5-22


「おい! お前、すすきはらってヤツだよな?」

「ああ、そうだけど」


 それは、ほとんどの生徒が下校している時間帯だった。

 龍好は見かけた記憶も曖昧なヤツら3人に待ち伏せされていた。

 相手の強気な態度がかんに障り、両親に殆どかまってもらえない苛立ちをそのままぶつける様に睨み返していた。

 二人は自分よりも背が高く腕力もありそうだが、チビで眼鏡で出っ歯のヤツだけは非力そうだった。

 特に声を掛けてきた体格のいいヤツには勝てる気がしない。

 ケンカになったら100%負けるだろう。

 でもそれで良かった。

 さすがに、学校でケンカして怪我でもすれば両親も帰って来てくれるだろう。

 そんな考えが普通に浮かんでしまう程に、龍好は両親に会いたがっていた。

 声を掛けてきた一番背の高いヤツが一歩前に出て、にやりとする。

 獲物を前にした三流役者みたいだ。

 彼らの目的は龍好を使って、オンラインゲームの一つ。

 ブルークリスタルのレアアイテムをゲットする事だった。



* 



 今日も孤独な帰り道が始まる。

 殆どの生徒が帰宅した時間になってようやく教室から出る事が許される栞。

 教科書に、普通に名前が載っている紅。

 別名炎の魔女と呼ばれる存在。

 それと対をなすと、うたわれた恐怖の対象が栞。

 無垢なる破壊神と呼ばれる存在だった。

 その能力は、最も一般的な肉体強化型であり。

 言ってみれば生まれながらにして重量上げの選手。

 それも世界記録を楽勝で塗り替える事が出来る能力を秘めていた。

 その力が発揮され始めたのが幸いにも最低限の言葉が理解できる様になってからだったため、比較的周りの子らと同じような環境で育つ事が出来たのだが――

 ある意味これが栞にとっての不幸の始まりだったのかもしれない。

 紅の様に特別な存在でありながら西守に引き取られる事なく一般家庭で暮らす。

 それは爆弾処理の素人が時限爆弾を飼っているようなものだ。

 当然の様に世間からはうとんじられ、なじられる日々が始まった。

 栞がとった些細な行動は大木を薙ぎ倒す程の恐怖を周りに振りまき――なによりも両親に精神的苦痛を与えていた。

 言葉の意味が分り、両親に避けられる理由が理解出来る栞。


 甘えることは許されない。


 その苛立ちから、度々かんしゃくを起こしては両親を苦しめていた。

 かといって、娘の育成を見守り情報を提供する事で金を得ていた両親からすれば、栞を手放すことは出来ない。

 母親は精神科医に通いつめ。

 父親は、なんとかして金だけはしっかり貰い続け、かつ娘を引き取ってくれる存在。

 正確には、押し付けれる場所を探していた。

 唯一の救いは、栞がAAレベルの危険物扱いである事が周知だったこと。

 だれも不用意には近付かない。

 危険と想定されることはやらなくても許される。

 栞を受け入れれば学校は、西守からの援助が受けられて潤う。

 それが分かっているから教師の対応も特別だった。

 だから非難を浴びても投石されても我慢すれば皆幸せになれる。

 そう思って生きてきた。

 でも、きっとそれは……子供らしくない我慢の日々。

 友達なんて一人も居ない。

 不用意に外に出て恐怖をまき散らさないために学校から帰ったら家にこもる日々。


 唯一の楽しみはテレビだけだった。


 幼少の頃よりテレビを見せておけば比較的大人しくしている事を知った両親は早期に自室とテレビを与えた。

 毎日テレビを見ることだけが生きがいで、中でもアニメとお笑い関連の番組が好きだった。

 正義を重んじるヒーローやヒロイン達に憧れた。

 人々に笑いと笑顔を与えられる存在になりたかった。 

 家に、こもってテレビだけ見てれば誰も傷つけなくて済む。

 でも、それでは実証検分は出来ない。

 両親の報酬も半減してしまう。

 だから、学校にはいかないといけない。

 帰ってきてテレビの正義の味方に夢を見る。

 中でもお気に入りは深夜枠で放映されていた、まじかる☆詩音だった。


 一見すると、なんでこんな時間に低年齢向けの、しかも女の子向けのアニメがやっているのだろう?


 それは、数分としない内に理解した。

 行動も言動も正義の味方、というよりは何か別なモノだった。

 でも、他のどんな正義の味方よりもカッコいいと思った。

 素敵だと感じた。

 いつか彼女の様に揺ぎない芯を持った強い女性になりたいと思った。


 例えどんな状況でも――

 例えどんなに凶悪な相手でも――

 一撃で粉砕するその破壊力に魅了されていた。

 例えどんなに、けがれた存在であっても――

 例えどんなに自分が苦しむ結果となったとしても――

 救いを求める者を決して見捨てない心意気に惚れていた。

 自分が信じた正義を貫く姿勢に憧れた。

 自分もこうありたいと夢を見た。


 ――そして!


「やめときっ!」

「なんだ、化けもんじゃねかぁ!」

「てめーは、お呼びじゃねーんだよ!」

「うっせーばか! どっかいけや!」

「それは、うちのセリフや! なんや分らんけど、一人相手に三人がかりちゅーんは、かっこわるいえっ!」

「うるせー化けもん!!」


 背の低い眼鏡が足元にあった消しゴム大の石を拾って栞に思いっきり投げつける。

 それは、額に命中し……何事もなかった様に、ぽとりと地面に落下する。

 それを見た龍好が吼える!


「なっ! なにしやがんだてめぇ!!」

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