7:妖精について

 地・水・火・風の精霊の加護を、通常の生物より強く受け、存在するだけで周囲の環境に影響を及ぼす程の魔力を常に放出する種族が、妖精です。

 生まれつき強い魔力を備えていますが、それを人間のように技術化・体系化するのは苦手らしく、また小柄な種が多いため、魔物モンスター程の脅威とは認識されていません。


 妖精の社会では、『血族の絆』と『他種族との契約』が非常に重視されます。盟友、婚姻といった形で契約した人間とは強く結びつけられ、離れた場所から居場所を教えたりする事も可能です。


 聖シルヴァミスト帝国では、聖暦八七五年、本編の約一五〇年前に、妖精による大規模な反乱、『妖精大乱』が勃発しました。

 ある貴族の重鎮が火の妖精サラマンダーと契約したものの、それを一方的にたがえた事が切欠と言われています。

 戦乱の末、辛うじて人間側が勝利を治めましたが、首都ダズリンヒルは半壊。また多数の妖精が他国に亡命した影響で、数年に渡って不作や飢饉が続き、大きなダメージを受けました。


 これ以降、シルヴァミスト正規軍や公務員は、妖精との不干渉を原則とするようになりました。

 妖精を誘拐して利用する『妖精狩り』が極刑級の大罪とされていたり、ノムズルーツなどの妖精の多い土地に入るのに煩雑な手続きが必要なのは、この原則が原因です。


 ちなみにエイダンがノムズルーツに行こうとした時には、アンバーセットの役場で安全講習を受けた上、『万一妖精とトラブルになっても遭難しても、役場・正規軍に救援を求めません』といった内容の同意書に、何枚も署名させられています。


 そうは言っても、実際に妖精生息域で遭難者が出たりすると、助けない訳には行かないので、その場合は冒険者ギルドに依頼が来ます。一応民間人扱いの冒険者は、切り捨てられる事も承知の上で救援に向かう事になります。


 現在シルヴァミストで妖精と認定されているのは四種族ですが、他国にも妖精と似たような、魔力を備える人外の知的生命体が数多く存在します。

 中には、近年まで魔物モンスターとみなされていた種族もいますので、そのうちオークなどの対話可能な魔物モンスターが、友好的妖精種とされる時代も来るかもしれません。


 以下、本編に登場した妖精の紹介です。


◆ノーム

 地属性の妖精。猫くらいの大きさで、ハリネズミに似た外見。苔やヒノキの葉で全身を覆われているように見えますが、一応これは体毛です。

 基本的に生まれた土地を離れず、森の中に一族で集落を形成して暮らしています。家は地下に造られ、切り株風の玄関口だけを地上に覗かせるという特徴があります。家の中には家具もあり、居心地良好。多くのノームはマイホームをこよなく愛しています。

 草食かつ少食な種族で、山菜と木の実のスープなどを主食としますが、生まれた土地から離れ、精霊の力から切り離されると、飢餓状態に陥り、際限なく大量の野菜を食べ続けようとします。

 性格は短気でがらっぱちな個体が多いですが、人間に対してはかなり友好的で、特に地の精霊王サヌを共に信仰するサヌ教徒とは、積極的に盟友の契約を結びます。

 ただ、棲み着いた土地の土壌を豊かにし、高価な魔道薬の原料となる稀少植物の成長を促進するという、生来の能力のために、悪質な『妖精狩り』から狙われがちでもあります。


◆ウンディーネ

 水属性の妖精。両手に乗るくらいのサイズ。魚とクリオネと水草をかけ合わせたような外見で、ガラス細工を思わせる美しい体色が特徴です。

 ノームと同じく、生まれた土地から離れないタイプで、池や川の底に集落を築きます。

 性別は全て女性で、単為生殖によって卵を生みます。生まれた子供達は母親の身体的特徴は勿論、嗜好や記憶も薄っすらと受け継いでおり、定義によっては不死に近い種と言えます。

 主食は藻類で、生地せいちから離れて飢餓状態になると大量の藻類や海草を求めるようになりますが、どこにでもあるものではないため、大変苦しみます。

 怠惰で消極的な個体が多いと言われていますが、種の多様性を保持するためか、時折大胆で快活、冒険的な個体が生まれます。また、一族と生きるのを好まない『はぐれ者』と呼ばれる個体が生まれる事もあり、人間と契約を結び共生するのは、『はぐれ者』が多いようです。 


◆シルフ

 風属性の妖精。鴉くらいの大きさ。蝶のようなはねを持ちますが翅の材質は羽毛に近く、人間の女性に似た形状の胴体部も、一部が白い綿毛に覆われています。

 人間からは分かりにくいですが雌雄の区別があり、本編に登場したアイザスィースは男性です。

 空気を浄化する能力があり、空気中の塵や埃を集積し、美しい羽根のような物質へと変化させます。それで綿毛状の住処を作り、崖や高い樹の上に引っ掛けて、その中で暮らします。風が吹くとよく住居が飛ばされてしまいますが、縄張り意識がない事もあって、家ごとどこかに移住してしまっても、あまり気にしないようです。

 ちなみにシルヴァミスト西部のフェザレインという街には、かつてよくシルフの家が降ってきたため、街の名前の由来となりました。

 妖精としては珍しく雑食ですが、総じて甘党で、花の蜜や果実、人間の作る砂糖や菓子を好みます。

 悪戯いたずら好きで皮肉屋、気まぐれな性格の個体が多く、古典的な物語や伝承歌に登場する『悪戯妖精』は、大抵シルフを指しています。

 友情には厚く、特にサラマンダーとは種族を上げて同盟を組んでおり、『妖精大乱』の折には、シルフの大軍勢がサラマンダーに味方しました。


◆サラマンダー

 火属性の妖精。二足歩行のトカゲのような外見で、人間の七歳児くらいの体高があり、妖精の中では大型種。ピンクの水玉やブルーの縞々など、個体ごとに異なるカラフルな体色を有します。

 炭を主食とし、自分で火炎を吐いて食材を炭化させてから食べます。妖精には技能的な魔術を使いこなせない種が多いですが、この能力は本能に近いもののようです。

 焼成煉瓦の家を好み、衣服を着用し、商売に励んだり賭博に興じたりと、非常に人間に近い感性の妖精で、デザインやアート方面に才能を発揮する、美学を持った個体が多いという特徴があります。

 ただし、契約と血族の絆に対しては厳格、かつ一度怒ると極めて攻撃的な面を見せます。

 『妖精大乱』の際、首都に攻め込んだサラマンダー達が数百体で合体し、全長百ケイドル程の大怪獣になって暴れ回ったという話もありますが、情報が錯綜していた時期の事なので、真相ははっきりしません。


◆タニグク

 極東アシハラ国の妖精近縁種。人間の胴回りくらいの大きさのヒキガエルで、古井戸や古池に住み、土地と水源を豊かにする、水属性の能力を持ちます。

 アシハラでは魔物モンスター、妖精、精霊の区別が西洋より曖昧なためか、タニグクは「タニグク様」「ヌシ様」と呼ばれ、地元民に精霊に近い信仰を受けています。

 一応人間と会話も出来るようですが、ホウゲツの知る個体は数百歳と推定される高齢で、彼いわく「年中ほとんど冬眠しているし、たまに起きると誤飲騒動を起こして自分が呼びつけられるので困る」との事です。


◆ドゥン

 北ラズエイア大陸の妖精近縁種。加護属性は水。外見はホワイトタイガーに近く、平均で体長三.五ケイドル、最大五ケイドルにも及ぶ大型の種族です。

 肉食獣風の見た目ではあるものの、雑食であり、性格は総じて知的で温和です。

 テンドゥ帝国の国境付近に住む戦士達は、森に住むドゥン族と友好関係を結ぶ事で土地を守っており、族長は何代かに一度、ドゥン族の代表と結婚して丁重に村に迎え入れます。

 形式的な婚姻ではありますが、契約によってドゥンと言葉が通じるようになる事もあり、深い家族愛で結ばれる夫婦が多いようです。

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