5-5
龍好は、エッグをマニュアルモードで起動させ。
マップとチュートリアルを同時に開いて確認作業をしながら街道を歩いていた。
石畳の街道は、きちんと整備されていて、中世の異国感漂う景色はどこまでも続いている。
しかし、それらに全く興味を示さない龍好は思ったことそのままに不満を零す。
「は~……なんで釣具屋までこんなに離れてんだ……」
街の中心に大きな湖があり、それを取り囲む様にいくつもの店が立ち並ぶ街並み。
その一等地と思われる場所に目的の場所がある。
距離にして1キロ程あった。
「にしても……」
さっきのおねーさんの顔が浮かぶ。
「そんなに釣り師ってダメな職なんかなぁ……」
竿のしなりを使って飛ばす錘の破壊力は、はっきり言って非常に危険!
更に遠心力を使って打ち込めば人の頭蓋骨なんぞ簡単に粉砕する。
だからこそ、錘を飛ばす時は、周りに細心の注意を払う必要がある。
それを、よく知っている龍好だからこそ、いまいち納得出来なかった。
おそらく考えられる弱点としてはレスポンスの悪さだろう。
投げる度に糸を巻き取ってを繰り返すとしたら実に非効率的な戦いを強いられる可能性は高い。
でも、それはそれだと思っていた。
幸いにも自分は最初からチーム、真剣狩る☆しおん♪に入ることになっているので、孤独な戦闘をする必要はない。
後方支援、もしくは後方火力と割り切れば活路は見出せると思っていたからだ。
なにも、単独で何でも出来る事が力を証明する事ではないはず。
仲間と一緒に戦って、それなりの成果を出せれば認められると思っていたからだ。
――そして、ようやく辿り着いた店は。
「でっけ―――」
でかでかと、大漁屋という看板を掲げ。
その大きさも大手釣具店並みのでかさだった。
しかも、広い敷地を無駄に使ってるとしか思えない平屋建て。
前面ガラス張りで出来た店内には大勢の客で賑わっていた。
それを横目で流し見ながら、湖をぐるっと囲む様に扇状に伸びる先の先を目指すと、
「あんで、プレハブなんだよ! 明らかにネタじゃねーか!」
オンボロ小屋があった。
もし、栞が居たならきっと大喜びしただろう。
「釣り師専門店。大漁屋。間違ってね~」
よれよれになって文字のかすんだ看板は傾いているが。
画面に映し出される情報と間違いなく合致していた。
とりあえず中に人が居るか確認しようと、
「すんませ~ん! 新しく釣り師になりました者ですけど~!」
声を掛けるが返事は返ってこない……
しかたなく、がらがらと引き戸を開けて、
「こんちわ~すっ」
中に入ると電気も点いていない。
薄暗い中には、龍好より少し年上くらいに見える、おねーさんが安物のパイプ椅子に座って居た。
日に焼けた小麦色の肌。
ココではないどこか、過去か、未来を見るような力ない顔。
それと一緒に白いロングティーシャツの真ん中にでかでかとプリントされた向日葵もうなだれていた。
丈の短いジーンズにサンダル。
あとは、麦わら帽子と笑顔があれば立派な夏少女の出来上がりである。
きっと、そばにある湖によく映えることだろう……
でも、おねーさんは、ただただ、寂しげに呼吸を繰り返すだけだった。
龍好が、全く反応しないヤツに次は何て声を掛けようか?
そんな事を考えていると。
それは、突然お化けでも見たように驚いて立ち上がり!
「え、え、え、あ、あのですね! ここは、釣り師専門のお店でして、一般の方は、隣の大きな大漁屋さんに行ってください! 紛らわしい名前掲げちゃっててごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
明らかに勘違いしたセリフを並べまくり。
ウエーブのかかったショートヘアーのオレンジ頭をぺこぺこ下げていた。
「あ、いいっすよ。俺、新しく釣り師になったもんすから。これからよろしくっす」
龍好は出来る限りフランクに言ったつもりだったのだが……
ここでも微妙な空気がまんえんし始めていた。
「は~。もしかして、登録所の方、代わってしまったのでしょうか?」
龍好の脳裏に先程の、おねーさんの泣き顔が浮かぶ。
いまさらながら、よくアレに耐えれたと思う。
「いや、名前は知らないっすけど、長くやってる人みたいだったかなぁ……なんでも、釣り師になった人達に酷い目にあわされたって泣いてましたから、間違いないっすよ!」
「はい――!?」
おねーさんは、変人を見る目で龍好を見据え、
「ありない。うん、絶対ありえないから……」
ぶつぶつと独り言を繰り返していた。
今日は厄日なんだろうか?
龍好は、リトライに来てからの事を、はんすうする。
最初から予想外の展開で疲れまくってる所に職業案内所でも揉めて……
そして、現在も一悶着ありそうな気配がびんびん漂ってくる。
きっと、4人一緒で、この世界に来なかったバチが当たったのだろうと諦めて。
オレンジ頭を諭すことにした。
「なぁ、お姉さん。俺は、龍好。新参者だ。そして今日からリトライ最強の釣り師を目指す事になった。なんとなく言いてーことは分るが協力してくれ。職業案内所のおねーさんとも約束しちまったしな」
オレンジ頭は、目をぱちくりさせていた。
龍好は、このまま畳み掛けなければ活路は開けないと一方的に言い切る。
「さっきも職業案内所で釣り師が、ダメな職業だってのは聞いてきた! でもな! 俺は、そんなことねーと思うんだよ! 俺は気転と発想で乗り切れると思う! だから協力してくれ! 釣り師が使えねぇ、ダメな職だって言ってる連中を見返してやりてーんだ! なっ、このとーり! 頼む!」
龍好は、拝んでいた。
まるで、神様にでも祈る様に。
もう、これ以上疲れる展開が心底嫌だったから。
しかし、自分が良かれと思ってした行為が必ずしも事態を好転させるとは限らない。
「っひっく……っく、ひっ、っく……」
オレンジ頭は、泣いていた。
大粒の涙が頬を伝い落ち、古ぼけたベニヤ板に斑点を増やしていく。
龍好にとっての最強の敵は泣いている女の子である。
(なんでじゃ―――――!)
龍好の心は、絶叫していた。
こうなる展開だけは避けたくて打った起死回生の一手が、まさかの自爆スイッチ!
何か事態を好転する案は無いかと模索している内にオレンジ頭が龍好に近付いて来て、
「まっ、て、いま、っく、した、くっ、ひっ……っく、ゆう、しゃ、ひっ……さま」
と言って、両手をがっちりとつかんだ。
「はい?」
龍好は、そうこたえるのがやっとだった。
なんとなくだが、危険な香りが漂う展開のデススペルが聞こえた気がした。
聞き間違いでなければ、ゆうしゃさまという言葉が聞こえた気がした。
きっと、これまでの展開に脳ミソが溶けてしまって、ついでに幻聴まで聞こえる様になったのだろうと自分に言い聞かせて平静を装うも、
「あなたは、私の勇者様です……」
現実は厳しかった。
オレンジ頭の言ったセリフに龍好は、
「ヒッ――」
硬直する。
逃げることは簡単。
でも、職業案内所での約束を、ほごにはしたくない。
しかし、逃げなければ電波系な担当者との闘いは避けられない。
どちらも選択したくない選択肢だった。
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