4-12
しかし、
「あぁ、俺のアイスが……」
龍好のアイスは、栞に食べられてしまった。
「その、悪かったわよ。ごめん、あやまる……」
みらいは、ともかくとして落胆した表情を浮かべる龍好には、心底悪いと思った。
度々、好物のエビフライや、鳥の唐揚げ等をもらっていた立場として……
一方的に楽しみに取って置いたバニラアイスを奪ってしまった以上。
相応の侘びをしないと気が済まない。
恥ずかしくもあったが。
龍好がイヤでなかったら、今の栞がしたみたいにさせてもいいかなぁ。
くらいには、ちょっぴりだけだけど考えもしていた。
でも、結果は栞のお腹の中に納まり。
龍好は、がっかりとしている。
妙案は思いつかないまま。
「ほれ、これで機嫌を直せ!」
どすん、と、山盛りのバニラアイスが丼で龍好の前に置かれた。
スプーンが4つ刺さっている。
「どうした。これが好きなんだろ? だったら、遠慮せずに食え」
「あ、えとですね。実は俺、ちょっぴり溶けかけが好きでして。それに、そのこの量は、ちょっと……」
「んぁ? 別に、お前一人で食べんでも、4人で分けて食べればよかろうに」
紅がしゃべってる間に、アイスの表面がみるみる溶け始めていた……
「すげー! やっぱり紅先生の力って便利ですよね!」
龍好が感激していた!
「いや、普通はドン引きされるんだがな……」
「そんなことないですよ! だって、この力あったらガス止められても困らないじゃないですか!」
「そ、そうだな……」
昔に似たような事を言われた事を思い出し、ちょっぴり沈んだ顔をする紅。
そんな事よりも、刹風にとっては先程の詫びが残っていた。
「なぁ、せっちゃん。たっくん、みらいちゃんに右手齧られてまったから、食べさせてあげてなぁ~」
「あ。うん、わかった……」
正直なところ、こんなことで許してもらえるとは思えないが。
それでもなにもしないよりはましと頷いた。
ドキドキしていた。
形はどうであれ、こんな形でしたことなんてないから……
刹風は、立ち上がりスプーンを一つ取る。
そして、溶けた部分と、まだ溶けていない部分を掻き混ぜて龍好の好みに合わせる。
「はい、龍好、あ~ん」
「ん! ああ、あ~ん」
ちょっぴり赤い顔した刹風同様に龍好もちょっぴり照れていた。
「美味しい?」
「ああ、丁度良い感じだ♪」
「じゃあ、私も」
いつもなら違うスプーンを使うのに動揺している刹風は、そのままの動きでアイスをすくい咥えていた。
「う~~ん♪ やっぱりココのアイスって美味しいわね~♪」
そして、そのまま――
アイスすくってを龍好の口に運ぶ。
「あ~ん」
「あ、あ~ん……」
「どうしたの?」
「あ、いや、その……」
龍好の照れた表情の意味が分らずに刹風はアイスを自分の口に運び――龍好の口にも運ぶ。
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん」
当たり前に同様の行動が繰り返され続けている。
栞は、にたにたしながら状況を静観し、ツッコミのタイミングを計っていた。
ソレを見た紅も栞の案に乗ろうと、じっと見守っている。
つくづく栞は、敵ではなく見方にして置くべき人材だと思った。
一方みらいは、呆然としていた。
刹風は、刹風だけは、この手合いが苦手で恥ずかしさから出来なかったはずなのに。
表情から照れているのは分るが、明らかに楽しさが勝っている。
てっきり、直ぐに失態に気付いて止めると思っていたのに、止まる気配が感じられない。
栞も、紅もにやにやしている!
ならば、自分が止めるしかない!
「あやや~! お二人さんラブラブやね~♪」
しかし!
口を開こうと息を吸った瞬間を栞に打ち落とされ!
みらいは、出鼻をくじかれていた!
どうせ止まらないなら。
下手に、否定してヤケをおこされるよりも、からかい半分で煽った方がより楽しめると判断した栞。
その言葉の意味を察してしまった刹風。
「な、っ!」
みらいが言わんとしたこととは違うが、こらなら刹風が止まってくれると思っていたのに……
事態は、さらに悪化していく様子を見せ始めていた。
その流れを感じ取った紅は笑う。
「あははは、残念だったな、みらい!」
そして、刹風の手が一時止まった。
頬が、すっごくあっつくなってくるのを実感していた。
自分がしていた事がいかに恥ずかしい事をしていたか……
龍好の顔を見れば、一目両全。
栞の指摘を受けて真っ赤に染まっている。
でも、でも、だった。
あれは、みらいや栞には見せない自分にだけ向ける表情。
胸の鼓動がばっくんばっくんいっていた。
「おいおい、矢月。なにを恥ずかしがることがある。普段こやつらのやっていたことに比べれば可愛いもんじゃないか。安心しろ、私が許可する。存分に楽しんでくれ。あはははは」
教師からの許可。
それも紅が許するというなら天下無敵。
もはや、みらいに反論の余地は無かった。
「ほれほれ、早くしないとアイスが溶け落ちるぞ!」
ほんのちょっぴり、溶ける速度に手を添えて刹風の背中を押してやる。
止まっていた手を確信的に動かす――
ドキドキで手が、声が震える刹風。
「はい、龍好。あ、あ~ん」
「あ!? あ~ん」
龍好も、すっごく意識してしまい、どきどきが止まらない。
「お、おいし~い?」
「あ、ああ、あ、おしいよ……」
刹風は、まっかっかになりながらも先程の行為を強行し始めた。
「あやや~♪ せっちゃんかわええなぁ~♪」
「いや~。まったく羨ましいかぎりだよなぁ。みらい」
「ううう~……」
みらいが、おもいっきり睨むも……
「な、なによ、その、いつもあんた達が普通にしてることじゃない。その、べつに私がしたっていいんじゃない」
「せやな。せっちゃんが正しい!」
「ちょ! 栞!」
「あんな、みらいちゃん。たっくんに、だっこされたまんま、ごはん食べさせてもらってた人が言うことやないと思うよ~」
「そうだな。由岐島が正しい! だいたい、お前だって似たような感じで食べさせてもらってたじゃないか。それに比べたらずっと可愛いと思うぞ。あはははは」
栞が、アイスに手を出さないのは、みらいを追い込むための時間稼ぎだった。
「く――!」
とにかく問題の元凶を無き物にするしかないと!
みらいはスプーンに手を伸ばすが、慣れない片目のせいで空を切る。
「うう~~~」
ちょっぴり、泣けてきた。
「ほらよ、みらい」
「へ?」
「あ~ん」
スプーンを取り損ねたみらいに代って龍好が左手でアイスを乗せたスプーンをみらいの口に運んでいた。
「あ、ありがと……」
ぱくりと、アイスに食いつくと、再び龍好の手が伸びてアイスをすくいに行った。
刹風は、相変わらずまっかかのままで、龍好と一緒にアイスを食べていて。
でも、龍好はきちんとみらいの口にもアイスを運んでくれていた。
それを見た栞がようやく動き出してアイスを食べ始める。
「やっぱり、みんな仲良くがええからなぁ~♪」
得意満面声で――してやったりといった顔をしていた。
刹風の手は、止まらない――
「はい、あ~ん」
「あ、いや、その、刹風の番だから……」
「い。いいから、ほら、あ~ん」
「お、おう。あ~ん」
龍好も、思いっきりテレながらも喜んで咥えている。
恥ずかしいけれど、相手が嬉しいというのなら、詫びに相当する。
アイスは、冷たいはずなのに。
心と身体は、燃える様に熱く感じた。
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