9-3
今日も第三勢力が一般パーティをいたぶっていた。
町から少しでも離れれば、そこは危険地帯。
街道ならば――まだ、それなりに治安は維持されているが。
こうした小高い丘の上ともなれば、どうぞ狩って下さいと言わんばかりである。
きっと、デート気分で見晴らしの良い所に彼女を連れて来たのだろうが。
護衛を雇っていないのは致命的だった。
山賊達は若い男が三人。
それぞれ動きやすさを重視したライトメイルで身を固めている。
それは好みというよりも過去に剥ぎ取った戦利品を部分的に使っているらしく統一感が見られない。
武器も同様で、一人だけ明らかに値が張りそうな宝飾された銀色の剣を持っている。
後の二人は、中級者レベルが好んで使う、やや長めの片手剣を使っていた。
襲われているのは、まだ幼さが見え隠れする騎士と魔法使いのペア。
比較的良く見かけるパターンだった。
男が騎士を演じ。
女がそれをサポートする役回り。
こうして愛を育んで行く者も多い。
それがリトライの特長の一つでもあった。
昼間逢えなくても夢の中ならこうして一緒に居られる。
そして、お互いの本当を知っていくのだ。
それは、時として結婚への道を指し示し。
時として別れの道を指し示す。
こういった危機的状況は、相手の本性が良く見えるだけに静観してあげるのが大人の情けなのだが……
そこに甲高く良く通る女の声が割って入る。
「ちょっと悪いんだけど! 私の獲物横取りしないでくれるかしら!」
あとからのこのこやって来て横取りとは、とんでもない言い掛かりである。
山賊達は、その声の主を無視して一般プレイヤーに殴りかかっていた。
追い剥いだブツを山分けすることしか考えていなかった男達にとって横槍を入れてくるようなヤツは後で同じ目にあわせればいいだけ。
その程度の認識でしかなかったし、それを可能とする自信もあった。
盾役を演じる男性の影から魔法使いの女が叫ぶ!
「どこの、どのたかぞんじませんが、お助け願います! もちろん謝礼もご用意いたします!」
まだ、幼さの残る声だったが、ハッキリした口調。
育ちの良さが垣間見える声色だった。
「なに、勘違いしてんのよ! 私は、あんた達に言ってんの! 私の獲物取らないでって!」
「――くっ!」
魔法使い役の女からは声だけしか聞き取れない状況だが、明らかに女の声は自分達に敵意を向けているとしか感じなかった。
魔法使いは一類の望みを賭けて騎士役を演じる屈強なパートナーに嘆願する。
「逃げましょう!」
「バカ! ここで引き下がったらこいつらのやってることを容認する事になるんだぞ!」
正直、三人の山賊相手によく持ちこたえてる。
体力的、肉体的、精神的。
それら三つの要素がバランスよく整った理想的なプレイヤーだった。
だからこそ蒼い女は苛立っていた。
今後の展開次第では本当に獲物を取られかねないのだから。
しかし、山賊達の方が数的有利を活かして後方にいる魔法使いの女に狙いを集中させると戦況は、さらに悪化。
おそらく人に対して攻撃出来ない性分なのだろう――おろおろするばかりで回避も遅い。
騎士は、よほどの胆力を持っているのであろう。
行動不能と思われたが、それでも相方を庇う動作を起こした。
その瞬間――
山賊の一人が再び叫ぶ!
「メイルブレイカー!」
銀色の宝飾剣が光り輝き強固な鎧ごと騎士の背中に、ぶすりと突き刺さる。
どうやら、銀色の宝飾剣には鎧を貫き易くなる付与能力があるようだ。
それを見た蒼い女は舌なめずりをする。
今日の獲物は美味しいかも……と。
騎士は苦悶の呻きを漏らし、またしても膝をつく。
「ぐはっ……」
獲物が動きが止めた好機を逃すまいと、一人が太股を刺し、もう一人は鎧の隙間から剣を刺し入れる。
「っく……しょ……」
確実に致命的なダメージだった。
魔法使いの女はその惨状を見て放心し震えていた。
それを確認した蒼い女は――もう、終わりでもいいだろうと。
感情そのままにイラついた言葉をぶつけた。
「ほら、あんたらはじゅうぶん闘った! 敗者は、とっととお家に帰んなさい!」
魔法使いの女は震える声でなんとか「で、ですが!」それだけを叫び。
騎士は、
「ふざけるな! これは正義の戦いだ! 邪魔すんじゃねぇ!」
全力で拒否を訴えた。
もしここで引けば戦闘中における意図的な撤退となる。
きっと後悔も多いだろう。
しかし、蒼い女にとって状況を打開されるのも面白くない。
下手に立ち直られてもめんどくさいだけだ。
だから、もう一度ワザとイラついた言葉で突き放す。
「ここで、こいつらにいたぶられたあげく、身包みムシられるのと! 瞬間移動石使って生死の境彷徨うのと、どっちがいいか選びなさいって言ってんの!」
その言葉に魔法使い役の女は、腹をくくった表情になる。
一回うなずき。
そして――
魔法使いは、手にした瞬間移動石を輝かせると的外れな言葉を残し、
「分りました! このお礼は、いつか必ず!」
騎士は悔しさを残して、
「ばかっ! 俺は、まだやれる!」
恋人同士と思われるペアは、瞬間移動して行った。
相手の弱点を知り。
勝ちを確信していた山賊達にとっては、まさかの瞬間移動石だった。
ハッキリ言って、アレは下手に死ぬよりつらい。
しかもペナルティのおまけ付での撤退だ。
出来るものならもっと早く使っていたはず。
そんなプレイヤーは殆ど居ないからこそ、彼ら山賊業がなり立っているのだ。
「全く、礼を言いたいのは、こっちだってのにさっ」
言うが早いか痺れを切らした蒼い女が手にした水鉄砲で山賊達を打ち抜く。
「なんだぁ? 今日は雨なんてふらねーんじゃなかったっけ?」
放心していた山賊達の一人が呟きを漏らすと残りも続く。
「いや、これは、……たぶん水鉄砲だ……」
「みっ! みず、でっぽう!!」
どんな激しい嵐でも一滴の雨粒から始まる――
それを演出するために蒼い女はこうして水鉄砲で相手を威嚇するのだ。
その、異様な攻撃力の低さに山賊役を日々演じている第三勢力と呼ばれる男達は……
怯みながらも。
その、ただ体がちょっぴり濡れただけの攻撃を仕掛けてきた方向に体を向ける。
そこには蒼い衣を纏ったすらっとした女性が岩に腰掛け水鉄砲を構えていた。
ウエーブした青いロングヘアーを腰元まで伸ばし、細身の体にピッタリとしたロングワンピースは銀と黒で装飾され、秘めた能力を垣間見せるだけでなく。
服の下にある理想的なボディーラインをも浮かび上がらせている。
明らかに強敵であり、彼らにとっての天敵だった。
それを見た男達の顔は皆青ざめ、足を竦ませていた。
基本的に第三勢力はモンスターと同様であり、狩れば経験地が入るし持っているものもごっそりもらえる。
追い剥ぎを更に追い剥ぐのが彼女の生業だった。
基本的に彼女は水属性の攻撃しか出来ず。
水のないところでは、本来の実力を出せないのだが……
特別に使用が許可された固有スキル。
どこでもプールを使うことでその弱点を劇的に補っている。
つまり、その大型プールに入っている水量が尽きるまでなら水属性の魔法攻撃が使いたい放題なのだ。
それが、山賊の怯えている理由だった。
人が人である以上、呼吸しなければならないという致命的な弱点と共に生きなければならない。
もし突然、巨大な水球が自分を覆ったらどうなるか?
体内に蓄えた酸素を消費しきる前に脱出しなければ酸欠となり……もれなくあの世へ旅立つ船に乗る権利を無償で頂けるだろう。
例えば、驚異的に圧縮された水が雨の様に降り注いだらどうなるだろうか?
超重量級戦士だけがその扱いを許された大盾を傘代わりにでもしない限り体中に穴が開き……手招きするご先祖様がいる向こう岸まで泳いでいくことになるだろう。
それらは、実際に彼女が過去行ってきた事実である。
高らかに笑う蒼い女の手には、おもちゃの水鉄砲――
碧い吊り目とファンシーな黄色いアヒルの口が山賊達を見据えていた。
それは第三勢力である彼らにとって忌み嫌われる存在。
蒼い衣を纏い嵐の様にその爪痕を残して去っていく。
一度相手にしたら忘れられない美しさと恐怖を刻み込む魔性の女……
それが、彼女。
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