夏休みと忘れ物

11-1


 夏――


 受験の夏。

 夏休みを制する者は受験を制する。

 一分一秒でも無駄にせず有意義に使いたいならば、リトライでも勉強しろ!

 ここ数年、それは当たり前の事になっていた。

 朝から晩までどころか夢の世界でも勉強。

 そんなに頑張って何がしたいのか?

 それは、様々である。

 自尊心の保守。

 親のため。

 金のため。

 夢のため。

 将来のため。

 ただ、なんとなく。

 色々な考えの下に少しでも他の者より秀でようと努力している。 

 そんな中、それらとは、一線を画す存在。

 まったく別の理由で勉学に励む者が増えていた。

 それは、リトライにおいて最大マジックポイントの増量を目的として日々勉強に勤しむ人達である。


 そして、ここにも――そんな自己満足のために頑張る女学生がいた。


 一人は、苦手な英語を克服しようと問題集と格闘中。

 もう一人は、ノートパソコンで論文を執筆中。


「なぁ、みらいちゃん……」


 みらいは、画面から目を離す事無く、キーボードをかたかた叩きながらこたえる。


「ん、なぁに。分らなくてもいいから、最後まで自分でやりなさい……」

「えとなぁ、みらいちゃん居てくれるとエアコン代節約できて、家計としてはとっても助かってる気がするんやけどなぁ……」

「あら、良かったじゃない。私もこんな暗殺用スキルが人のために役立てられて嬉しい限りだわ」

「うぅ~、せやけんどぉ。こうも毎日毎日勉強ばっかりやとぉ、うちの脳ミソ腐ってまうぅ~」

「しょうがないでしょ。あんたも刹風も見事に私の予想裏切ってくれなかったんだから」


 既に結果は結果と割り切っているのに、どうしても不機嫌さが出てしまう。

 栞と刹風。

 二人とも模擬テストまで用意してあげたのに、その内容が80%以上あったのに……

 少なくとも平均60点以上……

 あわよくば平均80点以上と夢を見たのに……

 現実は、予想通り。

 平均45点という微妙な上昇しか見せてもらえなかった。


「うぅ~。でも、それはせっちゃんかて一緒やのにぃ~」

「いいのよ。あの子には、あの子なりの目的があって頑張ってるんだから。だからリアルでは放任してるの。それより、手が止まってるみたいだけど……ヤル気がないなら止めましょ」

「うぅ~。うそや~。絶対なにか裏があるぅ~」

「別に。私だって無理強いしたって良い結果が得られない事くらい分ってるわよ。しっかり後悔としてこの身に刻み込んでますから」

「うぅ。あれでも、うちは頑張ったんよぉ~」

「ええ、分ってるわよ。実際、私が過大な夢見ちゃってただけで、がっかりもしたけど。でも、あなた達の成績が少しずつ良くなって来てるのも事実。それが嬉しくってね」


 みらいは、手を止め。

 画面から目祖逸らし。

 娘の成長を喜ぶ母親の様な目で栞を見つめていた。


「ううぅ~。そないな目で、そないなこと言うんは。殺し文句と同じやん」

「いいじゃない。実際こうして栞は頑張ってくれてるわけだし。それが私は純粋に嬉しいんだもの」

「あうぅ~。ここで、投げ出したらうち悪もんになってまうぅ~」

「好きにしなさい。なんなら龍好と遊んできてもいいわよ」

「はうぅ。それは、魅力的なんやけどぉ~。やっぱ、これだけは片付けなあかん気がしてきたよぉ」

「そう。じゃぁ、最後まで頑張りなさい」

「うん。せやから、その案はみらいちゃんに譲るよぉ~」

「……ん? 私?」

「せやぁ、みらいちゃん毎日毎日論文書いとるだけでぇ。たっくんと遊んでないやろぉ~」

「いいのよ。私は……」

「そないな事言わんとぉ。たっくんかて、かまってもらえんは寂しい言ってたよぉ」

「そう……」

「やから、ちょっとくらい遊んでやって欲しいんよぉ」 

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