5-2

 そして――


「いらっしゃいませ、銀時計様!」

「お待ちしておりました、銀時計様!」

「ようこそリトライへお越しくださいました、銀時計様!」


 うやうやしくお辞儀をするメイドさん姿の女性が三人居た。


「え……と……?」


 どう考えても、教えてもらっていた状況と劇的に違う現状が全く飲み込めない。

 龍好は、引きつることも、ツッコムことも、逃げることも忘れて放心していた。

 メイドさんの格好をしたNPC役の女性が案内してくれると言っていたのは覚えてる。

 でも、三人ではなく一人だったはず。

 赤い絨毯が敷きつめられているという話も聞いていない。

 確かに、ホテルのロビーみたいだったとは言っていたが……どでかいシャンデリアがあったり。

 白い布の掛かった大きな丸テーブルが用意されているとは言ってなかった。

 カウンターの向こうでレジでも打つみたいに登録してからリトライのルールについて説明を受けたと聞いている。


 それなのに、実態は全く違う…… 


 煌びやかな銀色の羽飾りが付いた鎧。

 頭部には、懐中時計が埋め込まれていて。

 時が刻まれ始めるのを今か今かと待っている。

 それと、対をなして置かれている宝飾された銀色の鞘。

 それには、鮮やかな青いラインが縦に二本走り。

 その身に包んだ名無しの聖剣を早く抜いて名付けろと言っている。


「すんません、まちがえました」


 いちじるしく動揺した龍好は、月並みなセリフを言うだけで、いっぱいっぱいだった。

 振り向いて、帰ろうにも出口は見当たらない。

 どこまでも続く赤い絨毯とシャンデリアの照明。

 まるで、地平線の彼方まで続いているかのような錯覚すら覚える。

 途方に暮れた龍好を一人の女性が手を引いて丸テーブルに案内する。


「銀時計様。どうぞこちらに」

「あ、はい……」


 正に夢心地だった。

 まぁ実際、夢の中での話しなのだが。

 もう一人の女性が、椅子を引いて、


「どうぞ、お座りください」


 満面の笑みを浮かべる。


「あ、はい……」


 龍好は、言われるがまま椅子に腰を下ろすと、テーブルの上に偉い人が使ってそうな判子が置かれていた。

 そして、最後の一人が一枚の紙を持ってきて差し出した。


「銀時計様。どうぞ、ご確認くださいませ。問題が無ければ、こちらに登録されています内容でそのままゲームを開始させて頂きますが、いかがでしょうか?」


 にっこりと、微笑むおねーさんは可愛かった。

 ライトブラウンのウエーブした髪。

 それは左右とも外に向けててカールされていて西洋風の格好に良く馴染んでいた。 

 言われるままに見た、その白地に書かれた文字は――


 登録名、銀時計。

 職業、神聖守護騎士。

 登録ギルド、銀十字騎士団。

 悲しくも懐かしい名前と、たいそうな職業名が書かれていた。

 意味は分らないがとっても強そうな気がする。


「えと……これは、ナニ?」


 もっともな質問をしたはずなのに、メイドさんは不可思議な顔で返答する。


「えと、銀時計様ですよね?」

「いや、俺は龍好だ……」

「つまり、銀時計様ですよね?」


 頭の痛い展開だった。

 確実に、だれかが仕込んだとしか思えない匂いがぷんぷんと漂っている。

 そこに後ろで、控えていた二人が囁き出す。


「だから、二つ名の方がいいって言ったじゃないですか!」

「でも、私はやっぱり、この方が良いと」

「バカ、だれもあんたの好みなんて聞いてないでしょ!」


 それを見てメイドのおねーさんが聞く。


「あの~、もしかして、お名前が御気に召さないのでしょうか?」

「名前ってゆーか……だれの」


 差し金って聞いてもこたえてはくれないだろう。


「分りました。では、僭越せんえつながら、こちらで用意させて頂いたものがございますので。その中からお好みのものをお選び下さいませ」


 追加して差し出された紙は三枚。

 一枚目は、放浪する銀時計と書かれていた。

 以前迷子のお知らせで名をはせた馴染み深くも痛い二つ名。

 二枚目には、カタカナでシルバークロックナイトと書かれていた。

 無駄に長くて読み辛いと思った。

 三枚目は、二枚目同様にカタカナでシルバークロックナイツと栞が喜んでくれそうな名が書かれていた。


『しるばーくろっくないつって。なんか、かっこえぇなぁ』


 いつぞや栞が言っていた言葉が、脳裏をよぎる。

 でも、心は龍好で決まっていた。


「いや! 俺は、龍好だ!」


 強く言ってみても現状は好転する気配を見せない。

 またしても、後ろの二人が言い合いをする。


「ほら、言ったじゃない! やっぱり職業勝手に決めるのはよくないって!」

「なによ! あんただって、最初はのりのりだったじゃない!」

「でも、やっぱり御自身で選んでもらうのが一番だって!」

「え~。私としては、コレが最強っていうか最適だと思うわよ!」

「だから、誰もあんたの好みなんて聞いてないんだって!」


 それを、聞いたメイドのおねーさんは、


「え~と。もしかして御職業が御気に召しませんでしょうか?」


 ばつのわるそーな顔で頬をかいている。

 どうやら、後ろの二人同様。

 堅苦しい演技は、あまり得意ではなさそうだった。


「ん~。まぁ、確かに。こんなわけ分らん職業じゃなくてきちんと敵性審査してもらってから決めた方がいいんじゃねーの?」


 おねーさんは、目をはちくりさせて、


「えと、銀時計様ですよね?」


 痛い展開を再開し始めた。


「いや! 俺は、龍好だ!」

「つまり、銀時計様ですよね」

「は~」

「では、お名前は銀時計で決まりと」


 言ったと思ったら――ポンと判子を押す。

 判子が剥がれた後には決定の赤い文字!


「あに、かってに決めてんだよ!」


 無駄に鍛えられたツッコミが炸裂!

 さすがに、ここまでくると龍好の心にもゆとりが出来てきていた。 


「では、次にご職業の選定をお願い致します」

「言っとくけど、職業決めたらきちんと名前変更しろよな!」

「では、どの様な騎士がよろしいでしょうか?」

「いやいやいや、なんでナイト限定なんだよ!?」

「えと、銀時計様ですよね?」

「俺は、龍好だ!」

「つまり、銀時計様ですよね?」

「お前、ある意味NPC役上手いよな!」


 もうコレで三回目。

 何度話しかけても同じ台詞を繰り返すゲームのNPCみたいだった。

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