6-5
基本的なプレイは龍好だったが、必ずと言っていいほど栞も隣で見ていた。
それだけに、操作を覚えるのも早かった。
そして、なによりも見たことのない景色の場所に自由に行ける事――
それが栞を夢中にさせていた。
ゲームの中なら誰も傷つけることなく自由に動き回れると知った。
だから龍好も、栞がいつでも好きなところに行けるようにとレベル上げを頑張った。
どうせ帰りは回帰石を使えばいいだけだったからだ。
回帰石を使えば、登録した街まで戻る事ができる。
龍好が、レベルを上げた分だけ栞は、自由にブルークリスタルの世界を旅することが出来る。
そんな日常に黒い影が差した――
ネット界隈での噂レベルでしかなかったが。
とあるゲームが一人のプレイヤーによりサービス終了に追い込まれたと言う噂がとびかっていたのだ。
なんでも、そのプレイヤーには名前がなく。
倒されると、キャラクターが削除されてしまうというのだ。
いつしかそのプレイヤーをバグ・プレイヤー。
略してBPと呼ぶようになっていた。
警察も動いているらしいのだが本人は特定されないままらしく。
いくつかのオンラインゲームがサービス終了したのはBPのせいだと言われていた。
そして、そいつがついにブルークリスタルの世界にも現れたのだ。
噂ではなく事実だと知った時には、いくつもの名のあるギルドが壊滅に追いやられていた。
それと、時を同じくして、なぜか瞬間移動する利便性の高いアイテムが原因不明のまま使えなくなってしまう。
そしてソレをバグによるものと判断した開発者が強引に手を加えたところ。
今度はマップの表示がされなくなるという新たな不具合が発生。
転送ゲートもドコのマップに繋がっているか分からない。
オマケに現在位置も以前の勘を頼りにするしかない現状。
当然プレイヤーたちの不平不満は、爆発していた。
掲示板は荒れに荒れ。
一時休止する者だけでなく去って行く者も日増しに増えていた。
そんな中、放浪癖のある栞が操作する銀時計は、今日も偏狭の地を散策しては迷子になっていた。
帰還して仲間と合流するには現在位置の特定が最低条件であり。
それを特定するために始まったのが、
『銀時計を見かけた人は、白銀の騎士まで連絡ください』
だった。
もちろん迷子になったものは銀時計だけではなかったが。
あまりの頻度の高さ。
運営側のイベントが全くなくなり。
過疎化が加速する世界においてちょっとしたユーザーイベントみたいな感じで受け入れられていく。
一方掲示板では賛否両論。
売名行為として叩かれもしたが。
銀十字騎士団隊長。
白銀の騎士が書き込んだ内容によっておおむね容認されてしまう。
『すんません、うちの隊員の放浪癖が直らないんです。ほんとうるさくてすんません』
そして――
放浪する銀時計という不名誉な二つ名で親しまれるようになる。
しかし――
バグ・プレイヤーに遭遇した際に、パーティーごと逃げる事が出来なくなって困っているプレイヤーも多かった。
――ブルークリスタルもサービス終了するかもしれない。
そんな、事がささやかれ始めるのに時間は、かからなかった。
それでも、龍好は、栞に自由に散歩していいと言って遊ばせていた。
「なぁ、たっくん。バグ・プレイヤーに見つかっても、ほんまにええの?」
「いいんだよ。そん時は、そん時だし。サービス終了したらどっちにしろ遊べなくなるからな」
「せやけんど……」
回帰石の使えない状態は、栞にとって不安しかなかった。
なにせ、その日の気分で好きな景色を見に行くからだ。
そんな頃――
のほほんとしてられない事実が内部告発された。
現在このブルークリスタルはサイバーテロに直面しているといった内容で。
一連の不具合はバグ・プレイヤーによるものだと警告されたのである。
なんでもそのバグ・プレイヤーは削除不能で神出鬼没。
完全にゲームのルールを逸脱した存在で、バグ・プレイヤー殺されるとキャラの存在その者が消失してしまうというのだった。
しかも、それに関するデータそのものが消失してしまうため、課金して遊ぶこともできるゲームである以上。
銀行残高など、ネット上に存在する金銭の消失という最悪な事態を招いていた。
つまり、銀行からお金が支払われているのに買ったものも無ければ履歴も完全に消滅しているのだ。
結果だけみれば何の履歴もないのに残高だけが減っているという事態があちこちで明確化され始め。
事態は
そんな中――白銀の騎士が立ち上がった。
『我々の本分。存在意義は、ガーディアンである! バグ・プレイヤーを倒しブルークリスタルに平和をもたらすのだ!』
と、寝言を起きたままいってくれちゃったのである。
しかも掲示板で大々的に予告したあげく。
決起集会と題し、リアルで極上銀貨の家が経営するネットカフェに集めたのだ。
勝利を誓いあおうとしていた。
だが……龍好だけは、真っ向勝負に異論をとなえた。
これが亀裂となり全員揃わぬまま銀十字騎士団は、バグ・プレイヤーの前に壊滅させられてしまう。
しかし――
龍好の予想外の一手により状況は変わった。
それは、親の力を借りて一時的にパーティーメンバーを瞬間移動させることのできる課金アイテム。
テレポートストーンを使える状態にしてもらうと言う物だった。
龍好の操作する銀時計がバグ・プレイヤーに対し、共闘申請を出すとあっさり承認される。
ここまでは、想定内。
バグ・プレイヤーを、何とかするためにパーティーメンバーに誘うと言う作戦が失敗に終わっていたからだ。
バグ・プレイヤーは、パーティーメンバーすら殺す事が出来るという信じられない事実だけが突きつけられていた。
それでも龍好は、なんの確証もないまま挑んでいた。
連続テレポートをすれば、一時的にでもバグ・プレイヤーを沈黙させることが出来ると思ったからだ。
それは、不具合と重なりどこのフィールドに飛ばされるか全く分からない。
連続で、使えば使うほど、色んな場所に銀時計は、バグ・プレイヤーと共に現れては、瞬間移動を繰り返す。
そして、テレポートストーンの残量がつきたところで――
バグ・プレイヤーは、ログアウトして消えていった。
その現場を、目撃したプレイヤーがそれなりにいたこともあり。
銀時計の名は、一気に広まった。
結果的にブルークリスタルには平和が訪れたのである。
それがたった7日だけだったとしても銀時計の功績は人々の心に刻まれていた。
あるいみ当然の結果だった。
国内でも人気を博していたネットゲーム。
ブルークリスタルを遊ぶプレイヤーが多かったからだ。
だが、その反動もでかかった。
金銭的な問題とプログラムに対する問題。
一時しのぎの対策が重なり過ぎて、プログラムの根幹を支えきれなくなってしまっていたのだ。
結局解決の糸口が見えぬままサービス停止となり。
バグ・プレイヤーによるサイバーテロの深刻さを広く世に知らしめる事件となったのである。
そしてソレに併走して銀時計の名も広まった。
放浪していたのではなくブルークリスタルに訪れた危機を誰よりも早く察知し、現状の調査と対策を立てていたのではないか?
そして解決の糸口がつかめたからこそ、隊長がバグ・プレイヤー討伐を予告したのではないか?
もちろん噂と憶測が暴走しただけで実際には、偶然の産物。
弁明したところで謙遜していると受け取られるのが関の山だった。
さらに決定的だったのがテレビ中継で行われた社長の謝罪の中で、
『たった7日だけであれ。我々が作った世界――ブルークリスタルに平和を取り戻してくれたプレイヤーには、心から感謝を述べさせて頂きたい』
との弁により完全に神格化されていた。
当然、自演なんじゃないの?
と叩かれもしたが肯定も否定もしないまま時は流れていた。
そして――
バグ・プレイヤーは政府に勝負を挑んできた。
もし期日までに我を倒せなかったら。
この国におけるネット上のデータ及びネットからアクセスできる全ての電子データを破壊すると――
後に、ワンデイズ・ロストバンクと言われる事件である。
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