11-6



 龍好は、汗を流してさっぱりしようと着替えを持ってお風呂場へ向かう。

 そこで、試着して見ようとしていた刹風と鉢合わせてしまった。


「も……もしかして、お前もそれに着替えるのか?」

「なぁにぃ、期待しちゃってるわけ? ば~か。だれがあんたなんかに見せるもんですか。栞達の手前、一度も袖通さなかったら笑われそうだから言い訳代わりにココで時間稼ぎしてただけよ」

「は~、よかった~」

「ふんっ! なにが良かったよ。ホントは、見たかったくせに! このエロ好!」

「まぁ、確かに見ては見たいが流石の俺でもお前のあんな姿見て冷静を装う自身はねぇ。たぶん暴走して押し倒してるな」

「えっ?」

「っつっても、お前の事だから、俺が押し倒す前に、はりっ倒してくれるだろうけどな。あはははははっ」

「うそ……」

「嘘じゃねーって、俺がお前の手の早さに勝った事なんて一度もねーじゃねーか」

「や、そじゃなくて、冷静じゃなくなるって方」

「ああ、当然だろ。俺だって男だからな。正直みらいのカッコ見た時は、まじでやばかったからな~。アレが、お前だったら確実に俺は終わってたな……」

「そ、なんだ……」


(コレ着たら、龍好は振り向いてくれるんだ)


「あ、あのさ、もし……」

「ん、なんだ?」


 刹風は続く言葉を飲み込んだ。

 もし、コレを着て見せたら、今まで仲良しこよしを演じてきたこのバランスを崩す事が出来るかもしれない。

 龍好が特定の一人を選ばないからこそ続いてきた微妙なバランス関係。

 それを一気に終わらせ。

 自分の望む結果を得れるかもしれないリーサルウエポン。

 でも、こんな借金まみれの女と特別になったって相手に負担を強いるだけ。

 きっと龍好のことだ、一緒になって借金を返済すると言い出すだろう。


 でも、そんな関係いやだ!

 だってフェアじゃない!

 片方が一方的に搾取するだけの関係なんて築きたくない!

 たとえ、それを龍好が望んだとしてもだ!


 それに……


(シオリハ、ドウナルノ)


 自分は、どうとでもなる。

 容姿が男性受けするらしく借金もろとも引き受けてくれると言ってくれた人だって居た。

 みらいだって、西守らしく生きればいいだけ。


 でも、栞は違う……

 龍好が居たからこそ存在している存在。

 正直、龍好なしで今後の人生設計が見えない。

 栞と一緒に暮らすようになって始めて気付いた龍好に対する気持ち。

 それを押し殺してでも応援したくなる存在。

 友達だから譲れる諦められる――委ねてもいいと思った。


 ――だから。


「ば~か。っとになに期待しちゃってんのよエロ好! ちょっと思わせぶりなこと言っただけでうろたえちゃって、絶対あんたなんかに見せてやんないんだから!」

「ああ、好きに言ってろ」

「っと、さすがになんにも無しじゃカッコ付かないか……」


 踏み出した足を戻して、刹風は黒い兎耳を付けて、鏡で付け具合を確認する。

 頭の上で、あからさまに違和感を放っているようにしか見えなかった。


 それでも、


「どう?」


 と聞いてみる。


「え?」

「いや、兎の耳が私には、似合っているのかって聞いてるんだけど?」

「あ、ああ。その。にあってるよ。うん、かわいい」


 その、真っ直ぐで素直な気持ちは刹風の胸に突き刺さった。

 どきりと、ちくりが一緒だった。

 こんな事で照れて視線を逸らす龍好なんて始めてみた。


「ふんっ。なに言ってんのよバカ好!」


 捨てぜりふを吐いて洗面所を後にする刹風の顔は、しばらくの間――誰にも見せられないくらい、だらしなく緩んでいた。

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