2:イニシュカ島について

【イニシュカ島について】


 聖シルヴァミスト帝国の東部沿岸に位置する、首都ダズリンヒルは、シルヴァミスト人の祖先が最初に上陸した土地とされています。

 ただし、本編のずっと後に遺伝子研究によって明らかになる事ですが、シルヴァミスト人には、西側から上陸した人々の血筋も混ざっています。


 古代、シルヴァミスト島とヴェネレ大陸の間に広がる大海洋を駆け巡っていた船乗り達は、『西の海の民』と呼ばれる民族で、伝説によれば、炎のような赤毛と、翡翠色の瞳を持つ、勇猛な戦士達でした。


 イニシュカ島の住民は、この『西の海の民』の遺伝的特徴を色濃く残しています。島には赤みがかった髪色の人が多く、総じて身体は頑健です。


 興味深い事に、イニシュカ島民には一定の確率で、アルコール不耐性、つまりお酒の飲めない人が生まれますが、アルコール不耐性の遺伝的形質は、魔力操作の才能と一緒に発露する事が多いようです。

 これは他の民族には、あまり見られない特徴です。

 船上で生まれ船上で死ぬ事もあったと言われる、『西の海の民』の長い旅の中で、安全な真水を確保する役目を担った魔法使いの一族は、その能力ゆえに、船旅の中でも飲酒の必要がありませんでした。そのため、淘汰されてもおかしくないアルコール不耐性の遺伝タイプが生き残ったのでは――と、後世の遺伝子研究者は推測する事になります。


 ちなみに、イニシュカは Inishkar と綴りますが、これはシルヴァミスト西部の古語で、『カルの島』を意味します。

 シルヴァミスト西沿岸部では、水の精霊王カル信仰が盛んで、カル信仰は祖霊信仰とも深く結びついています。

 『西の海の民』が最初に上陸し、入植したイニシュカ島は、シルヴァミストのカル教の人々にとって、祖先の魂が眠る重要な土地であった事が考えられます。


 しかし現代においては、その伝説はほとんど忘れ去られ、イニシュカ島には辺鄙でのどかな、漁民達の集落しかありません。

 僅かに、現代技術では建築不可能とも言われる古代遺跡、アンテラ灯台が、『西の海の民』の神秘の痕跡を伝えるのみです。



【続・イニシュカ島について】


 イニシュカ島のカル教には、専門職としての僧侶や司祭が存在しません。祭りの宮司ぐうじ役は、村の中でも古くから続く七つの家が、年季制の持ち回りで務めています。

 宮司役に選ばれると、一年間、鳥獣の食肉を断つ必要があります。また、一年間毎日朝晩に水垢離みずごりか入浴をした上で、精霊に祈りを捧げる事になります。

 昔は乳製品や鶏卵も断ったようですが、現在は掟が緩くなり、チーズや卵を食べても良くなりました。

 この七つの家という数字には、特に意味がなく、家系の断絶や有力者の入植により、増えたり減ったりしているようです。


 エイダンのフォーリー家も、宮司の家の一つなので、七年に一度はこの役目が巡ってきます。

 本編第一部『ノムズルーツの妖精』で、エイダンがハオマに、サヌ教の僧侶は肉を食べても良いのかと訊ねる場面があります。エイダンは、精霊に仕える役目の人は全般に、肉食をしないものと思っていたようです。


 なお、これも現在は大分緩くなりましたが、昔のイニシュカには、男性が海の幸を、女性が山の幸を扱う、分業の風習があったと言われています。

 祭りの際は、この風習の名残が見られます。本編第三部『夏祭りの波乱』で、キアランとエイダンがカニ料理を、ロイシンがニワトコの花の酒を運んでくる場面があり、祭りの準備を男女別に行っている事が分かります。宮司役は、性別にかかわらず務めてきました。


 ちなみに、イニシュカ島においてモテる男の条件は、漁が上手い事と、魚を捌くのが上手い事と、背が高くて顔が整っている事です。釣りも料理も苦手な上、外見もそれほどよろしくないエイダンは、全くモテません。友達は多いし、学校と棒術の成績が良かったので、同性には一目置かれているようです。

 島一番のモテ男と言われていたのは、網元の息子でもあるキアランですが、最近、フェリックスにその座を明け渡しました。

 付け加えておくと、エイダンは家事全てが苦手な訳ではなく、掃除と洗濯と薪割りは得意です。

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