13-5

 紅に、後で来るように言われた場所へ――龍好、みらい、栞達三人は来ていた。

 そこは実質、紅個人のために用意された休憩所みたいになっていて荒れていた。

 なんでもかんでも適当に積み重ねられ、見るにしのびない有様だ。

 そんな些細な事なんて、全く気にとめないココの主が椅子に座ったまま龍好を見上げて「ふー」っと心のもやもやを吐いてから、龍好に問う。


「お前。今度、リトライで盛大に式典が行われることになったのは知っているよな?」

「まぁ、なんていいますか、俺、一応主役扱いみたにされるんですよね?」


 龍好が、すっげー嫌そうに言うと、


「残念ながら、完璧に主役だ」


 紅は、さも当然だと断言する。


「はぁ~。やっぱ、そーなんですねぇ」


 肩を落とす龍好には、既に覚悟があったのか口で言っているほど表情の落ち込みはない。

 それに、対して紅は――安堵とも、落胆とも思える口調で、


「あ~、実はな。今度の式典にお前達は参列しなくていいことになってな」


 上層部での決議事項を伝える。


「え! さぼっていいんですか!?」

「ばか! 喜んでどうする! キサマの知らんところで勝手に話進めて都合よく利用しようとする連中のやることだぞ! どうせろくでもないことに決まってる! ったく!」


 無駄に嬉しそうな顔をする教え子を怒鳴りつけても、頭の中は上層部のバカドモが今も言い合いをしてるであろう様がリピートしていた。

 改革派と保守派。

 それに勢力を増してきた中立派が加わり、ごたごたが生んだ結論が、またしても茶番劇だったからだ。

 そんな内心を察したみらいがうんざりした声で言う。


「ですが、紅先生。そんな大勢の会場を自分のデビュー記念にでも使われでもしたら、それこそ事ですよ」


 紅は、栞を見詰めて――彼女と共に過ごして来た時間を脳裏に描く。


「そうなんだよなぁ……」


 ほんっとーーーに!

 お腹一杯です、もう勘弁してくださいって感じで思いを呟いていた。


「ん~。つまり、うちが会場でやろうとしてたネタがばれてしもうて、西守のお偉いさん方がびびってしもうたってことなんですか?」


 可愛らしく小首を傾げてものを言う、栞に対して――紅は、御願いだから今回だけは大人しくしててくれと本気で願って言った。


「スマン、嘘でも怖いから適当な事は言わんでくれ」

「ん~。うちは、お茶の間でお花畑さんとか映さなあかんくなる様な事はせ~へんよ~」


 龍好は、栞の肩に手を置いて、


「いや、残念ながら、お前の思考回路がそれを容認する可能性の方が遥かに高いんだよ……」


 自らを哀れむ様に首を振る。


「はぁ……」


 みらいも重い溜め息を吐く。

 龍好の言った事が史実として刻まれる可能性が否定できないだけに紅の気持ちが分るのだ。

 今度の式典は、おそらくこの国を挙げての式典となる。

 それほどの式典ならば、当然――普通なら絶対に許されない事をやってみたくなるはずなのだ!

 しかも、バグ・プレイヤー討伐に貢献した破壊神であり英雄の嫁。

 当たり前の様に彼の隣に立つだろう。

 そして、何かやるのだ、仮になにかやらかしても愛想笑いで許すしかない以上。

 最悪――やりたい放題になる可能性すらあるのだ。


「ん、とまぁ、そこでだ!」


 ただでさえ、混沌とした部屋の空気が更に澱んできたのを払拭すべく。

 紅は、やや大きめな声を出すと、ココに呼んだ本題を伝える。


「お前、リトライで二つの名前があるだろ。一つが、今お前が使ってる龍好。それと、もう一つが銀時計だ」

「ん~。まぁ、そうなりますかね」

「実名登録が当たり前な世界である以上、本来なら龍好として称号を与えるべきなのだろうが。銀時計という名の方が利用価値が高いと踏んでるヤツも多い。そこで、お前に決めてもらってはどうだろうか、なんて言う意見があってな、どっちがいい? もっとも、お前自身が直接受け取るわけじゃないからな。どっちでも良いっていうなら、それでもかまわんぞ」

「じゃあ、放浪する銀時計でお願いします!」


 龍好は、きっぱりと言い切った!


「はぁ? なんだその間抜けな名前は? お前は、そんな変な名前がカッコいいとか思ってるのか?」

「いえ、友達に言われたんですよ! 英雄は全て受け入れるもんだって! だから何かを受ける以上、誉も非難も恥じも、全て受け入れるべきだと思いました!」

「いや、その心意気は嫌いじゃないが、しかしだなぁ。語呂も悪るいぞ。だいたい、放浪ってゆーのはどうなんだ、行く当ての無い彷徨い人じゃあるまいし。どう考えても、英雄龍好か英雄銀時計の方が語呂が良いと思うんだが、本当にそれで良いのか?」


 その答えには龍好ではなく栞が応えた。


「あんな紅先生! 放浪する銀時計ってゆーんは、たっくんがブルークリスタルで遊んどった時の二つ名なんよ~」

「って、ゆーか! お前が原因で付いたあだ名だけどな!」

「なるほど。お前達二人の思い出の名と言うことか」


 それならば――と、紅は頷く。


「だったら、それで押し通して見せよう! まぁ、文句も出るだろうが、英雄本人がそれでなければ納得しないとでも言って脅せば通るだろう」

「はい! お願いします!」


 龍好は笑顔で頭を下げる。


「あははは。まぁ、いい。連中が二択でしか考えてなかったところに別の案を押し付けるのは悪くない!」


 紅は、今後の楽しみが出来たと笑い。

 別の意味でも笑う。


「それにしても残念だったな、みらい。お前は二人の間には入れんそうだよ!」

「あら。そんなこと今更ですわ紅先生。これから割って入るんですから」


 みらいは師匠に対し不適に微笑えんで見せる。


「ああ、そうかい。じゃぁ、せいぜい正妻らしいところでも見せてもらうとするさ」


 それは、紅なりの弟子に対する応援の言葉だった。

 と、いうのに――その台詞に残念な思考回路が反応し言葉を零す。 


「正妻が英雄に制裁を加えるとかって楽しそうやな~」


 その呟きは聞こえなかった事にした……ってゆーか、スルーした。 

 冗談抜きでそんな演出は要らないと思ったからだ!

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