11-4

 そして――


 みらいは、ワンピースを拾って手近にあった椅子の背もたれに掛ける。

 せっかくだから、下着も揃えようと、ソレも脱いだ服の上に置いた。

 ラベンダー色したパンツは龍好好みの水玉模様。

 両端を紐で止めてある意味は分らないが。

 きっと、これも龍好の好みなのだろうと、さほど気にもぜず履いて見る。


「ん~。本当に、これは可愛いのかしら?」


 正直、全く実感が持てなかった。

 実際のところ、これを可愛いとか好きとか決めるのは自分ではなく相手である以上。

 自分の見解は、さほど価値がないのかもしれない。

 そして、最後の仕上げにラベンダー色したすけすけを身に付け完了。


「ん~~~」


 では、なかった。

 胸元で異色を放つブラがミスマッチだった。

 元々、さっきまで着てた服でも後ろからブラの紐が見えるという微妙な仕様だったのだが小春の言うには、


『こういった滅多に見れないモノが男心を刺激するものなんです』


 と言われそのままにしていたのだ。


 しかし――


 上がセットとして入っていなかった事から察すると本来ブラは付けないものなのかもしれない。

 ただ、なんとなく自分に女としての魅力が無い事実を認めたくなくて外さなかったのだ。

 でも、ここまで来て引いては負けた気がする。

 殆ど胸の形を形作るためだけで実際には、付けている意味の無いブラを外しパンツ同様脱いだ服の上に重ねた。


 季節は夏。


 今は夏休み。

 隣人宅から死角になった友人の部屋で解放された気分に浸っていた。

 見た目はどうであれ。

 思ったより悪くない。

 可愛いとかそういうのではなくて純粋に夏の暑い日には、こういった格好でのんびり過ごすのも悪くないかなぁ。

 そんな開放感にも似た満足を得ていた。

 どうせ、誰にも見られる事がないと思うとベットの上で転がりたい気分になった。

 この部屋は風の通り道になっているから、まだ我慢できなくもない。

 室温に暖められたベットは、程よく温かで龍好の匂いがする。

 それは、以前ここで彼に抱かれて一晩過ごした事を思い出させるにはじゅうぶんだった。

 冷えきった自分を身も心も温めてくれた一夜。

 なんとなく父親に抱かれているような安らぎを得て、つい寝過ごしてしまった朝。


 一時はどうなる事かと思ったが……


 蓋を開けて見れば、完全な娘扱い。

 でも、それなら子供がおとうさんのベットで戯れてても許されるはず。 

 その、欲求の赴くままにベットに寝転び足をぱたぱたさせていると。


 開いていたドアの向こうから龍好の声がした。


「っかしーなぁ。みらい……が、……い……た?」


 龍好が、みらいに見惚れていた。

 その視線は――つま先から、頭の先の先まで視線が泳ぎ再びつま先に戻っていく。

 それが不思議で、


「どうしたの?」


 みらいは、疑問を投げ掛ける。

 正直、龍好がこうなるであろう可能性に思い当たらなかった。


「かわいい……」


 龍好に限ってそんなことを言うはずはない。


「はい?」 

「あ、いや。その、服が可愛いって意味で、その別にお前が可愛いって言った意味じゃなくて、その似合ってるよ」


(じゃなくて――!)


 龍好は完全に動揺していた。

 さっき思わずでてしまった本音をごまかそうと言ったセリフはさらに自分を追い込んでいた。

 龍好だって男の子。

 普通に女の子には興味あるし、それなりに見て見たいとは思ってる。

 でも、栞との生活の中で、それらに対する耐性と、心の置き所が上手くなっていただけ。

 そういうヤツほど隙を突かれたら脆く崩れ去る。


 それは例え幼女にしか見えないみらいであっても同様だった。


 龍好の中では、みらいも同世代の女の子としてしっかり認識されているからだ。

 みらいが、ゆっくりとベットから起き上がる。


 りんりん――


 風流な音色が部屋広がり、龍好の耳にこびり付く。

 さっき受けた衝撃から全く立ち直る隙を貰えずに、みらいが立ち上がりベットから飛び降りて龍好に歩み寄って来る。

 みらいが動く度。

 歩く度に。


 りんりん――


 その音色が龍好の脳に侵食していく。


「どうしたの? ほんとに?」


 心配そうに龍好を見上げる一つの瞳。

 いつもなら。


 ――それは、こっちの台詞だ!


 と強烈なツッコミを打ち込んでるずなのに。

 言葉が出ない。

 むしろ、今は夢の世界、もしくはパラレルワールドにでも迷い込んだのだろうか?

 龍好の頭は、そんな現実逃避回路が全力で心の安定をはかろうと精一杯努力していた。


 しかし――


 龍好の目は、みらいから逸らせずに見つめてしまう。

 透けた胸元には、女性らしさは乏しくも――可愛らしい蕾がツンと上を向いて自己主張をしていた。

 その殆ど肌を隠してるとは思えない服は胸元から大胆に開いて白い肌――

 ちいさなおへそ。

 水玉模様のパンツをより魅力的にしていた。 


 ごくん。


 龍好は、その魅惑的な姿に心を奪われていた。

 みらいは、そんな龍好を不審者でも見るようにジト目で見つめる。


「ん~~。ほんとに、どうしたの? 可愛いってなにが?」

「えと、お前が、その、かわいいから……」


 龍好は――もう、完全に舞い上がっていた。

 言ってる意味もごまかしもなにもない。

 ただ思ったことを言うだけでいっぱいいっぱいだった。


「ん~」 


 みらいは一つの目で龍好を見定める。

 明らかに龍好はおかしいと思った……もっとおかしいのは自分なのに。


「ねぇ、あなた、いつからそんな不気味なこと言うようになったの?」

「いや、その俺だって、そういうつもりじゃねーけど……」

「けど?」


 無防備に詰め寄る。

 はっきり言って、みらいはこうなった龍好を見た記憶が無い。

 だから。これは、なにか後ろめたいことがあるのだと、思いっきり勘違いしていた。

 悔しいことに、龍好は未発達な女の子に対し興味を示してくれないのだ。

 みらいがこの家庭で寝泊りする事もしばしばあった。 

 その際、栞の策略にはまり。

 龍好とお風呂でご対面。

 なんて事も一度や二度では済まなかった。

 もっとも、みらい自身も龍好になら見られてもいいと思っていた節もあり、肌を隠す事もなければ騒ぎ立てたりもしなかった。

 逃げたら負けだと思っているので一緒にお風呂に入ったら背中を洗ってもらう事にしていた。

 そして必ず栞が乱入してくるのだ。

 どんなに抵抗したって栞の腕力にかなうわけもなく。

 三人そろって泡まみれだった。

 下着姿なんて珍しくもなんともない。

 栞なんて新しい下着買って来る度に感想を聞いている。

 その時も龍好は平然と、感想を語っていた。

 それは、みらいも同様で一緒に着替えている時に感想を聞いてみたら、やっぱり平然とこたえてくれた。


 それが……コレである。


 いったい龍好はどうしてしまったのだろうか?

 そんな疑念を込めて何かに怯える様な顔した龍好に問い掛ける。


「ねぇ。もしかして、夏の暑さで頭おかしくなったの?」


 本来なら、それは、てめーだ!

 と、強烈に打ち落としてみせるのだが。

 龍好は限界だった!

 もうなにがなんだかわからなくて、そのストレスから逃げるために吼えた!


「お前がそんなカッコしてベットで転がってるから誘ってるのかなって思っちまったんだよっ!」

「あ……」


 それで、ようやく合点がいったみらいだった。

 大当たりだったらしい。

 小春の用意した服は本当に龍好の心をわしづかみする兵器だったのだと。

 それを認めると途端に自分の格好が恥ずかしくなってくる。

 でも、ここで恥らったら負けな気がした。

 胸元を隠すのも、下着を手で押さえて見える範囲を狭めるのも、後ろを向いて『出てって!』なんて言ったらそれこそバカみたいだと思った。

 それほどに、冷静に判断できた。

 自分より劣る者を見た時。

 自分が他の者より劣っていても気にならない時がある。

 みらいも、そんな感じだったからだ。

 だから、押し切ることにした。


「そうよ、誘ってみたの」 

「え……」

「なぁんて、嘘よ嘘。ちょっとからかってみただけよ。じゃあ私は下で論文の続き書くから」


 みらいは、小悪魔チックに小さな舌を出して見せると、そのままの格好でリビングに向かって行く。

 それを、見た龍好は、へなへなと脱力してひざまずく。


「だよなぁ~」


 嬉しさと、残念さを織り交ぜた呟きを零しながらも、しっかりとみらいの後姿に見入っていた。

 やっぱり、自分は男なのだと実感した龍好だった。


 一方で――みらいは、どきどきしていた。

 背中に龍好の熱い視線を感じる。

 あのまま、龍好が襲い掛かってきたら自分はどうしたのだろうか?

 夏休み中に龍好をモノにして従わせる。

 その目的を忘れたわけではないのに。

 逃げてしまった。

 それなのに、後悔よりも安堵の方が強い。

 自分が、女であると痛感すると同時に、友を裏切ってまで目的を果たそうとする自分にはなりたくなかったから。


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