5-3


「では、どの様な騎士がよろしいでしょうか?」

「じゃあ、釣りが上手い職がいい」


 あるもんなら出してみろといった感じで言い放つ龍好。

 それに対し、おねーさんは、ぽんと拍手を打つと。


「あー、そうでしたか。それで合点がいきました」


 おねーさんの目が輝く。

 龍好もようやく希望の光が見えたと食いつく。


「なんだよ! 釣りが上手い職業あるんなら最初からそれにしてくれよな!」

「はい! 申し訳ございませんでした」


 おねーさんは、頭をさげて非を詫びると、


「では、こちらでよろしいですね」


 新しい、用紙を差し出してきた。

 そこには、銃剣守護騎士と書かれていた。

 先程までとの変更点は、以上で終わり……


「だから、なんで騎士限定なんだよ! って! ゆーか! コレ、釣りは釣りでも魚釣りじゃなくてモンスター釣る時に使う銃じゃねーか!」


 おねーさんは何がいけなかったのか全く分りませんといった顔で、同じセリフを繰り返す。


「えと、銀時計様ですよね?」

「だから! 俺は、龍好だ! た・つ・よ・し!」

「つまり、銀時計様ですよね?」


 だめだと思った。

 落ちが読めない。

 この展開は予期せぬ事だったとはいえ、誰の差し金なのか全く分からない。

 栞だったら、こんな人のトラウマにざっくりと切り込む様な事はしない。

 刹風に限って言えば、こんな手の込んだ事は出来ない。

 唯一の可能性として、みらい。

 なのだろうが、それでもふに落ちない。

 みらいが人をおとしいれる時は、必ず自分で行動する。

 こんな人を使っておとしいれるような事はしない。

 しかし、ここにいたってもいまだに、みらいは顔を見せない。

 まるで、誰かが勝手にこの企画を立ち上げて誰かのために行動している様な感じすらする。

 その、誰のために何のためにやっているのか全く見当が付かない。


 だから――


「もういい!」


 そう言って、そこにあった全ての紙を引き千切って紙吹雪に変えた。


「どこの、だれがこんなまどろっこしいことをしてんのか分らんが先ずはそいつを連れて来い! 話は、それからだ!」

「かしこまりました、銀時計様」

「それでは、失礼します。銀時計様」

「それでは、失礼します。銀時計様」


 三人は、深々と頭を下げると――それぞれ悲しさ寂しさ切なさを残し、その場から消えてしまった。


 そして――


「やはり、説明も無しでは、受け入れてもらえませんでしたか……」


 黒いタキシードに身を包んだ細身の長身。

 肩幅の広いがっちりした爺さんが龍好の脇に出現した。


「げ……」


 服に合わせたであろう黒いシルクハット。

 手に白いシルクの手袋をはめ。

 片方に黒い杖を握り。

 もう一方を胸にあてお辞儀をする。


「こちらの世界では、お初にお目にかかります」

「はぁ……」


 凛と伸びた背筋。

 白い髭と眉。

 しかし――声は、老人とは思えぬほど若々しい。

 しっかりとした物言いも、ソレを肯定するには、じゅうぶんなほど生き生きとしている。

 まるで、日々何かと戦っている勇ましさすら感じた。

 それなのに、顔のパーツがそれを台無しにしていた。

 パーティグッツの一つ。

 通称鼻眼鏡を装着しているのだ。

 もう、それだけで、これはネタだったんです。

 そう認識してもいいだろう。


「で、これは、だれの差し金だ?」


 無駄だと思いつつも聞いてみる。


「全ては、私が一人で決め、知人に手伝ってもらった次第であります」

「知人ね~。なんか、みらいの関係者っぽい感じがするけどなぁ」

「大変申し訳ございませんが、それらに対する返答は致しかねます」

「ふっ。じゃあいい。詮索はしねー。目的はなんだ?」

「貴方に銀時計を名乗って頂き。その上で、銀十字騎士団に入って頂きたいと存じます」

「わりーがそれは、できねー。俺は、連れと一緒に、真剣狩る☆しおん♪でやることになってるからな」


 鼻眼鏡を付けた老人は、


「そうですか……」


 とても悲しそうに呟いた。


「さっき銀十字騎士団の名前を出したが、って。詮索はしねーって言ったばかりだったな」


 もしかして慎吾しんごがかんでるのだろうか?

 と思ってみたが――それは、リアルで確認すれば済む話。

 ここで、吊るし上げてもしょうがない。


「はい。そうして頂ける幸いでございます」

「じゃぁ、代わりにこれだけは聞かせてくれ。どうしてあんたはこんな回りくどい事をした」

「一つは、私の正体を貴方に知られたくないがため。もう一つは、貴方様に後悔して欲しくないと思ったからであります」

「は~。後悔だ! 言ってくれんじゃねーか! 勝手に他人に引かれたレール進むのが後悔の無い道だって言うんかよ!」

「そうは、申しません。ですが、今回の件につきましては、僭越せんえつながらコレが最後の手段だと思いまして。差し出がましい事をさせて頂きました」

「ああそうだな! わりーが、ホントーに差し出がましい! もう、二度とこんな事すんじゃねーぞ!」

「はい、ご安心下さい。言われなくとも、本件におきまして私はリトライのアカウントを失います。ですから二度とこの様な干渉は許されません」

「……まぁ、ならいい」


 さっきのおねーさんとうって変わって、しゅしょうな態度を取り続ける爺さんに対してどうしても攻め立てづらかった。

 きっと、この鼻眼鏡にも思うところがあって手の込んだ真似をしたのだろう。

 それだけは、痛いほど分ったから……

 だから、礼だけは言おうと思った。


「なんか、期待はずれですまなかったな」

「いえ、そんな滅相もございません!」


 老人は、驚いた声を出す。

 鼻眼鏡で表情は良く分らないがきっと驚きを浮かべているのだろう。


「いや。あんたが、誰かのために行動した。それくらい俺にだって分る」

「有難きお言葉、痛み入ります」

「ありがとうな、どっかのおっさん」

「それでは、……」


 爺さんは胸に手をあてて、溜め息を吐く。


「ん? まだ、なんかあったのか?」

「はい、実はコレをせめて渡しておこうかと思っていたのですが……」


 爺さんが胸ポケットから出したそれは、ひしゃげた銀の懐中時計だった。

 茶色に変色し――ガラスは、ひび割れ半分以上無い。

 時を刻む事を止めた。

 壊れた銀時計。

 とても、利用価値があるとは思えない代物だった。


「なぁ、いくら俺が銀時計を名乗るの止めたからって時計に罪はないだろ?」

「いえ。これはその様な意味で用意した物ではございません」

「じゃあ、なんなんだよ」

「はい……」


 老人は、ゆっくりと、でも一類の望みを託すように言った。


「これは、煩わしい転職の手続き無しに特定の職業に転職出来るアイテムなのです」

「なるほど、条件をそろえれば俺が銀時計……いや、騎士として銀時計になれるアイテムってことか」

「はい、その通りでございます」

「言っとくけが、使うとは限らんぞ!」

「――では! 受け取って頂けるのですか!」

「ああ、ここで無下にしたら、あんたの頑張り全否定した事になっちまうだろ。それにアカウント失効って事はある意味命懸じゃねーか。そこまでした男の頼みだからな」

「ありがとうございます」

「わりいが。おっさんのなみだにゃ興味ねーぞ」

「いえ。これは感謝の心であります故。お見逃しして頂けると嬉しいかと」

「んじゃ、ありがたくもらうぜっ!」


 龍好は、老人の手から壊れた銀時計を奪い取る。

 それは、相手の心意気に対する男としての礼みたいなものだった。


「にしても、ひでーなぁこりゃ……ほんとに使えんのか?」


 やはり、アイテムとしての価値があるとは思えない。


「はい。それは、間違いございません。と言いたいところなのですが……実は、使用制限がありまして。なんと言いますか……」

「その気になって使ってみても、見た目通りゴミでしかなかったって落ちもあるって事だな」

「はい。まったくにもってその通りでございます」

「ふっ。まぁいいさ」

「では、どうか後々悔い無き道をお進み下さいませ」


 爺さんが深々と頭を下げると、そこは当初の予定通り。

 ビジネスホテルのフロントみたいな場所に差し替えられていた。


「ったく。後悔なんてしねーっつーの!」

「あの~。始めていきなり後悔とかって言葉使うのは良くないと思いますよ」


 声の方向に向き直ると。

 そこには、人懐っこいぽやーっとしたおねーさんが居た。


「全くにもってその通りだ。もっともなツッコミをありがとう」


 先程とは違う青いメイド服を着込んだピンク色した髪のおねーさんに礼を言うと。

 みらいにレクチャーされた通りの展開で話は進み無事。

 龍好として、このリトライの住人登録が完了した。

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