8-11

 先日来た時間帯より遅かった事もあるのだろう。

 以前来た時と違って他の子供は居なかった。

 栞は、クーラーボックスを店先に置くと。

 100円均一ショップへ向かって一直線。

 その後を追う様に龍好も竿をクーラーボックスに立て掛けてから付いて行き。

 刹風もアミを龍好同様に立て掛けて付いて行く。

 皆行くならと、みらいも付いていて行く。


「あんな、たっくん! うちコレが欲しい~!」


 栞が手に取って龍好に見せたのはオレンジ色のプラスチック製のコップだった。

 そこには、栞お気に入りの猫が赤で描かれていた。


「じゃあ、私もソレにしよっと」


 刹風もそれにならって同じ色のコップを手に取る。

 やはり、ここは他の二人に合わせるべきだろうと――赤い色をしたコップに送っていた視線をオレンジ色に向けて手を伸ばすが。


「お前、赤が好きなんだろ? だったらコレにしとけ」


 龍好に赤いコプッを手渡されてしまった。

 そこには、白線で同じ猫が描かれている。

 これでは、自分だけ仲間外れみたいでイヤだ!


 ――仲間外れが嫌?


 なぜ自分は、その様な事を考えてしまうのだろうか?

 その疑念が解決する間もなく。


「そ~なん! あんた赤が好きなん! ほな、うちも赤にする~。えへへ~。これで、おそろいやねぇ~」

「あ、うん」


 なぜか、その言葉と行動が嬉しいと感じてしまっている自分が居た。


「ちょっと! 私だけ仲間外れにしないでよね!」


 刹風もオレンジと赤を変更し。

 結局、三人供同じ色のコップを手にしていた。


「さてと、んじゃ俺も同じにすっかな」


 龍好までもが、同じコップを手にしていた。


「あんた、この猫って好きじゃなかったじゃん」


 この、にやけ顔した猫のキャラクターは龍好の好みではない。

 ソレを知っているからこそ刹風は、この意味を知りたくなった。


「別に嫌いじゃなきゃいいだろ。それに、今日は四人が友達になった記念日だからな! やっぱ、めでたい日といったら紅白だろうが!」

「あははははは……あんたの思考回路。日増しに栞に染まってるわよね……」


 刹風は、乾いた笑い声を出して引きつっていた。


「いやぁ~。うちは、たっくんならソレに気付いてくれると信じとったよ~!」


 栞は、してやったりといった顔でみらいに笑みを送くり。

 みらいもそれに習って微笑んだ。


『せやなぁ~。ほんまに、惚れ惚れするくらいたっくんは目標に向かって一直線な男の子やからなぁ~』


 栞との会話の中で出てきたセリフ。 


『まぁな! そんな感じだ! ってことでちょっと足りないと思うがおまけしてくれ!』


 老人を拝み倒す少年の言葉。

 先程、少年の言った意味は最初からコレを狙って行動していたということになるのだろう。

 自分の為に。

 この瞬間を演出する為に。


 そして、龍好の家でテーブルを囲み――皆で夕食を共にした。

 出されたものは、龍好が釣った魚と、たくあんの古漬け、大根だけの味噌汁、家庭菜園で採れたトマトが献立だった。 

 魚は、ブラックバス。

 皮を削ぎ落とされた白身のフライは、実に微妙な味がした。

 過去に食べた魚のどれとも違う不思議な味。

 味付けは塩とコショウだけ。

 食べれなくはないが……けっして美味しいものではない。

 もっと確実に臭みを消し去るか、ソースを変えるべきだと思った。

 のに、箸が動いていた。

 心が、食べたいと言っていたのだ。

 両親が不在になってからずっと一人で食事をしていたみらいにとってこうして他の者と食事するなんて事は久しかったから。

 舌ではなく。


 心が美味しいと感じさせていたのだ。


 たくあんの古漬けは妙な酸味が癖になりそう。

 これも、美味しくはない。

 色もくすんだ茶色で、不気味だった。

 でも、食べてみると、ご飯が美味しく感じられる不思議な食べ物だった。

 大根だけの味噌汁は味気なかったけど。

 トマトは、やや甘味が遠いものの良く冷えていて美味しかった。

 ご飯だけはいっぱいあるからと言われたが、もともとみらいは少食だったこともあり。

 全てを食べきれずに残してしまう。

 残してしまったものは仕方ない。 

 いつも通りに「片付けてください」と言うと。

 龍好に、「ばか」と言われた。

 そして、「食べ物を粗末にするヤツはろくな大人にならねーんだよ!」と言って。

 龍好は、みらいの残したものを綺麗に片付けたのだった。

 意地汚い貧民らしいとは思えなかった。

 なにか別なものに見えてしまったのだ。

 西守を恐れる事無く平然としている龍好が。


 食べ残しを美味しそうに、ほおばる少年の言ったことが嘘ではなく真実なのではないのか?


 そう痛感してしまっていたから。

 みらいは、今まで考えた事もなかった。

 気分が優れないからと言って、手をつけなかった食べ物はどうなっていたのか?


 美味しくない。

 口に合わない。

 色が嫌い。

 他にも何かしら文句をつけて、そでにした食べ物があった。


 あれらは、どうなったのだろうか?


 自分の食事が一食辺りいくらかかっているのか考えた事も無い。 


『食べ物を粗末にするヤツはろくな大人にならねーんだよ!』


 きっと、自分は今日という日を経験しなかったら。

 本当にろくでもない大人になっていたのではないだろうか?

 みらいは、心底自分に問い掛けていた。


 迎えを呼んで、やってきた黒塗りの高級車に乗り込む時。


「ほな、またやね~」

「またね~」

「またな~」


 と言って手を振ってくれる友人達に、「またね~」と同じように返してみた。

 ごきげんようでも、それでは失礼します、でもない。

 気軽な言葉に楽しさと嬉しさを感じてしまう。

 車が走り出し――後部座席で後ろを振り向くと、彼らが手を振ってくれているのが見えた。

 届かなくとも、それにこたえようと、みらいも手を振る。

 その顔は、自分でも気付かぬうちに微笑んでいた。


 車が屋敷の敷地に入り、所定の位置で止まると。

 すでに、みらいは寝入っていた。

 子供の様な愛らしい寝顔で赤いコップをとても大切そうに抱いている。


「おやおや。お嬢様もまだまだ子供でいらしたのですな……」


 こんなに嬉しそうな、みらいの寝顔をみたのは何年振りだろうか?

 つい執事長の顔が綻ぶ。

 執事長は、現在の当主が居なくなってからの日々を振り返る。 

 突然の当主失踪。

 方々手を尽くすもいまだに手掛かりは全くつかめていない。  

 正直な所、無垢なる破壊神に接触するという話を妻から聞いた時は、自分がボディーガードすると言い張った。

 しかし、妻に『その様な無粋な真似をするようならこちらにも考えがあります』と言われて身を引いたのだ。

 はっきりって小春の策士振りは、かなりのもの。

 人は、自分にない才能を持つ者を恐れる傾向がある。

 特に自分に被害が及ぶ才能を持った者に対しては、よけいである。

 やはり妻の言った通り、子供は子供同士というのが正解だったのだろう。

 前回同様、遠巻きに監視していたが取り越し苦労なだけだった。


 むしろ、自分達には出来なかった、お嬢様の心の隙間を埋めてくれているように感じた。


 突然の両親失踪により。

 日増しに、いらだちが募り傍若無人な振る舞いは日々悪化の一途をたどっていた。


 それなのに――


 たった、100円で人の心をつかんで見せた技量は感服の極みであった。

 例え同じものとて、ただ買い与えただけでは、こうはなるまい。

 どのようなやり取りがあったかは不明なれど、こうなるべく相応のなにかがあったのだろう。

 もしかすると、彼らならばお嬢様を支えてくれる存在になってくれるのではないだろうか?

 すやすやと心地よい寝息を立てるみらいを見て、目頭を熱くする執事長だった。


 彼らに対し手を振っている時にも驚きを覚えたが。

 買って貰った赤いコップを唯一無二の宝物の様に抱きしめている姿にも驚きを隠せない。


 みらいは、この日――


 物の価値が必ずしも値段で決まらないことを知った。

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