11-2
栞に言われるまま――
みらいが、外に出て庭に向かうと……
そこには、木刀を使って変な動きをしている龍好が居た。
「それは、カニの物まねかしら? 今度は、魚じゃなくてカニの気持ちにでもなりたくなったの?」
「いや、いちおうフェンシングのつもりなんだが……足運びが慣れなくってな」
「ふ~ん」
「あの古式剣術もどきとやらはもういいの?」
「ああ、あれはダメだ……一人だと練習にならん」
「そう」
「あと、ダメなトコ指摘してくれるとありがたい」
「はいはい。どうすればいいの?」
「んじゃ、これ投げてくれ」
龍好は、ドレッシングが入っていた――500mlのペットボトルを、みらいに手渡す。
「ふ~ん……」
龍好から手渡された容器にはフタが無く。
代わりにサランラップを二つ折りにしてゴムで止めてあり。
その口元まで溢れんばかりに水が入っていた。
「ねえ、これって大丈夫なの?」
「ああ、残念ながら俺程度の突きじゃそいつに風穴開いたりはしねー」
「まぁ、そうでしょうけど……」
確かに、余程鋭い突きでも入れない限りペットボトルの頑丈なボディを貫くことは叶わないだろう。
すでに何度となく木刀で突かれたらしく。
透明な容器には、すれた後が所々見て取れた。
特に、底面に多く見られるところから察すると、栞が気を利かせて突いた感じがつかみやすい底面が龍好に向く様に投げていたのだろう。
二人で仲良く遊びながらの練習……
ちょっぴり嫉妬感が疼いてきて、悪戯心が顔を出す。
微妙にリスクもあるが、その方が遊びと思えば楽しめるというもの。
所定の位置に付いた龍好が、
「お~し、いいぞ~」
こっちに向かって投げてくれという。
「適当に投げればいいのよね?」
「あ~、それでいい」
龍好が、真剣な眼差しで集中力を高めている。
栞が言っていた意味が分った気がする。
きっとこうして練習に付き合ってくれる人が欲しかったのだろう。
勉学だけではなく、こうして剣を磨きリトライに生かす者も近年増加の一途を辿っている。
急激に増えた入門希望者に対応するために新たな道場を建てたなんて話すらある。
リトライで強くなるためにリアルで剣を磨く。
なんとなく本末転倒してるような気がしなくもないが本人が納得した上で楽しんでいるのならありなのだろう。
距離にして5メートルといったところ。
間合いは、いまいち分らないがどうせ練習。
失敗したら補正して次に生かせばいいだけ。
龍好が獲物を見据えて構える。
左手の甲に木刀を内刃で寝かせて乗せ。
やや腰を落としながら体を捻る。
古式剣術もどきの未完成版。
なんでも完全版は上段から打ち落としてくる剣が振り下ろされる前に、肋骨の隙間から心臓を突き刺して相手を倒す必殺の一撃らしい。
これは紛い物なので対人に対しては無効でも、バカ正直に突進してくるモンスター相手ならそれなりに効果のある突き技として勧められたと聞いている。
「ふっん!」
みらいは、わざと難易度を高めようと上下回転を与え――龍好目掛けて放物線を描く様に投げる。
中身がぱんぱんにつまったペットボトルは上下に回転しながらも龍好に向かって飛んでいく。
回転するペットボトルが飛び跳ねた魚に見えた。
水から飛び出して暴れる魚を射るためには、その中心を貫くのが最も理想的である。
頭と尾の動きに惑わされては、得ることの出来ない結果。
体の捻転と、下半身の跳躍力を右腕に収束させて、両手突きでは届かない位置にあるモノを打ち抜く後の先をを取るための突き技。
わずかに左足を浮かし、30センチほど踏み込む。
それを起点にして、右足が大地を蹴りその力を腰に伝える。
上半身も腕も全く型を崩さずに獲物を捕らえて放さない。
腕の動きばかりが先行していた突きが、しっかりとタメを作っているのだ。
「はっ!」
切れのある腰の回転から右腕が飛び出し魚目掛けて綺麗に伸びる。
掛け声と共に突き出された木刀は斜め上方向に垂直に突き出してペットボトルの口を突き刺す。
☆ばきっん!☆
薄い膜を突き破った木刀に液体がほとばしり、龍好にも飛び散る。
突きの勢いそのままにペットボトルは斜めに回転しながら吹飛び中身をぶちまけていく――
地面に、芝生に、みらいに降り掛かりながら飛んで行く……
ある意味獲物の弱点を見事に突き抜いた一撃だった。
「ねぇ。その突き技って……マダ、ナマエナカッタワヨネ?」
夏場には、ありがたいくらい冷ややかな、みらいの声色。
「あ。あぁ……」
「姫濡らしなんてどうかしら?」
「あ。いや悪かったって。頼むからそうゆーのは勘弁してれ」
「安心して。別に濡らされた事を怒ってるわけじゃないから」
「そう、なのか?」
「ええ、私が怒ってるのは、こうなる可能性に気付いていながら確立の低さのせいにして言い訳した自分自身にだもの」
「あ、いや、俺も、それは、なんとなく気付いていたが、まさかこんなに綺麗に突き破るとは思ってなかったから……」
「でしょうね、狙ってやったのなら、是が非でも先程の名を付けて欲しいところだわ」
「う、いや、ほんとに悪かったって……」
「いいわよ別に。じゃ、私は着替えてくるから」
みらいは、そう言って。
くるっと回れ右して家の中へ入って行ってしまった。
「は~……」
不可抗力だと分っているからこその物言いなのだが。
申し訳ないと思った。
みらいにしては珍しい格好だったのに。
なんとなく気に入って着てるように感じていたというのに……
それをあっさりダメにしてしまった。
もし、立場が逆なら、夏だしすぐ乾くから気にしねーよ。
とでも言えるのだが。
みらいは、あの日以来。
濡れるのが怖くなったと言っていた。
液体の温度を下げる能力が暴走してからというもの――時折、制御不良を起すらしいのだ。
先程の冷たい言い方も怯えから。
特に体温より、冷たい液体に対して過敏に反応して体温が急激に下がるそうだ。
「は~」
やっぱりもう一度きちんと謝ろうと決め。
ペットボトルを回収して、もう一度溜め息をはく。
せめて、ペットボトルの底面がこちらに向く様に投げて欲しいと言うべきだった。
と、いまさらながら後悔していた。
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