8-8


 確かに100円銀貨で食品と呼べなくもないものが買える事は知った。

 だからといって、こんなに手間を掛けて得るには割に合わない。

 みらいは、同じ時間で数倍どころか数千倍稼ぐ自信があった。 

 それなのに……この少女も、あの少年も、再び、


「3匹目ゲット~! これは、今日一番の大物になるかも!」


 どさりと、30センチほどの魚をクーラーボックスに入れ去る少女も、きらきらと輝いて見えた。

 数字を得る。

 金を得るためには全てに置いて効率と速さが求められるはず。

 自分がやっていることも、教わってきたことも間違っているとは思えない。


 しかし―― 


 西守として得た知識による理想とは隔たれた、もう一つの理想。

 答えは、母の描いた絵本の中にあった。

 王族の地位を捨て、自ら畑を耕し農作物を育て、漁をして魚を獲る。

 元王子と共に暮す親友の会話。

 西守の生き方を全否定する様な、ほのぼのとした温かいやり取りに憧れていた。

 日々の糧を得るための自給自足の生活。

 絵本の中のイメージとは、大分違うがコレも漁なのだと分った。


「これは、魚を獲っているのですね」

「せやよ~。なんや、みらいちゃん釣り知らんかったん?」

「いえ、私の知っているものとは大分違うものですから……」

「ほえ~。みらいちゃんの知っとる釣りってどないなん?」

「あの様に何かを投げ入れるのではなく。針に餌を付けて釣るものでした」

「あ~、フナとか釣るやつやね~。でもなぁ。さっきも言ったんやけんどなぁ。ブラックバスがはばきかせとって、もうフナとかハヤとかあんまり釣れないらしいんよぉ。せやから、今はそっち狙いになっとるん」

「でしたら、全ての外来魚を一掃してしまえば元の生態環境が戻って来るという解釈でよろしいのですよね?」


 安っぽい正義感をひけらかす子供であると同時に、それをなし得る権力と金を持った者だから言える言葉だった。


「あぅ~。なんや、むつかしい、言い方やけんど……それは、たっくんいやみたいなんよ~」

「なぜですか? 困っておられる方がいらっしゃるんですよね? それとも」


 みらいは一旦言葉を途切って、龍好達に目をやる。

 その眼差しは他人を卑下する西守の目だった。


「魚が釣れれば、たかが100円欲しいがために釣りが出来れば何でもよろしいと言うことなのですか?」


 先程までの憧れにも似た思いを裏切られたと感じたみらいは不機嫌をあらわにする。


「ん~。確かにぃ~。魚が釣れるんは楽しいしぃ。おこづかいかせぎもうれしいんやけんどなぁ……」 

「他に何かあるとでも言うのですか!?」


 もともと、この間延びした聞き取りづらい言葉使いにいらいらしていた事もあり。

 声を荒げ、栞を睨み付けていた。

 それでも、栞は全く怯むことなく、苦笑いしたまま間延びした口調でのんびりと言い返す。


「たっくんが言うにはなぁ、魚は魚らしいんよぉ~」

「魚は、魚……」

「せや。魚は、魚。ここにおって、うちらのご飯になるならフナもブッラクバスも同じらしいんよぉ~。せやから、とりすぎたらあかんのやって……」


 またしても、母の描いた絵本の世界の元王子が優しく囁いた。


 それは、魚を一網打尽にせず。

 その日に必要な分しか決して獲らない親友に対してアテライエルが疑問を投げ掛けるシーンだった。

 みらいの顔が綻ぶと。

 栞もにっこりとした。

 実際的な問題として。

 外来魚により、この川本来の生態系は崩壊し。

 それにより失業者が出るかもしれない状態におちいっている。

 それが事実であるなら害虫駆除と同じでもっと徹底すべきことなのかもしれない。

 しかし、結局のところ……それは名前も規模も知らない漁業組合や動いているのかどうかも分らない行政がなんとかするしかないのだろう。 

 それに対し――龍好は、この生態系を受け入れ、この中で生きていくという考え方をもって漁をしている。

 それは、それで一理ある気がした。 


「ですが、その考え方は敵も多いでしょうね」

「せやなぁ……。たっくん釣りだけは人一倍上手いから……もっと駆除に協力て欲しいって言われたこともあったんよ~。そんでも、たっくん。魚は魚やからの一点張りで……」


 栞は、そんな彼の背中を愛慕の意を込めて見つめ。

 みらいもそれに習って龍好を見つめる。

 定期的に魚は釣り上がり。

 刹風が運んで来ては、クーラーボックスの中身は増えて行く。


「それにしても、見事なものですね」


 みらいは、龍好が時間と共に釣果を伸ばして行く姿を思ったままで言う。


「せやなぁ~。ほんまに、惚れ惚れするくらいたっくんは目標に向かって一直線な男の子やからなぁ~」

「きっと、天性の才能に恵まれた方なのでしょうね」

「あ、うぅ~」


 栞は、みらいの言った事と自分が返したセリフがかみ合っていなかったことに顔をしかめ、気不味そうにしている。

 それを、不思議に思ったみらいは、またしても思ったまま聞く。


「どうされました?」

「えとなぁ。たっくん。ホントは、もっと釣り上手かったと思うんよ……」

「そうなのですか? ですが、先程。あなたは、人一倍上手いと仰ったではありませんか?」

「はうぅ。そうなんやけんど、うち、たっくんの手ぇ、つぶしてもうたから……」


 栞は、視線を落とし過去の後悔を嬉しさと悲しさ半分ずつで見据えていた。


「あぁ、……」


 みらいは『そういえば、そのように書かれていましたね』それ以上の言葉を飲み込んだ。

 報告書には同居している者の右手を握り潰し複雑骨折させたと書かれていた。

 しかし、そんな感じは微塵も見せずに彼は釣りを続け竿をさばいている。

 だったら、それはもう過去の過ぎ去った事として片付けてもいいと思った。


「ですが、見たところ後遺症があるとも思えませんし。こんなにも成果を上げているではありませんか」


 またしても、刹風が持ってきた魚がクーラーボックスの中へ沈んでいった。


「そう、なんやけどなぁ。やっぱり考えてまうんよ~。うちが利き手壊さんかったらたっくん大会で優勝できてたんやないかなって」

「その事で彼は、あなたを咎めたのですか?」

「ん~ん。ちゃうんよ。たっくんは、そないなことせん子なんよ。うちは棄権しようって言ったんやけんど。結局無理して大会出て、最後は気絶しとったんよぉ」


 話の流れからいって釣りの大会なのだろうということは察した。

 しかし、そんなモノに価値があるとは思えない。

 オリンピック競技だというなら理解もする。

 しかし、聞いた事もなければ、その存在自体知らないような競技なんぞに決死の覚悟で挑むむぼうさ。

 バカバカし過ぎるにも程がある。

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