13-10

 夜――


 リトライにて、刹風から予想外の事を言われた栞が、龍好と一緒に居るみらいのもとへつめ寄って来た。


「うちのあいてててが崩壊の危機なんよ!」

「はいはい存在意義がどうしたって?」


 みらいは、騎乗可能となったピー助の上から言葉を返す。


「んとなぁ。せっちゃんにうち普通やって言われたんよ!」

「そかぁ? まぁ、言われてみればそれほどビックリするもんじゃないかもなぁ」


 龍好も、みらいの後ろから言葉を返していた。


「そうね、腕が八本生えたり。魔王を使役して戦うなんていかれた人に比べたらそれほど驚くものではないかもしれないわね」

「ううう~。せやかてなぁ。うちずっと普通って言われるの憧れてたんよ!」

「よかったじゃない」

「でもなぁでもなぁ、うち普通やったらたっくんと出会えんかったとおもうんよ!」

「ん~。そうかなぁ? 出会ってたとおもうぞ」

「でもなぁでもなぁ、一緒には住めへんかったやろ?」

「そうでもないとおもうけどなぁ?」

「そないなことない! やって普通の大人やったら子供同士で同棲するとかって絶対認めんと思うもん!」

「そうね、西守ならともかく一般家庭では、かなり珍しい状況だったものね」

「ん、まぁ、言われてみればそうかぁ」

「せやろ~。せやのに、うち普通になってもうたらただのつまらん女になってまう」

「いいんじゃねえのそれでも」

「そんなんあかん! うち悟ったんよ! たっくんがやさしゅうしてくれたんも、一緒に住めたんも、みんなみんなうちが化けもんやったからやって! せやからな、うちはこれからも化けもんでないといかんと思うんよ! せやないと、うちの立場みらいちゃんにとられてまう!」

「いいじゃない私が正妻なんだし」

「ほな、みらいちゃんもいっしょにお風呂入って一緒にねんねするようになるん?」

「は?」

「やって、結婚してからうちら毎日一緒にお風呂はいってるし。一緒のお布団でねんねしとるよ」

「ふ~ん、そう~なんだぁ。へ~。なんか妻の居ぬまになんとやらって感じよね~」


 振り返った、みらいの瞳が龍好を睨み上げている。


「なぁ、アイデンティティーの話は、どうなったんだ?」


 みらいからしたら、そんな話なんてどうでもよくなっていた。

 確かにココ一月ほど龍好とはリアルで会っていない。

 自分は、本当に正妻なのだろうか?

 どうして龍好は、自分の傍にいてくれないのだろうか?

 現在別居中みたいな形である。


 ってゆーか以前のままだった……


 変わった事と言えば、リトライでのスタイルだろう。

 まず職業が、魔法使い見習いから魔王使い見習いに変更された。

 これは、ピー助を召喚した時点で変更する条件は整っていたらしいのだが……

 表面上は、魔法使い見習いの方が都合が良かったらしく、後回しにされていたそうだ。

 あからさまに西守の上層部からの圧力だったとしか思えない。

 次に移動手段。

 ピー助が騎乗出来る大きさに変更可能になったためくらを付けてもらい乗り物としても使える様になったのだ。

 そこで、ちょっと無理すればもう一人くらい乗れるから龍好を後ろに乗せている。

 龍好は、落ちないように、軽くみらいのお腹を抱くようにつかまっている。

 龍好の温もりや吐息の音が気持ちいい。


 ピー助自体、異常なまでに龍好に懐いているからこの形での移動は、すぴすぴ鼻を鳴らして喜んでいる。

 大きくなった尻尾の揺れ具合からいっても相当なものなのだろう。


 だが、みらいはやはり知りたかった。

 確かめたかった。

 龍好は本当に自分と婚姻して後悔していなかったのだろうか?


「ねえ龍好」

「んあ、なんだ」

「あのさ……私達って夫婦なのよね……?」

「ああ、そうなるんだよなぁ~」


 やはり龍好からの返事は軽く聞こえる。


「それはそれとして髪切ったんだな」


 横一文字に切り揃えられた前髪はナチュラルになっていて。

 腰下まであった長い髪は、ばっさりと切り落とされてボブ風にカットされていた。

 今までずっと栞と同じ髪型で通してきたみらいの心境の変化からだろうが意外だった。

 左側だけ三つ編みされていて小さな紫色の宝石が散りばめれたリボン形の髪止めでとめられている。


「どーせ私は、背伸びしたって刹風にはなれない。髪型や好みを真似ても栞にはなれない。だったら私は私らしくアナタの側にいようと決めたのよ」

「そっか……」

「それにね。私、元々赤がそれほど好きってわけじゃなかったのよ。やっぱり、私の中では炎のイメージカラーは赤なのよね。それで炎の魔女に憧れて紅先生の真似してただけなの」

「そうだったんだな……」


 じわり、みらいの緑眼に涙が滲み出てくる。

 どうしても、龍好の言っている言葉が軽く感じられて仕方がないのだ。

 あの日のプロポーズだって、


『一生呪ってやるんだから!』


 こんなので本当にいいのだろうか?

 本当に自分達は夫婦なのだろうか?

 不安が押し寄せ涙が止まらない。


「私、本気で言ってるのよ! 本気で一生放さないって言ってるのよ! 別れてなんてあげないんだからね! 絶対絶対離婚なんてしないんだからねっ!」

「ああ、分ってるよ」


 あっさりと、ちょっとコンビにまでアイス買いに行って来るから、みたい言われた。


 悔しくて仕方がない。

 事の重さを理解していて言っているとは到底思えない。

 何を言っても暖簾のれんに腕押し、きっと龍好には届かない。

 そんな思いにさいなまれた、みらいの心は悲しみを溢れさせる。


「は~」


 龍好は、嬉しいような、諦めたような、それでいてどこか覚悟を決めた笑みを浮かべる。

 女の子の涙は強敵だ。


「まぁ、なんつーか……よくわかんねーんだよ……俺は、確かにおまえも栞も刹風も好きだ。だからといって、愛してるのか? って聞かれたらやっぱりよくわからない」

「そ……そうだよね……」


 寂しく、悲しく、言葉を零すみらい。


「でもな、だからといって他の誰かに取られちまうって考えると全力で阻止したくもなる。なんつーか。けっこう長く付き合ってるから、俺の中ではみんな家族みたいなもんだったんだろうなぁ」

「家族ね……」


 それも悪くはないのかもしれない。

 友達の延長線上の家族みたいな関係。

 それなら皆とこれからも仲良くいられるだろうし。

 そもそも、冷静に考えてみれば龍好は一般人。

 ある日突然三人の嫁が出来た。

 全員と子作りしなさいって言われてもきっと実感なんてもてないんだろうし。

 それはそれで当たり前な気がしてきた。

 少なくとも、彼なりに考えてくれているみたいで、ほっとした。


「だからさ、ずっと考えてたのさ。俺にとってみらいはなんなんだろうって……ホントは、きちんと答えが出てから改めて言おうと思ったんだが……」


(ちょっとまって!)


 その言葉を、期待感がフタをする。

 今、こんな中途半端な気持ちで言われるよりも、絶対に確実になってから聞いたほうがその価値が高いと直感したからだ。 

 でも、静止する言葉は出てくれない。

 龍好の口も止まらない。


「やっぱり、俺は、みらいが好きだ。誰にも渡したくない。今は、まだよく分らないけど……俺は、お前と結婚するのがイヤだったら絶対に断わってた! だから! それだけは信じて欲しい!」


 唇から伝わる温もりに……心は、溶けていた。

 自分の浅はかさを呪っていた。

 仲良しこよしでずっとやっていきたいという純粋な気持ちと。

 それでも、自分が龍好の一番になりたいという女心。

 受け取った温もりと一月分の想いは、じゅうぶんに伝わって来た。


「まぁ。寂しい思いは、俺も同じだったんだ、でもどうしても自分の気持ち確かめたくってさ。その、悪かった。今度から、仕事のじゃまにならない程度に顔出すよ」

「う、うん」


 それ以上の言葉は続けさせてもらえなかった。


「へー、やけにあっさりみらいのプロポーズ受けると思ったらそーゆー事だったわけ? なんだかんだ言って、一番みらいの事が好きだったってことなのかしら!?」


 刹風の眼光が怖いくらい光っている。

 一番のところに激しく心は揺れ、ドキリとしてしまった。

 もし、そうなれたらずっごく嬉しかったから。


「あやぁー。うち、たっくんから進んで女の子にキスするなんて始めてみたよぉ~。でもなぁ。たっくんがその気になってくれるんは嬉しいんやけんど……えこひいきはよくないと思うんよ~」


 この、幸せを――例え一時だけでも自分だけのモノにしたかった。

 流れ的にきっと龍好は二人にもキスをするのだろうと感じたから。


「ピー助!」

「むぴー!」


 主人の意思を感じ取った魔王が大地を強く蹴り出して空に向かって駆け出す。

 時を統べる魔王にとって、空間全てを足場にすることは造作もない事だった。


「やっ! ばか! 落ちるって! 落ちる! 落ちる―――!」

「落とされて痛い思いするのはイヤだとばかりに、龍好は、みらいをしっかりと抱きしめる」

「栞!」


 刹風が叫べば、


「シャチ丸君!」


 栞も分ってますとばかりに飛行艇を取り出す。

 栞と刹風の思いを受け取ったかの様にシャチの瞳がギラリと光る!

 まるで、俺に任せろ!

 とでも言っているみたいだ。


「行くわよ!」

「当然やぁ~! 逃がしたらあかんよ~!」

「分ってるわよ!」


 言うが早いか搭乗した刹風はアクセル全開で獲物を追いかける。


 ピー助の脚力と飛行艇では、その速力で圧倒的に劣る。

 もう、直ぐ後ろまで彼女達が迫ってきているのは分ってる。

 でも、それでも、後少しだけ、もう少しだけ龍好を――

 誰よりも近く感じていたいから。


「ピー助! 全速力っ!」

「むっっぴっ―――!」

「やっ! だから! おちるってば! おちる、おちる――――!!」


 龍好の腕にこもる力が一段と増す。

 それは骨を軋ませるくらい強く痛い。

 でも、今は――この痛みが心地よかった。


 だって――


 この痛みが続く限り彼は自分の、誰よりも自分の一番そばに居てくれるのだから――

 その想いにみらいは溺れていた。


「まてやコラ――!」

「にがさへんよ――!」

「おちる! おちる――!」

「むっぴー!」


 ピー助は追いかけっこをしているのだと思って全力で楽しみ――

 少年と少女の叫び声は――リトライの透き通った青空に溶けて行く。


「うふふ。おにさんこちら~」


 不敵な笑みをたずさえた少女は、いつか自分が龍好の一番になってみたいと夢を見るのだった。




 おしまい

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