5-28

「リリース!」


 龍好が獲物を感知し、つかんでいた石を解き放つ。

 石が、獲物をかすめて沈んでいくのを感じ取ると……

 ゆっくり沈み込む開いたマジック・ハンドが獲物に触れるタイミングで叫ぶ!


「キャッチ!」


 巻き取りボタンを押せば急激に竿がしなる。

 見事に獲物の頭をつかみ上げていたのだ!


「栞、頼む!」

「はいな~~~!」


 龍好が栞を抱き込むように腰を下ろすと、栞が龍好の手を握り潰さない様に竿を持つ。

 二人がもっとも強く引っ張れる様に手の位置を調整し二人の共同作業が始まる。

 全く魚特有の引きが無い。

 まるで、巨大な岩の塊を引っ張っている様だった。

 みらいには、スーパーイージーモードだからじゃないと言われ。

 刹風にも、巨大ナマズが40センチのブラックバスと同じくらいだったよと言われる。

 だから、でっかい倒木でも釣ってるんじゃないのと言われた。


 いくら、マジック・ハンドでその重量を軽くしたとしても水という抵抗は別のものだと、みらいが言う。


「あんた、鯨釣り上げる時の水の抵抗って計算してるの?」

「あ……忘れてた~~~~!」

「いっとくけどね~。もし本当に鯨だったら無抵抗だったとしても20トンとかあっても不思議じゃないのよ! きちんと頭つかんでればまだしも。背中つかんでたりしたらソレこそ釣り上げるまでにタイムオーバーよ」


 みらいのもっともな意見に対し――奇術師は、独自に算出した結果をもとに言葉を並べる。


「確かにその通りですが。釣り上げられない魚はいないはずなので。最低限必要な釣り師一人に対し、ワイヤーを使って引っ張る高レベルの超重量級戦士5人が狂戦士モードで腕力を倍加させている場合を考えて、その力を平均で算出しますと30トンオーバーの鯨でも釣り上げ可能ですから。あるいはその可能性もあるのでは?」

「たっくん! うち30トンとか無理やよ!」

「安心しろ! 3トンにまけてくれてるはずだから!」

「そんなん、地球釣るんと、月釣るんとの違いしかないやん! どっちにしたって無理やよ~!」

「なに泣き言いってんだよ! お前ありきでこの作戦実行してんだから! 詩音の戦闘服手に入れるために頑張れ!」

「あかんよ! たっくん! うち、うでがパンパンしてきた~」

「はぁ~! なにいってんだよ! おまえからバカぢから取ったらネタしか残らんじゃねーか!」

「そないな、当たり前なこと言っとらんでもっと引っ張って~!」

「むちゃ言うなよ! 俺は、お前と違ってノーマルだ!」

「それやったら、うちやって鯨と綱引きなんしたことない~!」

「おいおい! はなっから、お前の腕力あてにしてたんだから、お前が根を上げたら誰が鯨釣り上げるんだよ!」

「そないなこと、言わんといて~。あかん、あかんよ。うちのあいててが崩壊の危機やぁ」

「あのぅ、あいててってなんでしょうか?」

「存在意義って意味らしいわ……」


 そういって、溜め息をはくみらい。


「なるほど」


 奇術師は、端末のフォルダにある栞語録を開いて追記していた。


「まぁ、しょうがないんじゃないの。実際。栞は、力をセーブして使うことだけを考えて生きてきたんだもの。しかも大抵の事はそれで片付いてきちゃったんだし。だから全力を出してる時のスタミナが私と同じくらいしかなかったとしても不思議じゃないわ」

「はぁ~。それって、絶望的ってことかよ!」

「悪かったわね! 絶望的に運動神経切れてて! ふんっ!」


 みらいは、拗ねてしまった。


「なぁ、おい! これって他になんか手はねぇのかよ!」


 奇術師が近くにやってきて、


「今日は、ボクもパーティーメンバーの一人ですからね。少なからず手をお貸ししましょう」


 魔法の改良を始めた。


「ダブルコンソール」


 画面が二つになり、キーボードも2セットになる。

 奇術師の手が4本になりものすごい勢いでプログラムを構築していく。

 そのあまりの手際の良さにみらいは、呆然として見入っていた。


「なにをしているのですか、みらい君? そんな暇があったら模倣する真似でもした方が建設的ですよ」


 その言葉に、カチンときたみらいは、魔法のアレンジを始める。

 その内容を横目でちらりと確認した奇術師は笑う。


「良いセンス、してるじゃないですか」

「おかげさまで。良い見本があったのでパクらせてもらってます」

「鯨かどうか分かりませんが、姿が見えるまでに組み立てて下さいね」

「分かってますよ!」


 ものすごいスピードで、魔法を構築していく二人。

 先に完成したのは、もちろん奇術師だった。

 黒い巨体の一部が頭をのぞかせるのとほぼ同時だった。

 水中の――獲物の腹と思われる部分に向けて奇術師が構築したばかりの魔法を放つ。


「サンダースパーク!」


 それは、弾ける雷。

 主に音が派手なだけで電撃的な要素は、限りなく低い。

 端的に説明するならば、黒い何かを反対側から押し上げているようなものになる。

 一発一発の威力は低くとも、連続すれば話は変わる。

 奇術師は、キーボードの操作のみで魔法の連続発射を可能としていたからだ。

 まるで水が沸騰でもしたみたいにブクブクと泡を弾けさせている。


「やるな、奇術師の兄ちゃん! ちょっと軽くなった気がするぜ!」

「だ、そうですよ、みらい君。まだ出来上がりませんか?」

「分かってるわよ! ファイヤースパーク!」


 奇術師と同じように黒い何かの背面を押すように炎が爆ぜる。

 音ばかりがすごくて熱量は、ほとんどない。

 今まで火力重視で魔法を構築していたみらいにとって予想外の使い方だった。

 それに、詠唱時間すらキャンセルするという発想もなかった。

 状況次第では、完全マニュアルモードによる魔法連撃の方が効果を期待できるのだと知った。

 もちろんそれに対する代償もある。

 魔法を弾けさせる座標を常に調整し続けなければならないからだ。 

 それを涼しい顔でやって見せている奇術師。

 しかも、みらいの10倍以上、活躍しているように見えて悔しかった。

 弾ける音が段々と近づいてくるにしたがって、その全容が見えてくる。

 龍好にとっては、想定内の大物だった。


「よし! 大物賞は、いただきだぜ!」

「さすが、たっくんや!」

「やれやれ、コレはコレは、また凄い物を釣りあげてますね~」


 奇術師は、本日の新聞の売れ行きが気になってワクワクしていた。

 岸の近くまでやって来たところで刹風が、バケツを被せに行くが……

 なぜかポイントとして換算されなかった。

 もっと言うなら、バケツに吸い込まれることもなかった。


 そのため、マジック・ハンドで軽くしたまま。

 栞が全力で持ち上げて運ぶと言うシンプルな手段しかなかったのだった。

 

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