11-5


 昼間のアルバイトが終わった刹風が龍好の家にやってくると。


 庭で、


「煩悩退散!」


 と珍しい言葉を繰り返しながら木刀を振る龍好が居た。


「どうしたの?」

「あ、いや……」


 なんでもない質問のはずなのに刹風を見つめて赤面する龍好。

 実に珍しい光景であった

 確かに、自分に対してだけはそれなりに女性として見てくれている感覚があった。

 だから、それほどでもなにししろ。

 やはり、これは珍しいと思った。

 いったいなにがあったのだろうと玄関を抜けリビングに入って硬直した!


「なななな、なにやってんのよー!」

「言ったでしょ。私は、この夏休み中に論文書いてマジックポイントの上乗せするって」

「うちは、英語の復習やぁ~」

「ばばっば……」

「バニラアイスあるよ~。みらいちゃんが持ってきてくれたん」

「ばかも休み休み言いなさい! なんか龍好不気味な呪文となえてるし、なにがあったかと思えば、そそそそんな、裸みたいなかっこしてなにやってんのよ!?」

「だから論文書いてるって言ってるじゃない」

「うちは、英語の復習やぁ~」

「そのネタは、もういい! あ、バニラアイスは欲しいかな。じゃなくて――!」

「これ、龍好が可愛いって言ってくれたわ」

「え……」

「似合ってるとも言ってくれたわ」

「うそ……」

「うちも言ってもらったよ~」

「ほんとに?」

「小春が用意した以上龍好の好みなんだろうとは思ってたけど。まさか、これほどの効果があるとは思わなかったわ」

「うちもびっくりや~。いっしょにお風呂入ってた時もあんなんなったことなかったよ~」


 確かにみらいは可愛いと思えた。

 光沢を失った銀髪は手入れのたまものだろう、さらさらと流れ。

 少しでも体を揺すれば、りんりんと涼やかな音が気持ちいい。

 頭上でゆれる狐耳はリトライでぴょこぴょこ跳ね回るピー助みたいで親近感が増す。

 薄いラベンダー色のベービードールランジェリーは、本来ぱじゃやまみたいなものであり。

 必ずしも男を誘うためだけに着るものではない。

 片目の瞳に妖艶さは無く代わりに無邪気さが宿っていた。

 小学生の頃から殆ど成長を見せていないみらい。

 その姿は、子供が無理して大人ぶって遊んでいる。

 そんな感じに見て取れる。

 背伸びして、無理してがんばってる感が、アンバランスなのに、どこか愛らしい。

 それが、今のみらいだった。


 それと対照的に栞は妙な色っぽさがあった。


 普段から、下着姿見られても平気どころか油断してると、龍好の入浴中に突撃していくような娘である。

 その、あけっぴろげな行動力のため、いまいちその裸には新鮮味が薄い。

 ややふくらみかけた女性としての象徴は慎ましくも自己主張し。

 その中心にある突起は強い同系色で薄隠れしている。

 目を凝らさないと良く見えないために、ついソコを凝視してしまう。

 はっとなり、目線をあげればいつもの微笑んだ丸顔にまったりとした表情。

 艶やかな黒髪は、龍好好みの長さで切り揃えられ。

 赤と黒という強烈な対比が衣装と栞両方を際出させている。

 平均より少し小さめな身体なのに妖艶さすら感じてしまう。

 無邪気な垂れ目がかえってそそる。

 それが今の栞だった。


「で、刹風はどうするの?」

「どうもこうも、そんなかっこうするわけないじゃない!」

「そうなん。たっくん喜んでくれるよ~」

「なんで、あんなヤツ喜ばせてあげなくちゃいけないのよ!?」

「勘違いしないでちょうだい。私は勉強のことを言っているのよ」

「へ……」

「うちは、勘違いしたままのせっちゃんの方が面白くてえぇ」


 刹風は、ため息を一つこぼしてからみらいのやっている事をのぞき込む。

 意味不明で、堅苦しい文章の羅列だった。


「ねー、それって本当にポイントもらえるの?」

「あまり、いい加減なモノじゃダメみたいだけど、最近はただ提出しただけでそれなりに追加してもらえるみたいよ」

「え~~~。なんか、それってずるくない」

「ん~、当初は、ゲームのために用意したシステムだったんだけどね。これが、意外にも新素材の開発や、医療技術の進歩に貢献する内容が認められちゃったのよ。まぁ、もともとゲーム用だしね。本来の書き方とかから逸脱しちゃってるのも多いんだけど、そんなもの本物の前では無力なものよ。独創的大いに結構。分り易くまとめて自分の論説に追加したら、新素材開発できちゃった。って話もあるくらいだし。だから当然企業の評価も高くなる。リトライとしては新たなるプレイヤーの獲得のための宣伝がただ同然で出来る。場合によっては企業からのお礼もあったみたいよ。つまり結局のとこ利益が生まれれば商品価値が出る。だから、それらに対する評価も高くなる。結果として、その手の内容を提出すれば容易にマジックポイントの追加がしてもらえるようになった。そして、今私の書いてるのは、新しい医療の可能性を模索する内容だから大幅なポイントの増量が狙えるわ」

「うわ~~~、あざといわね~~」

「当然でしょ、ペテン師も言ってたじゃない。『例え、自己満足の為であっても、その向こうに患者や、その家族の笑顔があるならボクは悪魔にでも魂を売ります』ってね」

「あはははは、確かに言ってたわね……」

「実際に、ペテン師の論文は新しい医療技術としていくつか認められてて。実際にそれで救われた人も居るの。おかげで海外なんかじゃ彼に勲章を与えるべきだって話まであるみたいよ。なんだかんだ言ってても、あのペテン師。リアル世界にちゃっかり貢献してるのよねぇ」

「げ……まじで」

「だから、あれだけ、ど派手に魔法ぶちまけても平然としていられるのよ。ホント羨ましい限りよね~」

「確かに……。でもさ、なんか、結局のところ賢い人が得するゲームってこと?」

「まぁ、その考えは否定しないわね。ということで、刹風の分も用意してあるから。頑張って賢い人の仲間入りしなさい」

「げ……」

「どうしたの、まさか努力すれば手にする栄光があるの分ってて逃げたりはしないわよね~」

「はめたわね……」

「当然でしょ。でなければ、こんな美味しそうな話方じゃなくて専門用語並べた睡眠スペルにしてるわよ」

「げ……」 

「なんだったら論文でもいいわよ。特にあなた重力加速を利用した攻撃が得意じゃない。それを軸にして物理学的観点からゲームの攻略法として効率よく数値をたたき出す方法なんてどうかしら? 上手くまとめれば面白い内容になると思うわよ。落下衝撃。空気抵抗。技のレベルに基礎攻撃力。相手の守備力。それらを全て数値化して独自の公式を生み出して仕上げるの。きっと楽しいと思うわよ」

「ぜっんぜん面白くないです!」

「そう、私は面白いと思うけど?」

「どこが!?」

「だって、私は、あなた達と違って運動苦手だもの。刹風が縦横無尽に駆け巡る姿を私は指を咥えて見てるだけ。けっして自分じゃできないの。でもね、数字の世界なら違うのよ。刹風の見る世界。感じる空気。技を決めた時の快感。それらが擬似的に追体験できるのよ。ね。楽しそうでしょ?」

「ふん! うまいこと言っても騙されないわよ! どーせ、意味不明な公式使って私をおもちゃにしたいだけじゃない!」

「まぁ、確かに一生使わない公式でしょうね~」

「ほら、みなさいよ!」


 話が、一段落したと判断した栞が、先ほどの話を蒸し返す。

 

「ところで、せっちゃんは、たっくんに可愛いって言ってほしくないん?」

「だから、なんで! あんなヤツにサービスしてあげなくちゃいけないのよ!?」

「つまり、逃げるのね?」


 予想外に、みらいまでもが刹風を煽ってきた。

 刹風には、その度胸がないとふんでいるからである。


「せっちゃんだけ、仲間外れやね~」

「えぇ、仲間外れでけっこうよ!」

「そ、気が変わったら龍好の部屋に行きなさい。そこに類似品が置いてあるから」

「だから、しないって言ってるでしょ!」

「せっちゃんの、いくじなし~」

「なっ!」

「ここで、引いたら刹風の負けよ」


 どうするの?

 と、一つ目のみらいが問いかけてくる。

 普段なら絶対に止めてくるはずのみらいが。

 にやりとして、あざ笑っているのだ。

 無性にムカついた刹風は、つい言ってしまった。


「ふんっ! 分かったわよ! 着て見るだけなら着てあげてもいいわよ!」


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