4-6
だから――
「ありがとう小春、着替えはソコに置いておいて。私は、このまま学園に行きます。いつも通り。車は、いらないと伝えておいて下さい」
「かしこまりました。お嬢様」
それは、うやうやしく頭を下げると、とてもても嬉しそうな笑みで、
「それでは、お嬢様御武運をっ!」
軍人さんみたいな敬礼をして去って行った。
(やっぱり、これが狙いだったか……)
龍好は、なんとなくおばはんメイドの考え方が分ってきてる自分がイヤだったが。
「は~……」
諦めきった溜め息一つだけで全てを受け入れる覚悟をしてみせる。
「もしかして、こうなる事が分かってたの?」
「ん、あぁ。なんとなくだけどな~」
それは、後悔と諦めと優しさが混在した龍好らしい笑み。
みらいは、この顔がけっこう好きだったりする。
龍好の視線が抱き上げた女の子と玄関に置かれたバックと玄関の鍵を行ったりきたりする。
内心、『めんどくせーなぁ、一回で片付けて~』だったからである。
「すまん、ちっと待っててくれ」
「あ、うん」
『何を待つの?』と確認する前に床に降ろされて理解するみらい。
龍好は、小走りで玄関の鍵をかうと鞄の肩紐を肩に掛ける。
すると、わずかながら中から鈴の音が鳴る。
(重っ! なんだこりゃ?)
とても着替えが入っているだけに思えない妙な重さを感じながらも、そのままみらいを抱き上げる。
「重くない?」
「はっきり言って重いわ!」
普段から軽いと言われムカツキ慣れているみらいたったが。
「重いって言われて気分を損ねたのは始めてだわ」
「だったらきちんと飯を食え!」
「食べてるもん……」
龍好が、そう言いたくなるのも痛いほど良く分っているつもりだった。
(だって、食べても食べても全く成長しないんだもん……)
分って欲しい乙女心だけは、いっつも龍好には届かないのだった。
栞と違ってノーマルな腕力しか持っていない龍好にとって、何が入っているか分らない妙な重さを感じるバックとみらいを同時に抱え二階にある寝室兼自室まで運ぶのは思った以上にきつかった。
こうなる可能性を少なからず予想しドアを半開きにしていた自分を褒めてあげたい心境だった。
龍好の使っているベットに半ば投げ出される様になったみらいは、
「あ、えっ、あれっ?」
てっきり客室にでも布団を敷かれ、そこで寝ろと言われるものだと思っていただけに、すっとんきょうな声を、つい上げてしまう。
「静かにしろって、栞寝てんだから」
小声で龍好は、みらいが声を荒げた事を注意するが、西守ならともかく一般人でこの状況は珍しいはず。
例えるならば、夫婦が同じ部屋に居ながらも別々の布団で寝ていて、旦那の布団には妾が居るという図式になるのだ。
みらいの視線は、床にしいた布団の中で、すやすやと規則正しい寝息をたてている栞と龍好との間で右往左往する。
淡いオレンジ色の下で常日頃から彼の『お嫁さんになりたい』と言っている少女が寝ている。
ソレを、その想い人のベットから見おろしている自分が居る現状。
はっきり言って精神衛生上とてもよろしくない状況だった。
もし、彼女が今起きたら何を思うのだろうか?
嫌われてしまわないだろうか?
言い訳ならいくらでも言える。
でも、彼女には嘘は吐きたくない。
泣かせたくはない。
確かに彼女は、西守という者がどういう環境で育ち、どういう考え方を軸に行動しているか比較的理解している方だとは思う。
だからといって、この現状をあっさり受け入れてくれるとは思えない。
みらいが現状を受け入れられずにいるのに――
龍好はバックをパソコンの置かれた机の脇に置くと当たり前の様に近付いてきて、
「んだよ、震えてるくらいなら布団に入ってろよなぁ」
小声で、いらだちをぶつけてくる。
――みらいの視線は、龍好から栞へと流れていく。
ソレを素直に受け入れられないでいたからだ。
「ったく、めんどくせーなぁ」
「めんどくさいってなによっ!」
今度は、きちんと小声で反論して見せるが、
「こういうコトだよ!」
龍好もろとも布団に包められてしまった。
栞を想うと言葉は出せなかった。
悲鳴すら飲み込んだ。
彼の心音がどきどきと高鳴っていた。
雪山で遭難した相手を温めるには人肌が一番である。
龍好は、ただ単にソレを実践して見せただけなのだ。
みらいには、ソレを拒否する言葉も、跳ね除ける力も無かった。
いや――したくなかった。
その証拠に龍好のパジャマをひ弱な力ながらも精一杯、にぎりしめていたのだから。
離れたくない、離して欲しくない、この温もりに抱かれていたい。
でも、栞はどうなる?
イヤでないはずはない。
せめて言い訳の打ち合わせくらいはさせて欲しいと願うために顔を上げたが。
龍好は、すでにすやすやと寝息を立てていた。
「嘘でしょ!?」
慣れた女ならともかく。
初めて抱いた女を抱きしめたまま、全く気にせずに眠ってしまえる一般人が居ることにみらいは驚愕した。
つまり先程の高鳴っていた心音も始めて一緒の布団で寝る女に対する期待感や高揚感では無く。
純粋に自分とその着替えを持って階段を上ったために心拍数が跳ね上がっていた……ということなのだろう。
別な意味で……ものすご~く!
頭にきていた。
自分は西守であり、この様な状況に対する耐性は一般人よりも遥かに持っている……いや、持っていなければならない存在なのだ。
にも、かかわらず。
慌てふためいていたのは自分だけ。
一方で龍好は、冷えた身体を温める救助活動としか思っていなかった。
「ばか……」
誰も応えてはくれない……
でも、もう一度。
「ばか……」
みらいは、乙女の純情を踏みにじった、とおへんぼくをののしってみた。
優秀な体内時計を身に宿す栞が起きる時間は6:30分と決まっていて、その誤差は殆ど無い。
だから自分は6時ジャストに起きて朝食を用意しよう。
もしかすると、先程飲んでしまった牛乳は明日の朝食用だったかもしれない。
ならば、先ず近所のコンビニで牛乳とパンを買い。
お湯を沸かして即席のカップスープを用意しよう。
ここ芒原家では、基本的に和食中心の献立ではあるが、洋食がダメってわけではない。
付け合せの野菜を用意するのは、栞が起きてきてから頼んでもいいし。
備蓄させてもらっている野菜ジュースを出しても問題はない。
(うん、これでいこう)
そして、栞に『あや~、みらいちゃん今日わ早いなぁ~』と聞かれたなら『うん、早くに目が覚めちゃったから』とこたえよう。
(うん、嘘は言っていない)
せいぜい栞が聞いてくるのはこの程度。
言う必要のない事まで暴露して仲たがいするのは、ごめんこうむりたい。
自己完結が終わると強烈な眠さが襲ってきた。
だって、それは抗う事が出来ないくらい温かで安らぎに満ちた心地良さだったから。
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