4-5
みらいはホットミルクを飲み終えるといつもの顔に戻る。
寒気が止まったわけではない。
でも、伝えなければならない事実があるから。
少なくともホットミルクのお陰で、ろれつが回らないという事だけはなさそうだ。
無邪気な愛らしさから嫌な部分をふんだんに塗りたくった大人の顔に変え。
上手く動かない身体を使うよりも手っ取り早い方法で確信を突きつける。
「ねえ、龍好。眼帯を外してくれるかしら」
「ん? 分った」
何が遭ったかは、これを見れば一目瞭然なのだろう。
こんな深夜にいきなり乗り込んできた意味を知ろうと不用意に言われたまま眼帯を外すと、
(――っ! なんなんだよこれ………)
そこには、部屋の明かりを鈍く反射した薄い緑色をした義眼の様な物があるだけだった。
瞳孔もない。
ただのガラス球にしか見えない物が嵌っているだけ……
左右色の違う目。
片方が以前のまま煌びやかな空色をしているため余計にその対比は不気味に見えた。
みらいは、予想通りの顔をした龍好に寂しさを感じる。
それでも、眼帯を元に戻してもらうと、いつも通り気丈に振舞う。
「視力を失ったわ」
「なっ!」
「この左目は、モノを捉える事が出来なくなったと説明してるの」
「やっ……でも」
「言ったはずよ、こうなる前に貴方の――」
みらいは、一旦言葉を切り、嫌われるのを覚悟して言葉を続ける。
「貴方の銀時計としての力を貸して欲しいって!」
龍好は、何もこたえない。
理由は分っている。
それが彼のトラウマなのだからと。
自分は、いい。
例え視力を失おうと、言葉を失おうと、歩く事が困難になろうと。
西守なのだから――
金でどうとでもなる。
どうせ形ばかりの婚姻だ、それでじゅうぶん役割は果たせるのだから。
「刹風はともかく栞は、これからもあの世界に居続けなくちゃいけないの。確かに安全な部分にだけ触れて危険を冒さなければ危ない事はないかもしれない。でも、それじゃここと……リアルと何も変わらないわ。この街から出る事の出来ない今と同じ。やっと思いっきり暴れることの出来る世界に行けたのに……その向こうに新たな嬉しさがあるのを、ただ見てるだけで我慢して……ずっと同じ場所に居続けなくちゃいけない。その
龍好は、みらいがまだまだ言い足りないであろう事を察しつつも。
「……スマン」
ある意味命懸であのゲームの危険性を証明して見せた者に対しては、余りにも短い言葉で切り捨てた。
聞きたくもない名に、いらっとしたからでもある。
確かにみらいの仲間を想う気持ち。
友達を何よりも大切にしたいという気持ちは、見上げたものがある。
きっとそうせざる得なかった事情もあるのだろう。
そのくらいは龍好も分る。
しかし、気持ちの整理をするには――まだ時間が足りなかった。
「ごめん、無理を承知で言ってみただけだから。忘れて」
言葉を荒げてみても、言いたい事をぶちまけてみても、心も身体も温まらない。
こんなにも近くに龍好が居るのに、肩はまだ触れていて温もりは伝わってくるのに。
本当のコトは何も伝わらないし、届かない。
「帰るわ」「いちおう考えてはいるのさ」
二人が言葉を発したのは同時だった。
気まずさから、お互いに視線を外していたために互いの口が動き出すタイミングを見逃がしてしまったからだ。
普段なら、それでもなんなく合わせてみせるのだが、今ばかりは互いに気まずさが強く。
噛み合いが悪るかった。
「ふっ」
龍好は、精一杯の優しい笑みで笑って見せて、
「送るよ、玄関までだけどな」
今後の展開を予想していながらも言うだけ言ってみる。
「その……いいの?」
予想外の嬉しい言葉にきょとんとするみらいに対し。
龍好はあっさりと肯定してみせる。
「いいも、なにも、さっきと同じだろ」
みらいは、自分を包むように抱き上げる龍好に、
「じゃなくて……リトライの方よ……」
やや拗ねながらも確認する。
「ふ~。両方OKってことで」
龍好は、いつもの優しい笑みでこたえてくれた。
それだけで、今日はここに来て良かったと満足したみらいだった。
だが――
たった一人この結末に満足できない。
正確には、満足したくない者が玄関で仁王立ちしていた。
手には小旅行にでも行く気だろうか。
やや大きめのバックと通学用の鞄がにぎられている。
「あら、お嬢様。お着替えを取りに来るだけなのにお姫様抱っこしてもらえるなんて羨ましい限りですわ」
それは、「おほほほほ」と、色んな意味で含みを持った笑みで訴える。
やはりさっきの猫に良く似ていた。
「それとも! まさかとは思いますが、殿方の家に夜這いに来て、一時間もせずに帰る! な~んて情けないことは、おっしゃりませんよねぇ? 私、お嬢様をそんな臆病者に育てた記憶はありませんし……。それに、もしそうだったとするなら……こんな事が知れたら。私、きっと皆に責められるんでしょうね……。そして悲しみのあまり水に入ってしまうかもしれませんわ」
みらいは、むしろ『全力で入って見せろ!』とツッコミを入れたかった。
しかし、小春の言う事にも一理ある。
確かに防衛線は張っている。
だからといっていくらなんでも帰宅が早すぎると感じる使用人は多いだろう。
小春の立場を考えれば、その手の嫌味の一つや二つあっても不思議じゃない。
西守に従事するものであれば主。
これは、過去から現在に至るまでの当主の考え方と言う意味になるのだが。
みらいの両親や、みらいの様な者を西守らしい生き方に導かせる使命がある。
そしてそれが出来た者には、相応の見返りがあり。
逆に出来なければその立場を追われる。
いつだって勢力争いの真っ只中に彼女は置かれているのだ。
こうして比較的勝手気ままが許されるのも。
いまだに婿を一人も取らずに居られるのも。
彼女と夫である執事長のお陰でもあるのだ。
もし、両親の様に我を通せばせっかく良くしてくれた恩人達に対し解雇という処分でこたえなければならなくなる。
いつだって、ソレを両親は嘆いていたそうだ。
何度も西守を、西守という名を捨てようとしたと聞いている。
でも、その度にその時の従者にたしなめられたそうだ。
そして、最後の従者が現在もみらいの保護者代わりとして居てくれている。
実際問題、かなり立場は危ういはず。
出来うる限りの事は主としてするべきと思う。
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