13-3

 そんな中、刹風だけが冷静に突っ込みを入れる。


「って! ちょっとまってよ栞! あんたは、それでいいの!?」

「ん~? なんでや、せっちゃん? うちは、なんも問題あらへんよ?」


 栞は、さも当然だと言い切った。

 平然と言い切った。


「なっ! 問題ないって、おおありでしょぅがぁ!」

「なんでなん? 西守に結婚の年齢制限ないんのせっちゃんかて知っとるやろ?」

「そんなの知ってるわよ! じゃなっくて! 結婚よ結婚! あんた龍好のお嫁さんになりたいんじゃなかったの!?」

「うん。もちろんうちもお嫁さんにしてもらうつもりやよ~」

「はぁ~?」


 ワケ分らないという刹風に。


「あんな、せっちゃんなんや勘違いしとるみたいやから言っとくけんど。うち、たっくんのお嫁さんになりたいとは言っても、正妻になりたいって言った事一度もないよ~」

「あ……、それじゃ、あんた……まさか……」

「そうやぁ、たったくんが西守になれば重婚しても犯罪にならんし。これで、うちもやっと正真正銘たっくんのお嫁さんになれるんよ~。なぁ、たっくん約束通りうちのこともお嫁さんにしてくれるやろ?」

「ああ……そうだったな。約束だもんなぁ……」


 龍好は、そう言うのがやっとだった。

 このての状況から逃げられた過去は無い。

 絶対にもがいてはいけないと本能が訴え、それに従っただけだった。


「やたぁ~!」

「おめでとうございます栞様! いつもながらお見事なお手並みです」


 小春とハイタッチする栞は、全て計算通りといった感じだった。


「なにゆーとるん! 本領発揮はこれからやん!」

「おほほほ、言われてみればそうでございましたねぇ~。おほほほほほほ」


 龍好だけでなく、みらいも、刹風も嫌な気配を存分に感じ取っていた。

 そして、それから逃げられないことも。


「っと、ゆーわけで。あとは、せっちゃんだけやねぇ」

「え! ええええええええ!! わっ、私は、いいわよ!」

「そうなん?」


 栞は、演技が掛かった口調で小首を傾げ――必殺の一撃を繰り出す。


「西守になれば、お父さんと、お母さんと一緒に暮らせるよになるんよ~」

「え!?」


 その言葉であっさりと心がポッキリ折れる刹風だった。

 後に残ったのは、意地だけである。


「では、それは私からご説明させて頂きましょう」


 既に用意されていた用紙を執事長が礼服の胸ポケットから取り出し刹風の前に置こうとすると――

 ソレより一瞬疾く。

 おばはんめいど達が二人用の丸テーブルと椅子をセットで用意していた。


「では、おかけになってくださいませ刹風様」


 ―――瞬時に、商談のための取引が始められる準備が整っていた。


「先ず、現在刹風様のご両親がお抱えになっておられる借金の金額がこちら約6500万になります」


 しかし刹風は、執事長が手で指し示すソレよりもずっと下にある目減りした返済金額に目を奪われていた。


「あはははは、そうですか。では、回りくどい話は止めて結論から申し上げましょう。刹風様並びに栞様が西守に嫁ぐ事に成られた場合。支度金として2000万をご用意することになっております。これは結婚する際に必要な物を用意するお金だと思って頂いてままいません。そして、その使い道は自由。ですから今回は勝手ながら両親の借金返済という形で計算させて頂きました。そして、西守銀行で新たに借金の借り換えを行ってもらうことになっております。特別に長期返済プランを御用意させて頂きました。これにより、死に物狂いで短期返済しなければならない現状からの脱却が可能になります。そして、住んで頂く場所なのですが、龍好様のお宅を格安で貸していただけるようにお願い致しまして。こちらも快諾済みとなっておられます。以上。何か、質問がありましたらどうぞ」


 ぽかーん……と、している刹風に対し。


「せっちゃんかて知っとるやろ? 家が二世帯住宅になっとるの?」


 うんうんと頭を振るだけの刹風だった。

 刹風の心に一時は失ったとあきらめたはずの希望がふつふつとわきあがってくる。


 もう、この流れに流されてしまおう……


 その思いを塞き止める様に栞が口を挟む。

 このままでは、心がないから――というより、つまらないからである。


「それになせっちゃん!」

「えっ! なにっ!?」


 了承を伝えようとした矢先の言葉で頭が付いていかない。


「西守になれば、かけっこもできるようになるんよ!」

「かけっこ?」

「そや、せっちゃんホントは、本気で徒競技やりたいんやろ?」


 その通りだった、でもそれはずっと前に諦めた話。

 シングルCという微妙な能力のため。

 どこにも見向きされず誰にも期待されず。

 ずっとずっと、心の奥底に眠らせてきた想い。

 例えどんな状況であってもまずは、両親を取り戻すことが最優先だった。

 それこそ、西守にでもならない限り叶わない夢だった……


「――私っ! 私も西守になれるの!?」

「せやよぉ 当然やん! まぁ、もっとも、レベルC。それもシングルCのせっちゃんじゃ底底そこそこの結果しか出せへんとおもうけどなぁ」


 刹風の中でリトライでの自分が脳裏を焼き尽くす。

 そんなはずはないと、心が叫ぶ!


「なっ! そんなのやってみなくちゃわからないじゃない!」

「そやなぁ。そん時は、お弁当もって皆で応援いくから楽しみにしててなぁ」


 刹風は、ごくんと何かを飲んだ それは押しとめてきた思いだろうか?

 ただたんに、溢れそうになってきた固唾を飲み込んだのだろうか?

 自分自身でも分らなかった、でも確かにあった希望。 

 それを、逃すまいと飲み込んだ実感だけはあった。

 でも、このままじゃ、ただ流されただけにはしたくない。


 そう、それは儚げな乙女の意地。

 これだけは守り通さなければ自分じゃない!


「いい、龍好!」

「ああ、なんだ……」


 もう、好きにしてくれ。

 そんな全てを諦めた龍好が返答する。


「こ、こ、こ、これは、あくまでも……政略!」


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