13-9
やや、時間は掛かったが、きちんとみらいが出てくれた。
いきなり、ごめんと言われて、緊急じゃなかったら後でこっちから電話するから用件だけ手短にお願いと言われる。
だから、刹風も端的に言った。
「外資系でお手伝い出来る人が居るから紹介したいんだけど」
「良く私が人材探してるの分ったわね。じゃ、担当者に代わるから後お願い」
と言われて、担当者に丸投げされた。
取り次がれた相手は――やや、ぼーっとしているが
目の下のクマがすごいことになっていて、だいぶ疲れているようだ。
状況は、かなり切迫してるらしく、一方的に現在所属してる企業と部署。
もしくは経歴を聞かれた。
それらに、反応する前に。
気付いてしまった。
きちんと彼に謝っていなかったことに。
「えと……」
刹風が、たった一言にも満たない呟きを漏らした瞬間。
俊則は、その声の主に気付いて眠気が吹き飛ぶほどに驚く。
「刹風さん! 刹風さんじゃないですか!」
刹風は、
「う、うん……」
とこたえるのが精一杯だった。
沈黙が、気不味い空気が流れる。
刹風は、俊則に何度となくプロポーズされている。
完全な体目的のやからなら一蹴して終わりなのだが。
彼に限っては、それがなかった。
既に、婚姻し。
二人奥さんが居るのだが。
自分の欲求を発散させるためではなく、むしろ逆。
刹風と同じく借金に苦しむ家庭の救済といった形式の政略結婚だった。
そのため、西守に対しては、利益のない結婚。
彼も、みらいと同じく西守に置いては最下層の住人。
それゆえ、庶民的なところもあり。
気さくで爽やかな好青年だった
勉強は出来ても運動は苦手。
外資系の会社を自分で立ち上げて経営している社長でもある。
それだって、自尊心のためではなく家族を養うため。
常に矢面に立ってつらい思いを人一倍背負う苦労人。
そんな姿に、刹風も好感を抱いていた。
だからこそ、完膚なきまでに断われなかった。
それに……最悪の事態に陥った場合。
心を捨てて彼の元に嫁ぐ事も考えていたからでもある。
だから――
『まだ、結婚とかは考えられないからごめんなさい』
という 未練が残るような言い方しかしてこなかった。
彼に未練を残させる。
と言うより、自分自身――彼を完全に切り離したくない。
それこそ未練があったからだ。
それに俊則も気付いていたからこそ。
千載一遇の好機を待っていたのだ。
つごう良過ぎる考え方だとは分っている。
でも、他に選択肢があるとは思わなかった。
それが、あっさり龍好と結婚完了。
本来ならこちらから出向いて謝罪すべき。
だというのに……
形は、どうであれ龍好と夫婦になれたことに浮かれ過ぎて完全に忘れていた。
人を馬鹿にするにもほどがある。
その話は、俊則にとっても寝耳に水だった。
いきなり、西守の上層部が慌ただしくなったと思ったらコレである。
しかも、相手は英雄。
抗議する気も起きなかった。
早く話をして、要件を聞いて、作業に従事しなければならないのに。
押し込んでいた思いが胸をかきむしり言葉が出てこない。
『ふざけるな! ばかにするな! いい加減にしろ!』
そんな言葉が反射的に出てくれたらどんなに楽だろうか。
でも、悲しいくらい俊則の心には、刹風の笑顔がともっていた。
何度も、何度でも、つらい時。
苦しい時に。
見た笑顔。
『おはよ~! 俊則く~ん!』
徹夜で作業を終え。
朝日を見上げると、両手一杯に新聞を抱えた彼女の笑顔が走って来る。
それを見ただけで、嬉しかった。
頑張って良かったと思えた。
今日も、明日も。
目指すものは違えど頑張るという行為は刹風と同じだと思った。
なんとなく一緒に頑張ってるみたいで嬉しかった。
だから刹風にプロポーズを繰り返してきた。
ずっと、あの笑顔と一緒に居たくて。
隣に居て欲しくて。
その、無言に……先に耐えられなくなったのは刹風だった。
「なんか、いろいろごめんなさい!」
刹風が悲痛そうな顔して、頭まで下げる。
「私も突然で何から言っていいのかわからないけど……本当にごめんなさい! 忙しいところじゃましちゃって本当にごめんなさい!」
一通り、謝り倒し。
本題に移ろうと、当初の予定通り瑞穂を紹介するというと、彼女の事は良く知っているから自分で話すと言われた。
「えと、はい」
刹風が通話モードになっているエッグを瑞穂に手渡す。
半透明の画面には、俊則の顔が映っていた。
「うん。ありがと……」
「瑞穂さんだったのですね。外資系でお手伝いして下さると言うのは」
「はい。私の親の会社を紹介しようと思いまして」
「それは、ありがたいです。なにせ、急に取引したいという者が一気に増えたものですから。まさに猫の手でも借りたい状況でして」
「そうですよね」
「えぇ。僕自身――今は、みらいさんの家で寝泊まりして、なんとかさばいてる状況なんですよ」
「そうでしたか……その、身体は、大丈夫ですか?」
「はい、まぁ、なんとか。と言いたいところですが、正直厳しいと言うのが本音ですね」
実際、俊則は、ここ数日ほとんど寝ていない。
「でしたら、私が出来る範囲でも、お手伝いしましょうか?」
「それは、ありがたいのですが……」
「なにか、問題でも?」
「その、プロポーズの件です」
「あ……」
瑞穂は、言葉につまってしまう。
刹風が紹介してくれたのを機に何度となく俊則にプロポーズしていたからである。
状況的にも、本心的にも俊則に気に入られたいからと言うのが見え見えだった。
「その様子だと、忘れてたんですね」
「で、ですが! 私は、本気ですから! 正直なところ。私、自身こんなに諦めの悪い女だって知りませんでした。でも、俊則君が好きになっちゃって、好きで好きでたまらなくって……もうなんだかわからなくって。こんな……ごめんなさい。でも。でも。夢見たっていいですよね! 俊則君の隣で寄り添って同じ仕事をするだけでもいいの。ただ……貴方の隣に居たいの……」
「正直。まだ、刹風さんのことは忘れられません。でも相手が英雄じゃ太刀打ち出来ませんからね。そんな未練がましいヤツでも良かったら隣で支えてくれませんか?」
「えと……いいんですか?」
「いいも悪いも、僕の方からお願いしてるんですよ」
「では! よろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしく。それと、いつから手伝いに来れます?」
「今すぐにでも!」
「では、待ってますので、よろしくお願いします」
「はい!」
そう言って、瑞穂は通話を終えたエッグを刹風に手渡す。
その顔は、少し照れていた。
「その、ありがとうね……」
「いや、私の方こそ。なんか……その、いろいろと、ゴメン」
「ん~ん。もういいわ。そんなことよりも、結果を聞いてくれるかしら?」
結果も何も会話は丸聞こえだったのだから、改めて聞くまでもない。
それでも聞いてほしいのだと思って刹風は会話を続けることにした。
「そうね、こうなった原因は、私にもありそうだし……」
「えぇ。その……私も、俊則君のお嫁さんになれるかもしれません!」
「うん。良かったね」
「えへへ。さっきの告白聞いて、私の気持ちが本物だって分ってもらえたみたい」
「まぁ、私なんかに比べたら立派なプロポーズだったんじゃないかな」
刹風は、自分の時を思い出しながら頬をかく。
「まったく、もとライバルに塩を送ってもらったあげく、背中まで押してもらって。これで、働きが悪かったら私の名誉が傷つくじゃない!」
「素直じゃないわね~」
「それは、お互い様でしょ! じゃあ、私行くから!」
「ちょっと待って! 私も、部屋出るから!」
「あ、そうだよね」
そう言って、瑞穂がドアに手をかけると!
雪崩のように、聞き耳を立てていた連中が倒れ込んできた。
「げ……」
ドン引きする刹風を尻目に瑞穂は、
「後は、任せたわ!」
と言って、人の山を飛び越える。
「ちょ! 待ってよ!」
「話、聞いてたでしょ! 私は、行かなきゃいけないところがあるから!」
と言って、瑞穂は、走り出してしまった。
後に残された、刹風と――その他大勢……
何とも微妙な空気が漂う中。
「あはははは……」
苦笑いを浮かべたまま、一人、また一人と――その場を去って行くのだった。
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