4-11

 いつものように4人仲良く学食で食事をしていると珍しい人物が現れた。

 ステーキセットを持った紅である。

 みらいの様子を一目見て、なにかあったのを察した紅は、独自のルートで昨晩の事を調べ上げていたのだ。

 そこで、もう一度――龍好に頭を下げに来たのである。


「すまんが芒原。無理を承知で私の願いを聞いちゃくれないだろうか?」

「いちおう、聞くだけは聞きます」


 紅の視線は、一度みらいに流れ――そして、龍好に真剣な眼差しを向ける。


「このとおりだ! 頼む! 私に出来る事ならなんでも願いを聞いてやるからリトライに行ってくれ!」

「いいっすよ」

「本当か! 本当なんだな!?」

「はい。男に二言は、ありません!」

「ふ~~~~」


 紅は、盛大なため息をはくと、龍好の隣に座る。

 その顔は、心底ほっとしていた。


「じゃぁ、あの、宿題とレポート地獄から開放してください」

「なんだ、そんなことでいいいのか?」

「だったら、その肉、一切れ下さい」


 実に食べ盛りな少年みたいな願いではあるが……あまりにもあっさりしていて物足りなく思ってしまう紅だった。


「こんなもの、一切れと言わずに全部くれてやってもいいぞ?」


 そして、間接キスを全く気にしていないと思って自分のフォークで龍好に肉を差し出すと、


「ダメよっ!」


 みらいに文句を言われた。

 他の二名からも殺意にも似た強烈な睨み方をされ、不思議がる紅。


「なんでだ? いまさらなにか恥ずかしがる事でもあるのか?」


 紅の疑問には、刹風がこたえた。


「みらいや栞は、ともかく。紅先生は、ダメです! って言うか、みらいがもんく言ってなかったら私が奪ってましたから!」


 紅と刹風の距離は、結構ある。

 斜め向かいならまだ分らなくもないが、更にその隣。

 席を立ってからいちいち回り込んでいては、肉を奪う事は、至難の技。

 そこに興味をもった紅が言う。


「ほ~、そいつは面白い。だったら、奪って見せろ。見事、奪って見せたらくれてやろう」

「え! ホントにお肉もらっちゃってもいいんですか!?」


 刹風は、すでにもらった気で満面の笑顔で声を張り上げる。


 周りは、紅が来た時点で、ドン引きして距離を置いている。

 うっかり、踏み込んでしまった者すら逃げていく中――

 遠巻きに見る新入生達の中には、何が起こるのだろうか?

 興味津々で眺めもしていたが、それは一時だけ。


 係わってはいけない連中だと上級生にたしなめられ距離を置いて目を逸らす。


 刹風が、食事の終わった丼の上に置かれた箸を再び握りしめて構える。


 それは――急降下から羽の動き一つで水平移動に切り替えて獲物を啄ばむツバメの様に流麗だった。

 まるで、剣道の有段者にすら匹敵する突きと見紛う程の勢いで空を切り裂き箸が伸びる!

 距離を稼ぐためにぎりぎりまでテーブルに身体を沈めて肉を奪い取る!


「やっり~! いっただきま~す!」


 久しぶりに食べた、上質なお肉の味はとっても美味しかった。


 紅は、ぽか~んとしてしまった。

 その気になれば防御は出来た。

 ただ、余りの美しい軌跡で伸びてきた箸に見とれてしまったのだ。

 その中でも特に身体の、使い方。 

 鍛え上げられた肉体をきちんと使うには、当然日々の鍛錬が欠かせない。

 俊敏性に特化した身体を作っていることは見た目で判断していたからこそ。

 その性能を測ってみたくて提案したら予想の遥か上をいく素材だったからだ。


 しかし――!


 そんな、ものなんてどうでもいい!

 といった感じで空気は一変。

 深刻かつ凄惨な乙女の睨みが増していた。


「なぁ、刹風……。それは、私を食べてと言う意味なのか!?」


 龍好は、刹風の胸を睨んでいた!

 かなり、ご立腹である。


「ばっ! なんで、そうなるのよ!?」

「うちには、そんなお肉なんかよりも私の方が美味しいのよって、言ってる様にしかみえへんなぁ!」

「あら、私には、今日のデザートは、わ・た・し・よ♪ って、言ってる様にしか見えないんですけど!」


 栞も、みらいも刹風の胸を睨んでいる。


「ちょ! なんで、そうなるのよ!?」

「だったら、俺のアイス返せよ!」

「私のアイス返してよ!」


 四人の視線が、刹風の胸に注がれている

 刹風の左胸には、龍好の頼んだAランチのデザートがべったりと張り付いていた。

 刹風がギリギリまで身体を沈めた瞬間――その下にあったバニラアイスがごっそりとプレスされ制服の上着に張り付いてしまったのだ。

 プラスチック製の小さなお皿が重力に引っ張られて、ゆっくりと――落ちていく。 

 空になった丼の中で――からから音を立てている。

 その、器には殆どアイスは残っていない!

 刹風は、自分の胸にべったりと張り付いた、バニラアイスを見て悲鳴を上げる。


「ちょ! っと! って! ええ~~~! なによこれ!?」


 なるべく係わらない様に遠巻きに陣取っていた連中は、千載一隅のチャンス。

 刹風の短いスカートの中身が思いっきり見えていた瞬間を見逃していた事に気付かず。


 何が遭ったのか?


 と、再びちらちらと見ては、視線を外していった。


「肉を獲ると見せかけて私のアイスを盗るなんて! 革新的にて斬新な奪い取り方だったわね! だからと言って私のアイスを差し出す云われはないわ! 返してよ!」

「いや! 俺のだから! 俺のアイスだから!」


 龍好は、溶けかけのバニラアイスが大好きだった!

 丁度いい感じに溶けてきていて楽しみにしていたのだ!

 ちょっぴり、涙目で訴えている。

 龍好の好みを知る刹風にしても、さすがに悪いことをしたと苦笑いを浮べる。

 紅だけは、あれほどの見事な体術を魅せた事に全く無関心な、三人が不思議でならなかった。

 しばらく……ぽか~んとしたまま自体の行く末を見守っていたのだが。

 栞に耳打ちをされ、にやりとして――その場を離れる。

 形は、どうであれ。

 やはり、龍好に対して礼をしたいと思ったからでもあった。


「って、こぼれちゃうじゃない!」


 溶け落ちそうになったアイスを指で、すくって、ぺろりと舐めあげる刹風。

 始めて食べた学食のバニラアイスの芳醇な香り。

 控えめな甘さは、とっても美味しかった♪


「あら、これって、けっこう美味しいじゃない!」

「だから! 俺のだから! 返せよ!」

「あんたは、だめよ!」


 立ち上がろうとした龍好の行動を奪うべく!

 みらいは龍好の手に「がぶっ!」っと噛み付く!


「いて! って、なにすんだよ!」

「ふぇふふぁん~、ふぉっふぁいふぃふぁんふぇふぃふぃふぃふぁふぇふぁふぃんふぁふぁふぁふぇ!」

(刹風の胸になんか吸い付かせないんだからね!)


 みらいも、甘いものは大好き!

 最低でも半分はもらうと決めていたのだ!

 だが、そんな事よりも対象は目の敵!

 先程の言動から危険なネタを振りかねない!

 しかも――刹風の、ちょっぴり頬に朱を灯した顔つきは、そのネタを容認しかねないと判断した!

 そんなところに龍好を向かわせたら、最悪帰ってこれなくなる!

 絶好の機会到来と判断した残念な思考回路が舞台を整えるために、ゆっくり刹風に忍び寄る。

 照れた顔して自分の胸と龍好の恨めしそうな顔を行ったり来たりしてるだけの視界に栞は映っていなかった。

 そして、栞は――左斜め後ろから抱き付く様に刹風の両手を拘束し、


「ちゅ~~~~」


 っと、バニラアイスを舐め取り。

 吸い取ってしまった。


「や~。せっちゃんのおっぱいは、甘くて美味しいなぁ~」

「ちょっ! 栞! なんてこと言うのよ!」


 口では、文句が飛び出すが、かーっと顔が熱くなる。

 頭の中で似たようなセリフを言っているヤツが居たからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る