第26話 スカーレット・スタンス
2012年1月26日
アヴィリオス教会の姉妹が一室へ歩いてゆく。
シスター達に見送られる光景はまさに、
一国の王女の様な振る舞いに思える恒例さであるが、
内の1人、マナは姉から少し後ろにいて追従するように
部屋に入る。
ここに来て2人だけで話をするのは最近の近況。
周囲の者達にとって聞こえの良くない内容であった。
「本部が奇襲を受けた!?」
「みたいね・・・結界をもろともせず平然と侵入して
司教数人をふんじばって何か持ち去ったって」
ヨーロッパにある教会本部が何者かによって襲われた
報告が上がってきた。
事件発生は向こうの時刻でいう午前0時頃。
ただ、大きな被害はなく数点のオブジェなどが
盗難されたのみで壊滅には至っておらず、
特に死傷者が出るくらいの規模というわけではない。
しかし、極東支部のリソースはイギリスに
見込みなしとの事。
父、ロストフも詳細を確認と急いで帰還しないらしくも、
日本の用事から少し遠ざかざるおえなかった。
「本部の結界を破るなんて、相当な者達じゃない?
ならば、お父様は再びイギリスに帰るの?」
「帰らないみたい。
父はとにかく都庁の件に専念するよう言われてたって。
だからといって、あたし達が行くわけにもいかないし。
で、日本で他の問題を解決しなければならないけど」
「例の富豪による買い占めが?」
「そうよ、また来たわけ。
一度ならず二度までも・・・」
話は代わり、2人は国内における人間事情に入る。
某区にある、ある資産家が教会のACを買い占めようと
企んでいるそうだ。
話は
教会に置いてある物を譲ってくれというものだった。
いうところ、違法取引。
それを拒否しようものなら不利を起こす素振りを見せ、
嫌がらせ行為で宗教弾圧とばかり迫害しようとした。
「父様は何て?」
「もちろん納得いってないわ。
教会のシンボルを削り取られてゆくだけだもの。
でも、父は直に相手しない方が良い」
「最高責任者が代表としていくと、
相手も弱点を探りやすくなる。
それに、ヨーロッパの者が日本の法に熟知しきれずに
穴を突かれる恐れもある」
「その通り。
責任者どうしの衝突は偏りリスクも大きくなる。
だから、
周知とばかり、するすると会話が進む。
実は数年前にも一度アヴィリオス教会から鳥の彫刻品を
一品買い取っていったという。
未指定文化財とよばれ、個人間で売買できるので
当時は母のロザリアが応対して事を終えたものの、
味をしめたのか今度は再び
警察に相談したくても決定的な証拠がなく、
人情の隙間を突くような手口で購入しているようだ。
2人で行くのは女1人だと何をされるか分からず、
男性同行で聖夜に護衛してもらおうと案じても、
今日はカロリーナと都心部で回収している。
姉の事だから簡単に襲われるような人じゃないので
安心できる反面、若さゆえの不安さも感じる。
よって、万が一で自分も同行する事にした。
間を省いて例の家に着く。
事前の調べによると、ここの主は1人暮らしで
80歳くらいとかなり高齢との事。
あまり近所と付き合いはないらしく、
貿易に関する仕事とだけ聞いていたけど、
詳細までは分かっていなかった。
「ところで、どのように対策を?」
「あたしが話を進めるから、まあ見てなさい」
秘策でもあるのか、スタンドプレイに進めると言う。
以前の当事者である母が話にいけば良いと思ったけど、
元々は姉が解決に当たろうとしていたから、
自分が出る出番はほとんどない。
文化財に関しては大まかな部分のみしか知りえてないが、
今回は大事を起こさないよう速やかに終わらせると予告。
姉の知略は自分が思いつかない角度からくるのは既知で、
特別な事情のように思いつつ玄関のチャイムを鳴らした。
「何だね・・・?」
「アヴィリオス教会の者です。
貴方が御注文した骨董品の件でお訪ねしました」
「・・・そうか、入りなさい」
警戒されないよう、注文という言葉で安心させる。
あたかも取引成立と思い込ませて接触するきっかけを
「で・・・ここまで来てくれた用件とは?」
「実はあのオブジェですが、問題が発生したために
貴方へすぐお取り寄せする事ができなくて」
「どうしてだね?」
「文化財保護法に抵触してしまい、直接管理する
私達教会もおいそれと譲歩できないのです」
(初耳)
自分も聞き慣れない説明にあっけにとられる。
文化財保護法、日本で1949年に制定された文化財は
発掘した場合は警察署と文化庁に通達を出す必要がある。
上の西暦以前の未指定品ならば個人間で売買できるものの、
教会に置いてあった物は出元が海外製であり、
普通ならば組織からの許可がなければ売買は不可。
ここで口にはできないが、この男は当然れっきとした
通達など出してはいない。
噂ではスレスレで強引に買い取りまでこぎづけてきた。
「詳しくは教会記念物保護法に関わる事項で、
イギリスより1990年に制定されました。
それについて私達の間で抵触するようです」
「そうか、日本に輸入した時点で法の界隈は
こちらの側に代わるはずだが。
なら、以前の物は問題ないというのか?」
「数年前の鳥は当時1880年物のようで、
1949年に日本へきた時は問題はなかったのですが、
今回の壺は1990年より発掘された物でして、
法は改正されて世界中でも早く
貿易ルートに制限がかけられてしまいました。
つまり、日本でも1990の方にかかるので
これを旧か新かで不透明となっております」
「ううむ、保護法が整う前の物ならば
さして問題はないはずだが」
「そこで、貴方が以前購入した鳥の物ですが、
履歴から違法化のないよう契約内容を統一したくて、
詳細を再確認しようとおじゃましました。
できればそちらの書類も見せて頂きたいのですが・・・」
「そうだな、すぐに持ってくる」
確認として明細書をここで見せるという。
前にも語ったが、男は直接的な違法は行っていない。
ここだけでなく、他所でもどこぞの像が
海外の競売会社にかけられた件もある。
日本政府は強制的な措置がとれないのをいい事に、
心理的圧力でせしめてきた。
この状況でどうやって証拠をつかもうというのか。
「これらだ」
「拝見いたしますね・・・少々お待ちください。
メールで照合いたします。
では、こちらにサインをお願いします」
「交渉成立だな、分かった」
姉がジーッと紙面を見つめる。
こういった時はだいたい何か狙っている。
男がしっかりと記帳した瞬間、ある点について指摘した。
「アレ・・・この宝石は1990年になっております。
教会の書類には改正後は鉱石類は適用と記載していて」
「ん、どういう事かね?
君は先程宝石が1880年物と言っていたではないか?
そこは教会・・・保護法で解消できるはずでは?」
「いや~、以前の鳥品も宝石が含まれていたので
同一条件で大丈夫かと思っちゃいましたアハハ!」
「若いと思って遠慮していたら・・・遊びじゃないんだ!
なんとかならんのか!?」
「では、こちらの買い取り書は何故文化庁だけ届け出と
記載されているのでしょうか?」
「!?」
「文化庁と警察署にも届け出る必要があります。
この壺も同様に1882年物となります」
「いや、それは代々が書いたもので――」
「ここ、見て下さい。
あなた直筆サインで記載されてますよ?」
(しまった!)
「1949年の制定から、文化庁には届け出したものの、
未だ警察署に届出書を提出しておりません」
「署の件は、これこのそれそのあれあの!」
「アナタは知っていながら1949年以降の物品に
手を染めていた。
この家も少々調べさせてもらいましたけど、
有権者に
何かあればすぐに放棄するおつもりでしょう?」
「ぶっ、ぶるあっごごご・・・!」
姉は相手の情報(汚点)を極力引き出させるために
書類を見させようとした。
日本では1949年に制定され、1950年に施行。
記帳には1950年に購入したページに注目した。
これを見て、通常文化財を警戒しつつ法の執行を
男は未指定文化財のみを狙っていた事になる。
昔の取引で文化庁と癒着しておきながら、
警察署には通達を出していなかった。
警察は住所が変わると易々と探られにくくなる。
今までこの様にのらりくらりと線引きから離れていたので、
呆れるくらいのヒットアンドアウェイな立ち回りだ。
始めから取引するつもりなどなく、事前の不審点から
個人情報につながる手立てを探ろうと企てた。
確実に本人が関与した証拠としてサインを照らし合わせ、
保護法に引っかかるように通常文化財に手を付けさせ誘導。
壺の日本とイギリスの法境をあやふやにさせつつ、
違法化させるよう
今になって気付いたのか、主の顔が赤くなる。
姉の供述に反論できず、怒鳴り上げた。
「貴様アアァ――!!」
「警察です、文化財団との件でトラブルが起きたと
貴方のお宅を伺いにきました!」
「ングウッ!!??」
突然による立法機関の来訪で男の動きが止まる。
姉はメールしていると見せかけて警察へ通報して
来るタイミングを見計らって違法購入の話にもちだした。
主は動揺してタジタジになる中、姉は2階へ行き、
悠々と状況証拠になりそうな物を探しに行く。
数分後、下りてきて何かを持ってきた。
「それは?」
「前に教会から買い取った宝石を装着した鳥骨董品。
これ、実は1880年に作られた物だけど、
宝石だけは1990年物なんだって。
何かあった時に備えて母さんがすり替えたみたい」
「え?」
「だけど、1940年に日本へもってきて
1949年前には日本の所有物として扱った」
「それなら、そのまま違法と通達できたんじゃ?」
「イギリスならできただろうけど、
基準を定められない日本じゃ、負けるでしょ?
安全圏だけちゃっかり確保で未指定品ばかり
漁ってたみたいだけど、宝石の質までは観ていなかった。
あいつ、これらの違いも理解できずに
一度教会から結晶をせしめたらしいわ。
ACとして悪魔もなく何も効果はないけど、
母さんが手放しても問題ない物をわたしたみたい」
「日本とイギリスの年号をかけ合わせたのね。
よく思いつくわ」
姉は男の書類を観察して法をすり抜ける未指定品の壺を
多く購入していた点に注目した。
そして、母からこの鳥骨董品をイギリスから日本の
発掘品に変更した事実を知り、今回売買するつもりだった
日本とイギリスにおける年号の噓をついてごまかした。
実際、制定したのは1882年の“古代記念物保護法”で、
教会の私物はまだ日本にわたる事はなかった。
そして、本格的に改訂したのは1990年で、
1949年の鳥品で日本の法と錯覚を起こし、
男が手に入れようとした壺すらも教会記念物の架空話を
鵜吞みにしてサインを書いてしまったために、
違法年を超えたまま自ら証拠を残してしまう。
通常文化財は個人の同意なく法律の上でとられるが、
未指定という潜在的文化財は人の意向が含まれている。
実際、1882年の壺のみ法に触れてしまい、
男は日本の1990年だけしか意識しておらずに、
1882年の範囲外を無視していた。
海外の時も理解できずにまんまと
噓が
母、ロザリアの細工と今回の資料の情報で
そこに気付いて1990年と数字を変えたのだ。
「姉さんはこれを取り戻したかったのね」
「あたしにとっては、これに何も未練はないけど、
ヤリ手のまま終わらせるのは気に入らないし。
欲しがりの成れの果て。
まあ、これで主は終わりよ。
ここも競売にかけられるまでは放置。
被害に遭った人達も少しは報われるでしょ」
家の中にある物は教会だけでなく、あらゆる所から
ゆすりをかけて手に入れていたようだ。
詳細は警察の調査で後に明かされてゆくので、
自分達の役目は今回で終わり。
これから次々と密やかな悪事が暴かれてゆく。
グレーゾーンも曲線が少しでも上を向けば、
いっせいに表面化して
蓄積は中心部より外側へ
隠し事の致命的欠点である。
予告通りにアヴィリオス教会の脅威は1つ去った。
姉による機転で事件はアクシデントもなく解決。
細かな材料を用意してから頃合いで大胆に打つ。
こういった駆け引きによる手際の良さは
自分にとって足りないところの1つだ。
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