7-9
二人が部屋に入っていくのに――その背中を無言で見送る龍好の真意を確かめようと刹風が問い掛ける。
「ねえ……ついて行かなくていいの?」
「なぁ、刹風。本当に何もなかったんだよな?」
「って! なによそれ! なかったっていってんじゃん!」
「みらいは、何か拾えたか?」
「残念ながら、非公式のホームページも読み漁ったけど期待に応えられそうな情報はなかったわ」
「栞は!?」
「うう~。うちも、だめだめやったよ~」
「そうかぁ、ピー助はどうだ?」
「むぴー……」
しょんぼりした顔つきからは、ごめんなさい以外は伝わってこなかった。
「っくしょー!」
龍好は、赤い賢者が上ってきた、塔を睨みつけている。
足場が良ければ少しくらいの調査は可能だが、ボスがランダムでどこに出るか分らない可能性だけでなく、何らかのトラップが残っている可能性も否定できない。
先程の白い賢者みたいに一歩も床に足を付けないなんて芸当は、そうそうできるもんじゃないが。
赤い賢者も同様の事が出来たとしても不思議じゃない。
そんなところに、刹風を行かせるには気が乗らなかった。
「ねえ、なにあんたはそんなに真剣になってんのよ! いいじゃん、相手がこれでいいって言ってんだから! 最後まで付き合ってお金もらって! はい、さよなら! それ以上してあげる義理なんてないでしょ!」
「私も刹風に同感だわ」
みらいが、追い討ちをかける。
正直、なところこんな臭いところ二度とごめんこうむりたい。
そして、それは刹風も同じだった。
龍好は――この清涼感ある空間も二人の反応を見て罠だと感じ取っていた。
精神的ダメージが蓄積した心にゆとりを求めても無駄なのかもしれない。
開放感が、終了感に等しくなってしまっているのだ。
特に、オマケでついてきた連中にとって、本当の意味で言ったらココで終わりだ。
あとは、ボスを倒そうが逃げようが自由。
もっとも下手にボスに手を出せばケンカになるから何もしないという選択がベストであることに代りはないが。
「うちは、たっくんがしたいようにすればええと思う」
「そか……ありがとうな栞」
今は、栞の、まったりとした笑みが嬉しかった。
がんばってくれた狐耳に感謝を込めて、頭ごと撫でてあげる。
ふかふかとした感触が心を和ませてくれる。
それを目前で見ているみらいは、じ~~~っと睨んでいた。
がんばったのは、自分も同じである。
なのに労いの言葉もなければ、なでなでは見てるだけ。
そして、それは刹風も同じだった。
もっとも、なでなでして欲しいなんて恥ずかしくって口が裂けても言えないが。
「で! どうすんのよ! バカ好!」
刹風は、不機嫌さをそのままぶつけていた。
「ふんっ! どうせ、あんたがやりたいようにやるんでしょ! だったら作戦なりなんなり指示しなさいよ!」
みらいも、それに続く。
形は、どうであれ、気持ちが自分に向いているのはありがたかった。
あの二人に対する不安感や不信感を背負ったままでは、この先なにも出来ないに等しい。
ここは、チームワークを試される空間だった。
冷静に作戦の再確認を行ってボスに挑むパーティーもいれば。
ここで解散するパーティーも多い。
それほどにどちらの塔を上っても精神的に辛い内容だからだ。
これも、この双子塔が不人気になっている原因だった。
臭いという一点だけで人はそれを敬遠してしまうからである。
「ああ、助かるよ。ありがとうなみらい」
拗ねてそっぽを向いたみらいの頭に龍好の手が伸びて、なでなで。
部屋の電気を点けたみたいにポッと頬に朱が灯る。
「ふ、ふんっ! なによ、いまさら! ばか!」
みらいの口は拗ねているが顔はもっとやりなさい!
と命令していた。
栞もみらいも嬉しそうにしている。
自分だけは仲間外れ。
いつだってそうだった。
一番背の高い者には、なでなでは似合わない。
そんなこと分りきっているのに、今日は、なぜかいつもよりもそれを求めたくなってしまっていた。
辛い時間は何倍にも感じる。
その中で龍好の期待に応えようと頑張っていたのだから。
刹風の心は、相応の何かを渇望していた。
「で、作戦ってゆーよりも……いちかばちかの賭けになる。そこで、みらいに確認なんだが。ガセネタでもなんでもいいから拡大解釈して可能性のある物を教えてくれ」
「はぁ、さっきも言ったけど、まぁいいわ。まったく役にたたないネタだけど、半年前の書き込みで、隠し部屋があったって書いてあったわね」
不機嫌さにフタをしきれないまま、刹風が会話に割り込む。
「ふ~ん。ガセネタにしては面白いじゃない」
「残念ながら、夢で見たって書いてあったから、ホントに寝言よ……」
「いや。それで、じゅうぶんだ。この世界は夢の世界だからな。夢で見たってのは現実味がある!」
「はぁ? って! あんた、それ本気で言ってんの!?」
「ああ、もちろんだ。つまり! まだ何かしら仕掛けが残っていると考えた方がいい! っと、ピー助もう大丈夫だな」
「むぴゃ!」
龍好が、そっと下ろそうとすればピー助は、龍好の腕の中からぴょんっと飛び出て耳をぴーん! しっぽをふるふるして元気全開だよ! をアピールしている。
「よし、中で戦ってる二人は無視して、こっちも勝手に進める!」
「ほえ~! たっくんにしては珍しい作戦やね~!」
「ああ、時間が無いからな!」
「このラビリンスはあと10分で崩壊します」
女性の声でアナウンスがながれた。
「確かに、時間が無いのは、間違いないわね。栞、もう私も動けるわ。下ろしてちょうだい」
「あいあい~」
「俺とみらいと、栞で、ぶち抜ける壁を探す!」
「って! 私は、どうすんのよ!」
「ああ、お前には特別に頼みたい事がある。だから、ちょっと頭を貸してくれ」
「あたま?」
「ああ、ちょっと下げてくれればいい」
「こう?」
「ああ、そのままもう少し……」
「――って! なに! すんのよ!?」
刹風が暴れまわろうとするが、がっちりと龍好に頭をホールドされていて、上手く動けなかった。
とくに首の後ろがいい感じに押さえられていて力が入らない。
それは、ここ一年間みっちと紅に叩き込まれた押さえ技の応用だった。
そして、龍好は刹風の頭をなでなでしながら願う。
自分の怯えを誤魔化す様に。
刹風を信じろと自分に言い聞かせながら、なでなで。
「お前には、かなり無茶なお願いをする。時間は往復で、きっちり5分。その間に時也が上ってきた方の塔を見てきてくれ。敵がいたり、危ないと感じたりしたら時間内でも引きかえしてくれ! それと何かあったらコールを頼む!」
刹風を開放して気合を入れて指示を出す!
「全員通信モードのまま作戦開始!」
「ばか!」
どんっ、と、刹風は龍好を突き飛ばして走り出す。
もう顔なんて見せられないくらい緩み捲くっていた。
まっかかだった!
ヤル気が漲って噴出しそうだった!
「とんずら!」
ファンシーな羽を身に纏い刹風が急降下して行く。
刹風が見た光景は、隅々まで炎で浄化され綺麗さっぱりとしていた。
それでいて焦げ臭さは殆どない。
高火力で瞬滅されたからだ。
そのお陰で即死レベルのデスモンスターはおろかハエ一匹飛んでいない。
床には、ぬめった油等は見られない。
それでも一足飛びに見るために新たに覚えた技をぶっつけ本番で使う!
「虚空脚!」
白い賢者が使って見せたものよりも一回り小さい魔法球が刹風の足元に出現。
持久力を重視したバランス後回しの設定。
倹約家らしい刹風ならではの考えだった。
跳躍した時の反動と着地した時の反動がテニスボールに乗ってるみたいだった。
思った以上に使いづらいが……三歩で身体に染込ませて!
使いこなした。
「ほな! うちらもいくよ~!」
栞は、にやにやして嬉しそうで。
「……ばか」
みらいは、不機嫌を露にしていた。
「栞は左! 俺は奥! みらいは右の壁と天井を攻撃して探ってくれ!」
「了解や~!」
「ふんっ! ばか!」
そっぽ向いて了解を伝えるみらいだった。
なでなでよりも、抱締めるの方が、格が上だったからである。
しかも刹風はセットだったからだ!
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