悪魔の書2

 受け付けコーナーの奥から悲鳴が聴こえた。

1人のオフィサーが両腕を上げながら外に走り出して

職務放棄したように出て行ってしまった。

来館者達があっけにとられていた中、

同様に彼らも悲鳴をあげ始める。


「なんだ!?」


一ヶ所から離れてゆく方向に注目すると、

2mくらいの物体がゆっくりと歩いてきた。

いるはずのない生物がゆっくりとした動作で姿を見せる。

黒いヤギ型の悪魔が現れた。

紙を好物とする存在は周囲の本に目もくれず、

眼も黒いのでどこを観ているのかすら挙動が分からない。

外から来た形跡がなく、図書館の中から突然

湧き出たかのように四足を床につけながら歩いていた。

しかも、夜ではなく現れないはずの白昼に。


「なんで、ここに?」


外見が少し違う他は地球にいる物と変わりない。

攻撃性の感じないそれは臨戦を生み出す。

と、思うのもつかの間にヤギ型から黒い球が複数発生。

マナは危険と警告した。


「避けてくださいッ!」


自分は避ける。

光一も普段から彼女と気を合わせているのか、

早急に従って隠れた。

ドアも閉じていたはずだから外から入ってきたのでなく、

外見も普通にいるものとは少し違う様に観える。

1つ理解できたのは、悪魔だという事だけだ。


「なるほど、俺は皆のボディーガード役か!」


図書館によばれたのはこんな事態を考えての案か、

応対すべき役目が見えてきた。

それに、悪魔が生物系なら毒も効きそうだ。

少しはこなれているのか、不意にクラーレを握っている。


「「俺がどうにかして接近にもちこむ。

  マナ、サポートを頼む」」

「「気を付けて下さい」」


この悪魔は地球にいるヤギとはもちろん大きく異なる

風貌ふうぼうと能力をもっている。

攻撃手段としては黒いボールを複数射出するだけで、

他は指して何かするわけではないようだ。

どんな生物だろうと、必ず隙がある。

黒炎球をかわした直後に本体へリビアングラスで

移動して斬れば倒せるとふんだ。

タイミングを読んで避けた直後に移動。

クラーレを構えた瞬間、目前は燃え上がった。


「熱ッ!?」


ヤギ型の全身から炎が噴き出た。

ここに来るのが分かっていたのか、接近を塞ぎにきた。


「あっ!?」


リビアングラスを床に落としてしまった。

ヤギ型の顔はまだこっちを向き続けている。

再び黒い球体が空間からにじんでゆく時だ。


飛べ、高貴なる我が鳥炎よorgondongraph

「え!?」


その炎は黒でなく、鳥の形をしただいだいの色。

ロビーの方から飛んできた。


「ジネヴラさん!?」

「姉さん!」


炎を放出したのはマナの姉だった。

騒ぎに駆け付けてくれたようで、

悪魔討伐に加勢してくれるようだ。

彼女は経験豊富らしく、多少の相手なら難なく

倒せるだろうと術を見ていたが。


「コイツは・・・」


球状の炎を放出して、悪魔に当てる。

しかし、同属性で異色でも効果はいまいちのようで、

苦しむ様子もなく平然と相手も黒い炎を打ち出してきた。

黒い毛に耐性をもつ、熱の類が通りそうにない。


「これは、少し手こずりそうね」

「通常の悪魔とは違うようです。

 高度な刻印が刻まれているかもしれません」

「どこから来たんだ?」

「魔術本でしょう。

 歴史より、討伐しきれなかった強大な力をもつ

 存在などは書物に封じたとされています」

(本から?)


姉妹どうしの会話で内容は飲み込めないが、

光一の所持していた本から出現したと推測。

紙の中から出てきたなんて話は初めて聞く。

悪魔の種類としては強力らしい。

以前、経験したタコ型やトリ型とは異なる強さで

そこいらのACから這い出た種類とは異なる質だという。

さっきからヤギ型は自分ばかり狙っている。

先制したせいで、警戒されているようだ。

リビアングラスで移動しても、着地際に黒炎が

飛んでくるので安定した隙が望めなかった。


「聖夜君、離れなさい!」

「俺がやってやります!

 でないと、ここにいる意味が――」


ジネヴラさんも炎を専門としたAC使いだから、

敵との相性が良くなさそうに思える。

数発が触れて服が焦げる。

炎の色が違っても、灰の色は変わらない。

必要あらば、本棚も盾にしながら身を隠す。

敵は相変わらず紙を食べる様子もなく、

人間を目標とするトーチカのごとくゆっくりと

フロア周辺を歩き回る。


「ずいぶんと利口そうなヤギだな!」

「あの悪魔は上級クラスだと思われます。

 ヨーロッパでも多くの退魔師達の手を焼かせた

 記録がありました」

「そんなに?」


炎の射出も強引にクラーレの剣先を当てる。

深緑の軋線あっせんが確実に軌道を描いた。

しかし、効かなかった。

通常の動物とは比べ物にならない程に毛は硬く、

悪魔に致命傷を与える奥までとどいていないのだ。


「毒も効かないなんて・・・」

「・・・・・・」


自分達とヤギを介した間の本棚を挟む攻防戦。

ジネヴラさんも良い手が思いつかず、

見つけるか見つかるかの停止状態を保っていた。

ヤギ型から10m以上離れながら隠れ往生。

さっきから沈黙していた光一は発言した。


「いいや、打つ手はある。

 魔術本から出現したのなら、

 出元を抑えれば悪魔は消えるはず」

「え?」


ノーマーク状態だった光一は

1冊の本を抱えながらヤギ型へ駆ける。

不意を突くように背後から向かっていった。


「お前、どうするつもりだ!?」

「元はといえば、本を持ってきたのは僕だ。

 だから、僕がやらなければならない。

 これをもって防ぐ!」

「なんだって!?」


出現元である本を自分のせいだと発言。

だが、どうやって防ぐのか何も詳しく言わない

彼の動向にジネヴラさんが引き留めようとした。


「無理しないで!」

「どうするつもりだ?」


彼女の言い分では黒魔術系統に特殊な作法がある。

身体の生贄として所有者そのものを扉にあてがう事で

身をていして再封印するつもりだ。

本を置いてある受付コーナー奥に走ってゆく。


「光一ィ!?」

「僕は、この図書館の管理役なんだ・・・後は」


スウッ


粒子の様な黒い砂は全て閉ざされ、

ヤギ型は鳴き声もあげずに流されて

音もなく光一と共に本の中に吸い込まれた。

自分と同じクラスの者が犠牲になってしまう。

とうとう、ACの波及は身近に着々と浸食し始めていた。

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