6-3
「龍好、頼む!」
金曜の放課後、教室の掃除当番を終え……といっても龍好は代役が掃除していたのを見ていただけだったのだが。
クラスメイトの男子に拝まれていた。
「そんなに拝んでもなんにも出ね~ぞ」
「やっ、おがんでんじゃなくて頼んでんだって!」
正直なところ拝まれる理由もなければ頼みごとをされる理由はもっとない。
ゆえに可能性の高い方で受け答えしてみたのだが……
「残念な結果に終わっていた」
「ちょいまて! 脳内でどんな結論出したわかんねーけど残念ってなんだよ! 残念って!」
軽くジャブのつもりで振ってみたネタに対し必要以上に食いついてくるのが慎吾の良い所でもあり悪いところでもあった。
大抵どのクラスにも一人や二人居るやたら元気でうるさいヤツ。
それが、この
龍好とは比較的友好的に付き合っている方で、気が向けば互いの家に遊びに行く程度の間柄だった。
そういった意味では、頼みごとをされても即答でイヤとは言いづらい。
だから、からかい半分でお茶を濁してみた訳である。
それに……
「まぁ、お前の頼みなら聞いてやりてーとは思う……でも、俺これだぜ……」
只今ゴミ箱を屋外にある焼却炉まで持っていった掃除当番の代役により複雑骨折させられた右手をそいつの目の前に突きつけてふらふらさせる。
利き手がほぼ使えない状況で出来る事なんぞたかが知れている。
話の内容聞く前に断っても別段早いとも思えなかったのだ。
「んなもん分かっとるわいっ!」
「って、ゆーかさぁ何で俺に頼む? 他にいくらでも頼めるヤツいるじゃん」
実際のところ慎吾の交友範囲は広い。
基本的に誰とでも仲良くなれるお調子者で、広く浅く付き合うタイプ。
それはリアルでもネットでも同じで。
特にネットで広めた交友範囲には、年齢職業性別問わずかなりの人数が居るはずだった。
大抵の事は、そっちで解決出来るはずだし、法的にしろ非合法にしろどちらにでも対応できる友人も居たはずである。
だからこそ真剣な眼差しで自分を拝む慎吾がふに落ちないのだ。
当然交友範囲だって真吾に比べたら雲泥の差である。
「安心しろ、龍好。確かにお前に頼んじゃぁいるが基本お前は何もしなくていい」
「話が見えなかった」
「てめーが勝手に脳内解決しちまって聞く気ねーだけじゃねーか」
「わりい……ちと、心がやさぐれててな……」
「ああそうかい。妻帯者は、おつらいですの~」
「おまえなぁ~」
現在ここに栞がいないからいいものの、栞が傷つくようなことはなるべく聞かせたくない。
はっきりいってケンカなんぞしたくはないが、この手の内容を慎吾が軽はずみにしないように睨み付け釘を刺しておく。
「わーってるって。奥さんの前ではしねーよ」
そろそろ、話題の奥様候補が帰ってきてもおかしくない。
人生諦めが肝心な事もある。
ならば、早々に話を切り上げるために手短に用件を聞くことにした。
「で、頼みごとってなんだよ」
「パソコンかしてくれ」
「は?」
「できれば、そのままギルド創設に付き合ってくれるとありがたい」
「完全にネット社会で解決出来る内容だった」
「だから、勝手に脳内解決してんじゃねーよ!」
「いやいやいや、どうかんがえても俺じゃなくていいじゃん」
痛みを伴わない左手でぱたぱたとノーサインを送る。
コイツが言っているギルドというのは、オンラインゲームの世界にあるグループ名の一種。
各ゲーム毎に様々な呼び名があり、その中でもギルドというのは比較的需要の多い呼び名の一つでもある。
このギルド創設には、ゲームにより創設基準がまちまちではあるが、おおよそ複数名の協力が必要となる。
仲の良い友人知人で作る者も居るが、慎吾の様にリアルよりネット中心で生きてる様なヤツは、ほぼ間違いなくそこで出会った者同士でクランなりギルドなりを創設するのだ。
つまり、
「常識的に考えて俺が協力する理由がわからん」
ということなのだ。
「だから、脳内完結せずに理由を聞けって」
龍好は、溜め息をこぼし耳を傾けてやることにした。
「まぁ、なんつーか……お前の言うとおり、出来ることならネットで解決した方が手っ取り早いしこんな漫才やらんですむ」
「俺は嫌いじゃねーけどな~」
「俺だって切羽詰まってなきゃ、とことん付き合うさ。でもなぁ……」
「なんだよ、言うつもりねーんなら帰るぜ」
「リア友居ねーだろって言われたんだよ!」
「ぷっ、あはっはははは!」
真っ赤な顔で完全予想外のセリフを言われ思いっきり噴出した。
「わっ! 笑い事じゃねーんだよ! こちとら、
「いや、わりいわりい。いくらなんでも、そのネタ振りはねーと思って完全に油断してた」
「ねっ、ネタじゃねー」
「それは、いいからとにかく理由を話せって」
「ちっ、しょうがねーねなぁ」
どうやら、本気で話にくいことらしく、かゆくもないのに頭をかいたり視線を泳がしたりしたあげく。
聞かなきゃ良かったと思えるような告白をされた。
「その……好きなヤツができたんだよ……」
「え~~~~と……ネットでか?」
「ま……まぁ、そうなるな」
「信じられん」
「お……俺だって、ネットの相手にこんな気持ちになるなんて……完全に想定外だ」
「ま、いいんじゃね。ネットだってリアルだって恋は恋なんだろうし」
「んでっ、とにかくそいつにいいトコ見せたくて新しいギルド創設するからって話になって――どういうわけか、ネットにしか友達居ねーようなヤツは心の狭い器の小さいヤツだとかなんだとかって話になっちまって。ま……まぁ、実際俺もリアルよりネットの友人の方が多かったりするしってゆーかさ、小学生でパソコンもってるヤツって限られるじゃん! しかも、ブルクリに対応してるハイスペック持ってるヤツってお前しか知らねーんだもん! だからさっ頼む、俺の恋愛成就に協力してくれ」
またしても拝まれて、どうしようか悩む龍好。
そこに、ゴミ捨てを終えた栞が戻って来た。
「どうしたん、たっくん。そないな顔して? 渋柿でもくったん?」
「や、慎吾のヤツに……」
事のなりゆきを栞に話して聞かせる。
「ほんなら、うちが、そのゲームやるよ~。やから、たっくんパソコン貸してぇなぁ」
「は~。わーったよ」
「いやー。ほんと
「いややわ~、カエシン君ほんま上手いんやからぁ」
栞の突っ込みは空を切る。
通称エアー突っ込みである。
「ん~。栞ちゃん。やっぱここは実際に叩かないとダメだろ?」
「あ、あかんよっ! そないなことしたら、うちカエシン君の肩粉砕してまう……」
「ふっ。じつは、こないだネットで仕入れたモンがあんだよ」
慎吾がこれみよがしに見せてきたのはハリセンだった。
「おお~! はりせんやんっ!」
栞は、餌を前にしたワンコの様に食いついている。
きっと、尻尾がついていたら激しく振っていることだろう。
「ああ、コイツで突っ込んでみてくれ!」
栞は、言われるまま受け取ると、目をぱちくりさせていた。
「ええの? これ?」
「ああ、栞ちゃんのために買ったものだからな!」
「え!? うちのために……」
「ああ。やっぱツッコミがもらえないのは、さみしいからな!」
「ほんまにええの?」
「もちのろんだぜ!」
「じゃ、さっきのもう一度いくぜ!」
「は、はいなっ!」
栞のどきどきとわくわくが伝わってくる。
明らかに、危険な領域にスイッチが入っている。
それでも慎吾は、止まらない。
「いやー。ほんと幸好いい嫁さんもらったよなぁ」
「いややわ~、カエシンくんほんま上手いんやからぁ」
☆バシン☆
とんでもなく派手な音がして、慎吾が転げ回った。
「いってー! 肩が、もげちちまった~!」
「――っ!」
「安心しろ、慎吾。お前の肩は付いたままだ」
「んなもん、わかってるわい! かいしんのリアクション決めてんだからもっとまともなツッコミ入れろよな!」
「しかたねぇだろ。このてのネタは栞にとってデリケートな部分なんだから」
「それも、そうか」
何事もなかったかのように立ち上がる慎吾。
「なぁ、カエシン君。肩大丈夫やったん?」
「あぁ、全然平気だって」
慎吾は、肩をぐるんぐるん回して大丈夫だよをアピールする。
それを見た栞の目はキラキラと輝いていた!
「たっくん! うち、これかえしとうない!」
「てめー! はめやがったな!」
「ふっ。今日から俺のことをマスターと呼ぶんだな!」
確かに栞が喜んでくれたのは嬉しい。
でも、それを与えたのが自分ではなく慎吾というのがおもしろくない。
嫉妬むき出しで突き放せば少しは気も晴れるんだろうが。
後で、泣いた栞を見るのはもっとつらい。
もう、栞のあんな悲しい顔は見たくない。
だから、諦めて当初の予定通り。
龍好がギルドメンバーに加わることになったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます