4-4

 いつもより格段に龍好を近くに感じる、みらいは不思議と落ち着いていた。

 身体が上手く動かない分だけみらいに言い訳を与えていたからである。

 そう、これは緊急事態だからしょうがないのだと。

 今のみらいにとって、龍好の温もりこそが何よりのご馳走だった。

 そんな二人のやり取りをドア越しに感じ取ったメイドは、


「ぐっじょぶです、お嬢様」


 強く拳を握り締め今後の発展を大いに期待していた。

 龍好は、半開きになっていたリビングのドアを足で開けてソファーへと進むとゆっくりみらいを降ろす。


「あっ……」


 みらいの口から咄嗟に出てしまった言葉。

 それは龍好と離れてしまったがために感じてしまった始めての感覚。

 途端に襲う寂しさと孤独。

 先程まで感じ取っていた肌の温もりは急速に冷えていく。


「ん?」


 龍好がどうした?

 と聞く前に、孤独に怯え潤んだ瞳が訴える。


「さむいの……」


 甘えた幼女の口調でみらいは、温もりを求める。

 確かにみらいの身体は信じられないほどに冷たかった。

 人は、死ぬと冷たくなると聞くが……もしかして死体ってこんな感じなんだろうか?

 そんな思いを抱かせるほどにみらいは冷ややかだった。


『お嬢様を温めてくださいませ』


 おばはんの願いが答えを求める。

 ここは、みらいの家の様に常時適温適湿とは違う。

 夜。

 それも深夜ともなれば上掛け無しでは人肌恋しくなって当たり前。

 そんな状況でありながら二人ともパジャマのまま。

 そりゃ~、肌寒くて当然だろ。

 とりあえず、エアコンを動かして部屋を温めておいたから龍好的には、じゅうぶんだが。

 明らかにみらいに対しては、不足している。

 ならば外部からだけではなく、内部からも温めるべきだ。


「なぁ、ホットミルクとココアどっちがいい?」

「みぃるくぅ」


 よほど、ホットミルクが飲みたかったのだろう。

 そう感じさせる嬉しさと甘えの混じった声だった。

 また一つ正解にいたった気がして。

 気分良く龍好は、冷蔵庫から牛乳を取り出す。

 二人分をマグカップに注ぎ電子レンジで温始めて気付いた。


(ああ……朝の分はないなこりゃ……)


 栞は、毎朝必ず牛乳を飲んでいる。

 なんでも、毎日飲めば、しっかり育つと頑なに信じているからだった。

 正直なところ。

 その成果が、あまり見て取れた感じはしないが……


(でも……まぁ、たまにはいいか。どうでも飲みたいってゆーなら近所のコンビニまでダッシュすりゃいいし)


 龍好が自己完結を終える頃には――程よく温まったミルクが出来上がった。

 みらい用に置いてある黒いマグカップには、栞お気に入りの猫が白線で描かれていて、Vサインを龍好に送りにっこりしている。

 まるで、どこかのおばはんが喜んでいるかの様な笑みだ。

 含み笑いといった方がしっくりくるかもしれない。

 一方、龍好の方は灰色と黒の岩石模様で、そのどっしりとした趣は落ち着いた感じがする。

 いかにもおっさんが好みそうなそれは、馴染みのすし屋がくれたおまけだった。

 それらを仲良く持ってみらいの元へ戻ると肩を抱いて震える少女が居た。

 もともと色白な顔は、純白の陶器の様に血の気を失い。

 淡い桜色をした愛らしい唇を紫色に染めていた。


(やべー)


 どうやら選択は間違っていたらしいと感じた龍好はミルクを零さない程度に走り寄ると、


「みぃるくぅ~」


 みらいは、待ち焦がれた物を得れる喜びから満面の笑みを浮かべる。

 その痺れて上手く動かない手を何とか持ち上げて早く飲みたいとねだる仕草に龍好は「は~」安堵の息を吐く。


 本当にこれで正解なのだろうか?


(ってゆーか、これって救急車の方がよくね!?)


 そんな不安が嫌でも浮かぶ。

 遠近感がいまいちつかめないのであろう小さな手に猫のマグカップを持たせてやると、


「はふ~はふ~」


 心もとない震えた両手でしっかりと猫のマグカップを持ち上げ火傷しないようにしているみらいの頬には、ゆっくりとだが……確かに血色が戻り始めていく。

 みらいは、手から伝わる暖かさを心地よく受け取っていた。

 それを与えてくれた龍好が近くに居る事が嬉しくて、心がほっこり温まるのを感じていた。

 龍好が用意してくれたホットミルクは粗悪な量産品を味気ない電子レンジで温めただけのもの。

 特選された指定牧場で作られた原料を元に作られたモノと比べたら雲泥の差だろう。

 でも、それは、ほんのりと甘く、幸せの味がした。

 ゆっくりと……ゆっくりと、ホットミルクを飲み込んでいくみらいを見て、龍好は「は~」もう一度安堵の息をこぼす。

 これが正解なのかは分らない。

 でも、先程見せた寂しそうな顔は、それが正解だと言っている気がした。

 だから龍好は、いつもと同じく対角に座るのではなくみらいの隣に腰を下ろして肩を寄せる。

 パジャマ越しに伝わる温もり。

 それはホットミルク以上にみらいを、みらいの心を豊かにして行く。

 みらいは、純粋に嬉れしいと思った。

 いきなり深夜に押しかけて、ホットミルクをねだられて……それでもこうして何も聞かずに隣に居てくれる存在に。 

 ちょっぴり心が痛んだ。

 彼を想う友人達の存在に。

 でも――今は、今だけでいいから。

 このまま夢を見させて欲しかった。


 せめて、このホットミルクを飲み終わるまで――


 飲み終わったら、きちんと夢から覚めるから。

 そんな些細な願いを込めてみらいは一時の幸せを味わっていた。


 なにがそんなに嬉しいのだろうか?


 そんな感想を抱きながら龍好は――

 ゆっくりと、少しずつこくこく喉を鳴らしてホットミルクを飲むみらいに見入っていた。


 出会った頃からほとんど成長という変化を感じさせない容姿。


 本来であれば、まだ親に甘えたい年頃に出会った。

 龍好とみらいは、両親をリトライという名のゲームに住まう魔物に食われた者同士という点に置いては同じだった。

 龍好は、それを知らず。

 一方みらいは、その魔物に挑んだ。

 その結果がコレである。



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