9-5

 蒼い女は、黒い男の表情の変化から内心を読み取っていた。


「はい、残念ながらボクは、耄碌もうろくしてないみたいなんですよ……どうも、このピー助という名はあだ名みたいなものなのですが……」

「なによ、驚かせないで。だったら問題ないじゃない! 飼い主が、本当の名で呼んで使っているなら問題ないでしょ?」

「ですから、その飼い主もピー助と呼んでいるのですよ」

「はい?」

「しかも、使っているのはパーティメンバーの釣り師である、龍好という方みたいでして……」

「あのね……あんた言ってる意味分ってしゃべってる?」

「分ってるから、言ってる自分が悲しくて頭を抱えてるじゃないですか……」

「だって、それが事実だとするなら。本来ドラゴンを使役する事が出来ないはずの魔法使い見習いがドラゴンを使役したあげく。名付けと使用権をパーティメンバーに依存し、しかも魔物すら使う事が出来ないはずの職業であるプレイヤーが使いこなしているって事になるのよ!」

「しかも、そのピー助君。全く経験値らしきものを得ている形跡もなければステータスも確認出来ないんですよ~。更には、召喚状態維持に対するスキルポイントの消費も無ければ特定のアイテムを消費する事もないんです」

「……ねぇ。いくらあんたがペテン師でも聞いてて悲しくなってきたわ、それに。それって、もし本当だとしたら、とんでもないバグなんじゃないの?」

「ですから、先程申し上げた通り、我々が蓄積してきた常識を覆して賢者になってしまうのではないかと申し上げた次第なのですよ……」

「なにせ、ピー助君普通に釣った魚食べてましたし。参加賞のりんご飴もおかわりしてましたしねぇ……」


 黒い男は、何が悲しいのか泣いていた。

 当然である。

 このリトライに生きて数年間蓄積してきた自信と誇りが根底から揺るがされているのだから。

 新聞記者として、誰よりもこの世界の根底に近付いたと思っていた自信がこっぱみじんに打ち砕かれたのだから。


「釣った魚に、りんご飴ねぇ~。あはははは……あんたでも泣くことあったのね……」

「ボクだって人間の子ですからね」

「そうだったみたいね。てっきりあんたも異星人の類いだと思ってたわ。なるほど……たしかにそれが本当だとしたら本来の条件なんて無視して賢者になっても不思議じゃないわね。ってゆーかさ。それってもう賢者の資格もってるんじゃないの?」

「それに関してはボクも全くの同感なのですが……」

「あはは。やっぱりそれにも、引っかかるところがあるのね……」

「はい。実は、そのピー助君が召喚されてから既に一月以上経っているのですよ」

「なるほど、確かにそれで招待状が来ないのは、おかしいわね」

「ええ、ですから召喚状態の維持が賢者になる条件じゃないのだと思いまして。きっと、なんらかの条件を揃えてピー助君を幼生から成体にする事が条件なのかなぁと思ってみたりしたのですけど……」

「はぁ~。けど……」

「正直そこまでしなければ賢者になれないというのは、いくらなんでもありえないと思いまして」

「そうかしら、だって特定のアイテムとか手に入れたら成長するっとかいう条件なら問題ないじゃない?」

「召喚する際に自分の生命回路と引き換えにしているとしてでもですか?」

「はい!?」


 今日一番の食い付だった。


「ちょっとまちなさいよ! そんな危険なモノあるわけないじゃない!」

「どうしてですか? といいたいところなんですが。まったくにもってその通りですしねぇ」

「当然でしょ! だって、そんなことしたら……下手したら命だって無くなるのよ!」

「ですが、ピー助君の召喚時に彼女がなんらかの……おそらくは、視力回路を提供しているとしか思えない節があるんですよ」

「そんなことって……ありえるわけないじゃない!」 

「でも、実際に起こってしまっている事実なんですよ」

「確かに、私達が知る限り賢者になるには大抵無茶なものばかりだったと思うわよ。白は、この世界のどこかでおこなわれる剣術大会で優勝する事。それだって後で聞いた話しだとめちゃくちゃ強い雑魚を蹴散らす実力がなければ到達できない場所だったっていうじゃない」

「ですね~。ここら辺にいる。キングクラスのボスモンスターより普通に強かったみたいですからね~」

「赤だってこの世界のどこにいるか分らない炎竜に実力を認めさせるっていうあやふやな内容だったみたいだし。あんたに限って言ったら、難手術をいくつも成功させるっ、とかいうバカバカしさ極まる内容だったじゃない!」

「まぁ、ボクの場合。趣味と実益がありましたから偶然の産物でしかなかったわけですけどね~。それに、青君の水竜の使いに30日連続で殺されるっていうのもかなり無茶な内容だったと思いますけどねぇ」

「いっとくけど、正確には、水竜の使いを手懐てなずけるだからね!」

「あはは、分ってますよ」

「まったく……ちょっと、調子でてくるとすぐにこれなんだから」

「すいませんねぇ。精神構造が子供でして。とにかく、どれもこれも無茶なものばかり」

「唯一まともなのは、黄色の武具品評会で優勝するって位じゃない。まぁ、あんなにレベルが高いモノが出てくるとは思わなかったけど……」

「確かにそうですよねぇ。実際彼が居なければ我々が賢者の証として持っている賢者の杖は存在出来ないわけですしねぇ」

「あ~、またそれた、それは置いといて。どれも、これも無茶すれば可能なもの。でも、そんな命懸じゃなければ手に入らないってほどのモノじゃないわ!」

「一番引っかかってるのは、そこなんですよねぇ。そもそも、そこまでしなければ手に入らないアイテム等があってはならないはず。それがこの世界の理で在る以上絶対のはずなんです。でも、ピー助君はきちんと存在している。きちんと戦闘にも参加している。それなのにいまだ緑は、おろか他の席も空白のまま。本来賢者になる条件以上のモノを手に入れながら賢者にすらなっていない魔法使い見習い。はたして彼女は本当にこのリトライに存在しているのか? もしかしたら、ボクが白昼夢をみるようになったのではないかと期待してみたのですが……」

「そうじゃなかった証拠でもあるの」

「はい、先日ボクがまた新たな功績を綴った論文を発表したの読みました?」

「ええ、読んではいないけど聞いた話だと凄い助手っていうか執刀医になるのかしら? 協力してくれたっていうじゃない」

「彼女なんですよ……」

「ここは、ご愁傷様といっておくわ」

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