5-23

 龍好に負けじと、眼鏡の少年も言い返す。


「うっせー! いいんだよこいつは化けもんなんだからっ!」

「だからってなぁ!」

「だまっててやっ!!」

「えっ!?」


 予想外の強い言葉に龍好はたじろぐ。


「こいつらのゆーとおり、うちは化けもんや! こないなもんいくらぶつけられたからっていたくもかゆくもないっ! それより、あんたらうちにかかわってもええのっ!? おとーさんと、おかーさんにしかられるえっ!」

「ちっ……いくぞ」

「おお……」

「っくしょー……」

 

 悪態をついて三人の男の子は去っていった。

 もし、自分達のせいで金がもらえなくなったら事である。

 それは先程栞が言った通り両親にも担任にも強く言われているし、なによりその貰った金額の一部が自分達のおこづかいになっているからでもあった。

 欲しいものが買えなくなる。

 予約したゲームが手に入らなくなる。

 それらの理由があるから彼ら三人は、あっさり引き下がったのだ。


「えと、ホントに大丈夫か?」

「ん~? なにがや?」

「やっ! だから石ぶつけられたじゃん!」

「ああ、ほんまになんともないんよ~」


 栞は、額を良く見せようと前髪を上げて見せる。


「なっ、なんともなってないやろ……?」


 それでも龍好は、せめて額にこびりついたわずかな汚れを払おうと手を伸ばす。


「あかんっ!」


 自分に触れようとした龍好の手から栞が飛び退く。


「え、あ、ごめん。さわられるのいやだった……?」

「いや、そうやないっ! うちにさわったら手がふきとんでまうっ!」

「はぁ~。んなことあるわけねぇだろ?」

「ほんまなんやっ! うちにさわったらあんたがケガしてまうっ!」

「ん~?」


 龍好は、栞の言ってる事が信じれなかった。

 触られてNGなら分る。

 でも触ってNGってのは……そんなうっかり接触しただけで危険が及ぶといった話は聞いた事がなかったからだ。

 確かに危険な存在がこの学校に居るというのは理解していた。

 それが同じ学年に居るというのも知っていた。

 しかし、栞はクラスから出る事がほとんどなかったどころか、帰宅時間も大半の生徒が学校を出てからと決められていて。

 トイレにいたっては授業中に限定されていた。

 そこまで徹底されていたため、栞との接点が極端に少なかったのだ。

 だから龍好が、この危険人物に出会ったのは初めてだった。

 ちょっと怖いとは思った。

 でも、可愛らしい丸顔と、まったりとした雰囲気がそれを完全に消し飛ばしていた。 

 だから、龍好は歩み寄った。

 栞は、一歩二歩と引き下がった。

 怖かったから、例え制御装置を持っているといっても完全ではないと聞いている。

 もし、この男の子を傷つけてしまったら……

 それが怖くて……気付けば壁を背にしていた。


「ん~……。すまん、おどかすつもりはなかったんだけど……そんなにいやならいいや。ごめんな。それと、助けてくれてありがとな」

「え……?」


 栞は、その何気ないありがとうの意味が分らなかった。

 首を振って左右を確認するも自分しかこの場には居なかった。


「いやいや、お前に言ってるんだって……」

「う……うち?」

「は~。他に誰が居るんだよ」

「えと、正義の味方とか?」

「まぁ、今回は、お前が正義の味方だな」

「はぇ……うっ! うちが! 正義の味方なん!?」

「おいおい……どうかんがえても流れ的にそうだろーが」

「そう、なん? うちが正義のみかた……」

「ああ、だからありがとうな」

「あ、うん……おおきに」

「はぁ? 礼を言うのは、俺だろうが」

「せやけんど、うちそんなん言われたん。はじめてやから……なんか、てれてまうよぉ」

「まぁいいや、それよりホントに大丈夫なのかよ?」

「ああ、ほんまに大丈夫やよ~。そんなに心配ならさわってみる?」

「ええ! だいじょうぶなのか!?」

「う、うん。ちょっとやよ! そーっとさわるんならだいじょうぶやから……と思うからぁ」

「どっちなんだよ!?」

「はい! どうぞ!」 


 両手で前髪を押し上げる栞の瞳は、頑なに閉じられていた。

 誰かが自分に触れる恐怖と不安。

 でも、触れてほしい。

 それを願って止まない心がせめぎあっていた。


「なんか、俺いじめてるみてーだよなぁ、これって」


 龍好は、独り言をつぶやいてから、ゆっくりと栞に近付き――額に軽く触れる。


「ひゃん!」 


 その可愛い悲鳴に龍好はびくっとなり!


「すまん! イタかったか!?」

「あ、と、えと、ち、ちがうんよ! ちょっとくすぐったかっただけやから……」

「んだよ、びびらせんなよなぁ」


 再び龍好は、手を伸ばし――少しばかり砂で汚れた額を拭い払う。


「よし! これでOKだ!」

「ほぇ? なにが! OKなん!?」

「いや、だから石が当たって砂が付いてたから……」

「ああ、そかぁ、ありがとうなぁ」

「は~、まいい。ってゆーかイタくもなんともなかったぞ!」

「そんなん当たり前や!」 

「え!?」

「こっちがネタふっとるんやから! ここは、わざと痛がって転げ回るとこなんよっ!」

「……すまん。俺そういうの苦手だから……」

「まぁ、ええよ。うちも素人はんにそないなリアクション期待しとらんし」

「って、おまえプロなのか!?」

「なんや、いいツッコミできるやん! あんた、見所あるなぁ!」

「……もしかして、今のもネタ?」

「当然や、うちの半分はネタで出来とるからなぁ」

「わかった……もうネタはいい」


 龍好は、心底うんざりした気持ちを押し殺して――右手を栞に差し出した。

 それを見た栞は首を傾げる。


「ん~? これは、なんなん?」 

「いやいや、ネタじゃないから。普通に友好のあくしゅ求めてるだけだから」

「えええええ! うちにあくしゅ求めてるん!?」

「それで、おどろかれるこっちがびっくりだよ!」

「そないなことしたらあかんっ! あんた、命いくつあっても足りんよっ!」

「おれは、あくしゅで人を殺せるなんて話、聞いたことねぇよ!」

「そないなことないっ! きっと伝説の殺し屋さんとかなら手に毒塗っとるもん!」

「はぁ……お前は、その伝説の殺し屋なのか?」

「いや、うちは芸人や! もっとも、まだ自称やけどなぁ」


 栞は、照れていた。

 龍好は、こめかみを押さえる。

 この手のヤツが近くに居るからだった。

 クラスメイトの慎吾しんごとよく似た空気を感じ取っていた。

 えてして、このたぐいは苦手であり、関わらない方が無難な気はしている。

 でも、助けてくれた恩人に対してせめて何かを伝えたかったのだ。

 栞の事は、それなりに聞いている。

 正直怖いと思ったこともある。

 でも、話してみたら未知の生物ではなく、ただのお笑い芸人志望だった。

 だから、先ずは第一歩だと思ったのだ。

 他の全てが無視しても自分が話そう。

 他の全てが触れないのなら、自分が触れよう。

 そのための握手なのだと伝えたかった。


「なぁ、もし、お前がいやじゃなかったら。友達にならねぇか?」


 栞は、何も応えない。

 目をぱちくり繰り返し……

 右を見て左を見て他に誰もいない事を確認する……

 そして自分を指さして、「うち?」首を傾げる。


「そのネタは、さっきやったから……賞味期限きれてるから」

「ほんまにうちと友達になってくれるんっ!」


 栞の感情は激しく乱れていた。

 制御装置代わりであるエッグがその効力を完全に発揮できないくらいに……暴走していた。


「いや、なるもならんもこっちから言ってるんだけど……」

「ほんまにええの?」

「はぁ……」


 龍好は、溜め息を一つ吐き。

 諦めたような、嬉しいような、それでいてどこか覚悟を決めた顔をして、


「俺は、芒原すすきはら 龍好たつよしだ。よろしくな!」


 右手を差し出す。

 再び差し出された手を見た栞は慌てて手を差し出す。


 そして――


 ぐしゃ!


「うちは、由岐島ゆきしま しおりや! よろしゅぅなぁ!」

「いって――――――――――!!」


 龍好の絶叫がひとけの少ない放課後の校舎に響き渡っていき――

 それから――大騒ぎになった。

 教師が、真っ青な顔して救急車を呼び。

 栞の両親も真っ青な顔して飛んで来た。

 正直、泣きじゃくっている栞を追い込んだのは自分だと思った。

 嫌がる相手に対して握手を求めたのは自分。

 自分さえ余計なことをしなければ……

 だから龍好は、無謀な勝負に出た。


「俺が、怪我したのはコイツが悪い!」


 栞は、その言葉にびっくとなりさらに泣いた。

 栞の両親も教師も真っ青な顔して――凍り付いていた。

 それでも龍好は止まれない、これは想定内。

 ここからが勝負だった!


「だからこいつは責任を取る必要がある! 今、俺の家には親が居ない。だからお前が親に代わって俺の身の回りの世話をしろ!」

「ほえ……?」


 龍好の言ってる意味が栞にとって理解不能過ぎて、泣くのも忘れてしまう程だった。

 それは、完全に少女が考えられる枠を逸脱した提案だったのだから。

 栞の両親も教師も、その意味が分らずにいた中……

 西守の担当者だけは違った。


「なるほど、確かにそれは興味深い提案ですね~」


 30代後半の優男は自分で言って、


「いままで、頂いている報告書を基にしたデータでは正直。つまらなかったのですよねぇ。どうでしょう、これを機に彼に任せてみては? うん、それなら本当の意味で彼女の様な能力者が一般人との共生がどこまで可能なのかという実験結果を得るのに相応しい」


 自分で納得する。

 西守の管理者にとって栞は、あくまで検体であり倫理観などなかった。

 例え子供でなくても。

 結果的に龍好の慰み物になっても関係ない。

 むしろ、それはそれで貴重なデータだと思ってるくらいだったのだから。

 結局この龍好が打った起死回生の一手が、そのまま採用される形となり。

 栞の両親、学校関係者を巻き込み、栞と龍好の生活はがらりと変わることになる。


 そして、この日から――


 龍好と栞との共同生活……っていうか同棲が始まったのである。



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