戦場荒らしと謎の剣士
滝野れお
第1話 戦場荒らし、捕まる
一面の枯れ野に、点在する林。
その荒涼たる荒れ野に累々と転がっているのは、モラード王国の兵士と、敵国レラン王国の兵士の屍だ。
何年も続く戦で国境に近いこの辺りの畑は消え、大地には死だけが満ちていた。
農民たちはこの地を耕すことを諦め、余裕のある者は別の土地へ移って行ったが、どこへも行けなかった貧しい者達はここに残り、別のことで生計を立てるしかなかった。
敗走する敵軍を追ってモラードの兵士たちが戦場から姿を消すと、粗末な身なりをした者たちがまばらな木の影からわっと押寄せた。
彼らは屍から金品、甲冑、武器など、金になりそうな物なら根こそぎ奪って生計を立てている、かつての農民のなれの果てだった。
リンもその一人だ。
物心ついた時からそうして生きて来た。
両親のいないリンは、そうしなければ生きてこられなかった。同じような身の上の子供たちと一緒に、ごく自然に戦場荒らしになった。
「わりぃな。迷わず天に昇ってくれよ」
簡単に手を合わせ、見開いた目を閉じてやる。血に染まった衣を漁ると、小銭の入った巾着が出て来た。
「ちぇ、しけてんな。でもまぁ、この短剣はなかなか……」
帯に差してあった短剣を引き抜き、刃こぼれ一つない刀身を見つめていると、ふいに大地を蹴る馬蹄が聞こえて来た。
(何だ、もう戻って来たのか?)
点在する林の向こうに騎馬の姿が見えた途端、戦場荒らしどもが一斉に逃げ出した。
戦場荒らしはご法度。見つかればその場で切り捨てられる。
リンは迷った。辺りに隠れる場所は無いが、兵士たちにも目はついている。死者しかいない枯野に動く人影があれば、隊列を崩してでも追ってくるだろう。
逃げたところで馬には勝てない。すぐに殺されてしまう。この荒野で動けば、ここに居ますと報せるようなものなのだ。
考えた末、リンは草の茂みに突っ伏した。
万が一見つかっても、戦に巻き込まれて死んだ哀れな子供に見えればいい。
ろくに食べられないで育ったせいか、もうすぐ十五歳になるというのにリンの体は小さいままなのだ。
馬の足音と甲冑が擦れる金属音が近づいて来ると、リンの体は緊張で強張った。
(目を閉じないと……屍のふりをしないと────)
そう思った時、目の前にグサリと剣が突き刺さった。
ビクッと肩が震えた。今さら死体のふりをしても無駄だと悟り、リンは恐る恐る伏せていた顔を少しだけ上へ向けた。
リンの体をまたぐように立つ兵士が、怖い顔で見下ろしている。
「い……戦は、終わったの?」
「はっ? 誤魔化しても無駄だ。子供だろうが戦場荒らしは死罪だ。覚悟はいいな?」
戦に巻き込まれた子供という設定はすぐに見破られ、リンは恐怖に目を見開いた。何処からか同業者たちの断末魔が聞こえて来ると、リンは更に身を竦ませた。
地面に突き刺さっていた剣が引き抜かれ、横たわったままのリンを貫くために持ち上げられる。
「おい待て! そいつじゃないか? 手配書の」
近くに居た兵士が、紙を広げながら近寄って来る。
「え……ああ。確かに似てるな……あっぶねぇ、確認する前に殺すとこだったぜ」
「気をつけろよ。確認できるまでは捕らえておこう」
リンは引き起こされ縄をかけられた。
命拾いをしたリンは、心臓をバクバクさせたまま首を傾げた。手配書を回されるのは大罪を犯した者だけだ。でも、リンにはまったく身に覚えがない。
(ま、どっちにしても結果は同じだけどね……)
ホッとした自分を嘲笑うように、リンは小さくため息を吐いた。
兵士の馬に荷物のように乗せられて、そのまま何処かの地下牢に押し込められた。
石造りの地下牢はひんやりと冷たいが、乾いていて居心地は悪くない。
(変な虫もいないし、案外きれいなもんだな)
リンは小奇麗な地下牢に驚いたが、それ以上に驚いたのは食事が差し入れられた事だった。四角い木のお盆には、豆と芋のスープが入った器と乾いたパンがのっていた。
リンは早速パンをスープに浸して口に入れた。あまりに美味しくて頬の奥がキュンとする。きちんと調理されたものを食べるのは本当に久しぶりだった。
(こんな料理は、あの旅以来だな……)
懐かしさがツンと胸を刺す。
リンは頬を緩めて一年前の冒険の旅に思いを馳せた。
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