か、人と悪魔の事件性をにらむ。

いつもはくだらない事はすぐに放り捨てる彼女だけど、

経験者の勘が働いたのだろう。

壁に背をかけて耳に手を当てる彼女に、

特殊工作班としての進路をすすめられる。


「よく分からないが、放っておくと被害者がでるだろうな」

「私としても人の集う場に得体の知れないものが

 寄って来ると危惧きぐしています」

「そういうモンか。

 カタマリ変質者同様の俺らしかできねえ仕事が

 ここぞとばかし・・・イテッ」

「大人が動かないなら」

「若者が動くべし」

「決定ね・・・調べてみましょ」


彼女達の後押しでするべき内容は固まってゆく。

明日の深夜、昴峰学園に独自調査する任務が決定。

マナ、厘香、カロリーナ、郷。

そして、自分の5人で奇怪な声の正体に挑もうと

少年探偵団のごとく閉ざされた謎へ挑む事にした。

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