第2話 剣士との出会い


(あいつに会ったのも、ちょうど今頃だったな)


 一年前も野には戦が溢れ、リンは今日と同じように戦場荒らしをしていた。

 大人の戦場荒らしたちは、いつもリンのことを棒のような手足をした汚い小僧だと馬鹿にしたが、すばしっこさでは負けなかった。

 あの日は追撃軍が戻って来ることも無く、仕事を終えたリンはねぐらに帰ろうとしていた。


「おい、お前、すこし小遣い稼ぎをしないか?」


 ひとりの剣士がリンに声をかけて来た。

 同業者たちはもう帰路についていて、戦場に残っていたのはリン一人だった。


「何をすればいいの?」

「ここにある死体の中に、こいつがいないか探して欲しい。見つからなくても手間賃はやる」


 剣士はそう言って懐から紙を取り出した。人相書きだった。波打つ髪に蛇のような目をした男の顔が描かれている。

 リンには生まれつき不思議な勘の良さがあった。人相書きを見た瞬間にその男はここにはいないとわかったが、面倒なので言わなかった。


 近くで見ると剣士はまだ若かった。騎士の紋章はないが、軍服に似た上等な服を着ている。髪はモラード王国には珍しい黒で、長い前髪に隠れた金色の目が狼のようだった。


(獰猛さを失くした……まぁ、品の良い狼ってとこかな)


 多少横柄なところもあるが、悪い奴には見えない。約束を違えはしないだろう。そう判断して死体改めを手伝った。


「────やはり、ここにもいないか」


 剣士は約束通りリンに小銭をくれた後、がっかりしたように馬の傍に座り込んだ。落胆と疲れで気力が萎えたのだろう。会った瞬間に感じた悲哀の色が濃くなっている。

 同情したリンは、良い事を思いついてニヤリと笑った。


「ねぇ、さっきの人相書き、もう一度見せてよ。それと地図。持ってるんでしょ?」

「何をするんだ?」


 剣士は訝しみながらも、懐から人相書きと地図を出してくれた。

 リンは地図を地面に広げて人相書きを睨む。予想通り地図の上に男の幻が現れた。


「兄ちゃん、おいらと賭けをしないか? もしも、人相書きの男がここに居たら、捕まえられなくてもおいらに金貨を一枚くれ」


 リンが指で示した場所を、剣士は驚いたように見つめている。そして、呻くように言った。


「まさか……レラン王国じゃなくて、ベルデ共和国に向かったのか? お前、遠視とおみが出来るのか?」

「さぁ。遠視かどうかはわかんないけど、昔から探し物は得意なんだ」


 えへん、と得意げに顎をそらす。


「うーん。国境を越えるのは予想していたが、まさか南へ行くとはな。確かに、追手の目を欺くことは出来る……か。まぁ、いいだろう。こっちも探す当てがある訳じゃない。この村までなら日暮れに間に合うし、お前の賭けに乗ろう」



 リンは剣士の馬の後ろにまたがり、モラードとレランの国境を流れるイリス川に沿って南下した。

 馬上から景色を眺めていたリンは愕然とした。モラード王国の国境沿いはずっと荒れ地が続いているのに、川の向こうレラン側は豊かな農村が点在しているのだ。


 この辺りは常に戦場となっていたが、攻めてくるのはいつも東のレラン王国で、リンの住むモラード王国の軍は川の向こうに敵軍を追い返すだけに止めている。その結果がこれだ。

 チッと舌打ちをして、リンは不快さを吐き出した。

 非戦を説く王は立派な人なのかも知れないが、モラードの民だけが被害を受けねばならないのは不公平過ぎる。怒りで胃の辺りがムカムカした。


 やがて荒れ地が砂に変わると、川沿いにベルデ共和国の宿場町が現れた。

 町の宿屋で聞き込みをすると、すぐに手配書の男は見つかった。ここで一泊して昼前に出発したらしい。


「な、当たったろ?」


 得意げな顔で手を差し出すと、剣士は懐の巾着から金貨を一枚取り出してリンの手のひらに乗せてくれた。そして意外なことを言った。


「もう一度、やってくれないか?」

「いいよ。でも、報酬はまた金貨だぞ?」

「ああ。構わん」


 剣士が頷いたので、リンはもう一度手配書を睨んだ。指さしたのは一つ先の宿場町だ。急げば半日もかからない場所だ。


「国境を超えて油断したか……」


 憎々し気に剣士が呟く。

 リンは手配書の男が何をしたのか気になったが、用心深く訊くのはやめておいた。


 この日は生まれて初めて宿屋に泊まった。食堂で食べた煮込み料理は絶品で、舌が蕩けてなくなるかと思った。

 こうしてリンは、翌日も剣士と行動を共にすることになった。

  

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