13-4

 とっさの思い付きでピッタリな言葉がでた、だからそのまま押し切る刹風!


「そう、政略なの! これは政略結婚なんだからね! あ、あんたのことなんて、ちょっ、ちょ、ちょ、」

「はい、チョコレートあるよ~」

「あんがと、もぐもぐ。これ美味しいわねぇ。じゃなくて~!」

「さすがせっちゃん見事なノリツッコミやぁ!」

「あんたのことなんて、ちょこっとしか好きじゃないんだからね!」


 両手をしっかりとにぎって下に突き出し。

 やや前かがみで叫ぶその頬は真っ赤に染まっていた。


 し~~~~~~ん。


 静寂が世界を支配していた。


「あ、あれ? なんで、だれもなんにも言わないの? 今の上手かったよね? チョコ食べてちょこっと、って、栞このてのネタ好きだったよね?」


 確かに大好物だった。

 しかし栞は、物言わぬ蝋人形の様になっていた。

 みらいも、龍好も、小春も、その他大勢全てが時を止めているかの様だった。


「にせもんや~! このせっちゃんにせもんや~!」


 自他共に認める回復力を発揮した栞が雄たけびを上げた。


「なるほど、それなら納得いくわね」

「だよなぁ、ありえねぇもん」


 みらいと、龍好も続く。


「は~、なにバカなこと言ってんのよ! 私、が刹風じゃなかったらなんだっていうのよ!?」

「そんなん、にせもんにきまっとるやん!」

「そうね、せっかくの感動のシーンを返してもらいたい気分だわ。慰謝料請求してもいいかしら?」

「っていうか、これって栞の仕込みじゃねーの?」

「うちは、こんなんやとった記憶ない!」

「じゃぁ、なんなんだよ! それともなにか? どっかの誰かが賢者の石でも使って刹風そっくりなにせもんでも用意しやがったのか?」

「バカ好!」

「だれだてめぇ!」

「なんで、皆して急にそんな態度取るのよ!?」

「あたりまえやん、このにせもん! うちらのしっとるせっちゃんはな! 絶対にたっくんのこと好きやって言わんもん!」

「そうね、現状でプラスベクトル方向にたいする言葉を言う理由がないわ」

「へ……そんだけ? って、ゆーか私ってそんなキャラだと思われてたわけ!?」

「あたりまえやん! うちの知っとるせっちゃんやったら『あんたのことなんてちょーだいっきらいなんだからね!』ってゆーはずやもん」

「ちょ!」

 

 さきほどの告白がいかに自分でも恥ずかしいものだったか自覚する刹風。


「ちょ、っとなに勘違いしてんのよ! いい、ちょっとよ! ちょっと! わずか、ほんのわずかだけしか好きじゃないんだからね!」

「すごいわ……これだけからかってもマイナスベクトル方向の言葉が出てこないなんて……」

「まぁ、そんだけ。せっちゃんは、たっくんのことが大、大、大、大好きやったってことやねぇ」

「あははは……」


 龍好は、とても嬉しそうだった。


「へ……もしかして私おもちゃにされてただけ?」

「あたりまえやん、それでこそうちの大好きなせっちゃんやぁ」


 にっこり笑顔で抱きついてくる栞に対し。

 刹風の握り締めた拳がプルプル震える。

 心に巣食う良心が――ヤツを殴れと轟き叫ぶ!


「こんの~~~~バカ栞っ!!」


 ☆ごん☆ 


 鈍い音がして、


「くーーー……いたひ……」


 痛みの涙を流す刹風だった。


「いや~、やっぱせっちゃんは、そうでないとあかんからなぁ~。ではでは、落ちも付いたところでメインイベントーやぁ~」

「うを~」


 と会場が、さらなる盛り上げを見せる。


 もう、なんでも来いと覚悟を……もとい、諦めで腹をくくった龍好とみらい。

 刹風は、未だ、痛みから立ち直れずうずくまっていた。


「誓いのちゅーやぁ!」

「うを~」


 会場のボルテージは最高潮だった。

 拍手喝采と鳴り止まないクラッカー。

 栞の瞳は、みらいを捉え『先ずは正妻からやっよ~』と訴えていた。

 みらいの視野は、期待していますよお嬢様! 

 で、しっかりと埋め尽くされていた……

 はっきり言って、こんな晒し者のような状況でキスなんてしたくない。

 蒼白だった顔色もすっかり朱にそまったみらいは、この流れに逆らってみる。


「遠慮、するわ。べつにキスしなければならない規則もないはずよ」

「そかぁ~」


 きっと、栞のことだ何か反論があると思われたのだが、あっさりと受け入れられてしまい拍子抜けしててしまう。


「なら、せっちゃんからやねぇ~」

「むりっ! っていうかダメ! そんなのダメにきまってるじゃない!」


 痛みに耐えていたその拳を開いてまで全力拒否で抵抗を試みる刹風。

 その顔は痛みではなく羞恥に染まっていた。


「そかぁ、せや、しゃ~ないなぁ~」

「は~」

「ふ~」


 みらいと刹風は安堵の息をはく……

 正直、龍好とキスするのは嫌ではない。

 っていゆーか思いっきりしてみたい!

 それが本音だった。

 でも、やっぱりこんな流されたり、勢いで仕方なく。

 そんな感じでするのは嫌だった。

 やはり、自分でしたいと思った時にしたいと。


「そんなら、うちが三人分ちゅーしたるさかい、かんにんしてなぁ、たっくん」

「わかったよ……」


 もう、ほんとに矢でも鉄砲でももってこいって感じだった。


(ほんと、どんだけハードル上げれば気が済むんだよ……とほほほ)


 龍好は、この後。

 超絶妙技をもって編集された記録映像が一生涯自分を、はずかしめるのであろう事しか頭になかった。

 それでも素直に栞と目を合わせる。

 もう何度も何度も見てきた自分を信じて止まない少女の瞳がある。

 ライクとラヴの境界は、いまだによく分らない。

 それでも、栞を大切にしたいと想う気持ちは誰にも負けないつもりだった。

 いずれ時が経てばこうなる可能性は考えていた。

 多少……いや、遥かに予想を裏切ってくれたが。

 その、心にある想いの一つに決着を付けようとした時。 


「「ちょっとまったー!」」


 みらいと、刹風の声がハモって停止を要求!


「いっ、一応……私が正妻なんだから……ここはちゃんとすべきだと考え直したわ」

「よくぞ言って下さいましたお嬢様!」


 西守家の、みさなんは大喜びだった。


「わ……私も、出来れば……龍好の始めては欲しいかな……」

「おおお~、せっちゃんだいたん発言や~」

「おおお~~~!!」


 会場は、こんなにもご馳走盛りだくさんだというのに、まだ胃袋には余力を残しているらしく皆さんは美味しく召し上がってくださっていた。


「せやけんど……ここで、お二人に残念な報告があるんよ~」

「なにが?」


 と問いかけるみらいと刹風の瞳に対し特大級の爆弾が投下される。


「実はなぁ。たっくんのふぁーすときっす、ずーとまえにうちがもらっとるんよ~」


 ギロリ、と刹風とみらいの眼光が龍好を射殺さんばかりに突き刺さす。


「どういうこと!?」

「私、聞いてないんだけど!?」


 爆風と、その破壊力を真正面から食らったのは龍好だった。

 もう、どちらからキスをしたとしてもこの惨状が収まる気はしない。


「なぁ、栞……」

「なんや、たっくん?」

「この上、更にハードル高くしてお前は俺に何を望んでるんだ?」


 栞は、にやりと笑う。

 それは、みらいが愛用している猫のマグカップと同じ含み笑いだった。


「うちはなぁ。激怒してる女の子でも、とろけさちゃうようなぁ甘~い、ちゅ~が見てみたいんよ~」

「そのために、今日までこのネタを温めて来たと?」

「とうぜんや~」


 龍好は、心底思った。

 確かに栞の半分はネタで出来ていると。


「「で、どっちからするの?!」」


 再び、四つの瞳が龍好を射抜く。

 答えなんて分らない。

 正解なんてどうでもいい。

 ただ、


「やっぱり、正妻からが基本だと思うからな」


 そう思ったから、龍好はみらいの前に歩んだ。


「まぁ、いいんじゃない別に……」


 刹風としては、自分からしてほしかったのだが どうせ初めてではないと思ったら不思議と諦めはついた。

 龍好が歩み寄って見たみらいの顔は、悔しさだろうか、悲しさだろうか、怒りよりも寂しげに見えた。

 それでも、誓いの口付けをしないことには進まないと諦める。

 そして――自然に頬がほころんだ。


 みらいの胸は、ドキドキが激しさを増す一方だった。

 なんとなく、ノリと勢いでここまで来てしまった感は否めないが……

 確かに、これは自分が願い出たことでありソレを否定する気持ちはない。

 でも、なんというかいろいろと釈然としない思いが胸の辺りでぐるぐるしていらいらする。

 ある意味さっき栞が言った様に、自分の心をとろけさせて欲しいと思い龍好と目を合わせると……

 自然と心が豊かになり顔がほころぶのが分った。

 心の中でもやもやしていたもの全てを押し出す勢いで、こみ上げてきた嬉しさを止めるのがバカらしかった。


 ――だって。


 そこには、みらいの大好きな顔があったから。

 困ったような、嬉しいような、諦めたような、それでいてどこか覚悟を決めた龍好の顔があった。


 それは――


 もう、二度と見ることは叶わないと諦めたはずの。

 みらいの大好きな龍好の笑みがあったから。


 そして、今日この記念すべき日は、栞が長い時をかけて画策していた計画。

 三人まとめて龍好の嫁計画が完遂した記念の日でもあった。


 ☆ぱちぱちぱち☆


「お見事です栞様」


 おばはんメイドは、心から拍手を送り、その功績を称えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る