8-10
それから、釣った魚を計量して、お小遣いもらうために一行は、青柳家へ足を向ける。
昔からある古い木造二階建ては、川沿いにあり。
道路の上から見下ろせるトタン屋根はすっかり塗装が傷み、そろそろ手入れをしないと雨漏りしそうな有様だった。
坂を下りて家に近付くと今までにないくらい強烈な生臭さがみらいの鼻を刺激する。
それに耐えれなくなったみらいはハンカチで鼻を押さえてわずかに染込んだ香水の香りで中和しようと試みるが。
焼け石に水だった……
龍好がチャイムを鳴らすと気さくな老人が出てきて、
「おお~! たつ君や。新しいガールフレンドかい!?」
みらいを見て、
「ああ、そんな感じだ!」
「そうか、そうか。んじゃ、見せてみ」
「はいなぁ。今日はたっくんいっぱい釣ったんよ~」
栞がクーラーボックスを開けると、冷え冷えになった魚が永眠していた。
「ほ~、確かに、今日はがんばったようだな~。さては、お嬢ちゃんになにか買ってやるつもりじゃろ!」
「まぁな! そんな感じだ! ってことでちょっと足りないと思うが、おまけしてくれ!」
龍好は、両手を合わせて青柳様お願いしますと拝んでいた。
「あははははは、こんなに拝まれたんじゃしょーがねぇなぁ。ほれ、てー出してみ」
老人がズボンのポケットに手を突っ込み小銭入れを出そうとしたところで――
そこに、みらいが割って入った。
鼻を押さえたハンカチを握りしめて訴える。
「差し出がましいようで申し訳ありませんが。お金を頂けると言う話はきいておりますので、それに対してものを言うつもりはありません。ですがキロに対していくらという割合での取引と聞いています。ですからきちんと量りで見定めるべきではないのでしょうか?」
「あはははははは。こりゃ~、おじちゃん甘くみられちゃったな~」
小柄な老人は、ほとんど頭髪の無くなった白い髪をくしゃくしゃしている。
なんとなく、久しぶりに自分の技量を見せびらかすみたいで楽しかったのだ。
「あはは、問題ねーんだよ。青柳のおっちゃんは、目分量で10グラム単位まで当てられるからな」
「――え!? その様な事が可能なのですか?」
みらいは、不思議なモノを見る目で老人を見上げていた。
「まぁ、長年やってる漁師なんつーもんは下に石入れてかさ上げしてたり重さ誤魔化してるヤツとの駆け引きっつーもんもあってな。だからこの程度なら3890グラムってとこかなって分かっちまうもんなのさ」
「この度は、大変勉強させて頂きました」
みらいは、素直に頭を下げた。
なぜかそうするべきだと思ってしまったのだ。
その素直な態度が青柳のおっちゃんのハートを射抜く。
「がっははははは! いやいや、そんなかしこまらんでいいって。ほれ、たつ君。これで新しい彼女に好きな物買ってやりな!」
ポケットから出した小銭入れから、老人は銀貨を一枚取り出して龍好に、ぺしりと手渡す。
「おおおお! いいのかよ、おっちゃん!」
「ほえ~! 500円玉やん!」
「やった~!」
三人共、これに興奮している。
正直なところ、喜んでいる人達に対し水を差したくないので黙っているが。
本当にこの老人からお金を貰っていいのだろうか?
そう思えるほど、老人の格好はみすぼらしい。
よれてボタンの取れた白いポロシャツは所々に染みがあり、色あせたジーンズは膝と裾がほころびている。
唯一現役なのは、ゴム製の茶色いサンダルくらいだろう。
みらいなりに低所得者に対する知識は、備えて来たつもりだった。
しかし、この建物といい、老人の格好といい、それでもまだ下には下がいたといった感じだった。
そんな、みらいの視線から意図を読み取る老人はやはり、年の功といったところだろう。
「安心せい、お譲ちゃんや。なんでもかんでも金を掛ければ見栄えは良くなるかもしれん。だがそれで本当に欲しいものが買えんかったらつまらんじゃろうが。がははははは」
老人は、またしてもなにがそんなにおかしいのかってくらい嬉しそうにしている。
きょとんとしているみらいの意味がなんとなく分った栞が答えをしさすると、
「あんなぁ、青柳のおっちゃんの家なんやけど、他にもあるんよ~」
「まあ、家っつーより船だけどな!」
龍好もそれに続く。
「がっはははは! あたりめーよ! わしゃ死ぬまで現役じゃからな!」
「あの~。もしかして、クルーザーでもお持ちなのでしょうか?」
豪快に笑っている老人の代わりに刹風がこたえる。
「うん、まぁそんな感じ。はっきり言ってこんなボロ屋に住んでる人が持ってるとは思えないくらいでっかくてすっごいやつ」
「ボロ屋とは、またせっちゃんもひどいのー。がはははははは!」
「だったら、少しは手入れしなさいよね!」
老人は、「そんな金有ったら今度は潜水艦でも買うわい」と言って豪快に笑い飛ばしていた。
日もだいぶ傾き――
急がないと夕食の時間に間に合いそうもない時間帯。
一行は、先日4人で行った駄菓子屋へ足を運んでいた。
先頭に本日の功労者である龍好と栞が仲良く談笑しながら歩いていく。
その後ろを、刹風が口を挟みながら付いて行き。
さらに、その後ろに付いて行く形でみらいが歩いていた。
前回、始めて駄菓子屋に連れて行かれた時もカルチャーショックを受けたが。
今日の一日も、みらいにとって予想外の内容だった。
はっきりいって得た金額は乏しい。
でも、龍好は自らの腕一つで、その銀貨を手に入れていた。
果たして、自分に同じ事が出来るのだろうか?
西守という後ろ盾なくしては、銀貨どころか銅貨一枚稼げない気がした。
そして――それは、事実なのではないだろうか?
くやしいが、見下していた相手にボロ負けした気分だった。
あの青柳という老人だってそうだ。
実際のところは分らないが、お金の使い道。
使い方を心得ていると感じた。
自分が今着ている服は、いくらかかって作られているのか考えた事もない。
何でも当たり前にあって、当たり前にそろう生活。
西守なのだから当然だとは思うし。
それが西守の常識なのだ。
では、何故こんなにも彼らの生活に憧れを感じてしまうのだろう?
心惹かれてしまうのだろう?
その疑念は、さらに募っていくのであった。
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