4-3

『お嬢様はとても淋しがっておられます。ですからどうか龍好様の手で温めてあげてくださいませ』

「ん~……」


 龍好は、いまいち――あの、おばはんの考えが分からなかった。

 常に頭を捻らないと正解に辿り着かないような話し方ばかりでからかわれる。

 嫌いではない。

 その内に有る優しさにも純粋に好感が持てた。

 でも……はっきり言って苦手なタイプだった。

 深夜に電話が掛かって来るであろう可能性に対して心の準備は出来ていた。

 しかし、おばはんからの電話は完全に想定外だった。

 てっきりみらい本人から、相変わらずの件名だけメールなりワンコール電話が来るものだと思っていたからだ。

 しかも狙ってやがったのだろう。

 おばはんは、エッグの方ではなく据え置きの電話の方にコールしてきやがった。

 おかげさまでしっかり目は覚めてしまっている。

 一応栞は、一旦寝入ると予定時刻まで起きないが……

 逆に変な時間に起きてしまうと今度は眠れなくなり。

 翌日の授業でまったく身にならない睡眠学習をするはめになる。

 だから、龍好は飛び起きた。

 慌てながらも栞を起こさない様に――かつ、最速の小走りで階段を降り、リビングにある受話器を取ったのだった。

 そこで、の会話は実にシンプル。

 挨拶以外は、先程脳内でリプレイした内容のみ。

 シンプルであるがために、みらいの置かれた状況。


 なぜ彼女は、こんな深夜に来ると決めたのか?


 それらを自分の頭で考え、可能な限りの可能性を模索していくしかないのである。

 そして、それらの考えが積み重なった龍好の頭は時間と共にみらい一色に染まっていく。

 完全に小春の思惑通り。

 見事なまでに手玉に取られていた。

 やがて、車が駐車場に入る音がしてエンジンが止まる。


「は~……」


 訳が分からない、というより。

 覚悟を決めなければいけないという溜め息を吐く。

 龍好が玄関にみらいを出迎えに行くと、タイミングを計ったかの様にドアノブがガチャリと音を立てる。

 玄関のドアが開き始めると思いきや。

 何かが擦れる音がしただけで、それ以上の反応が無かった。

 いくら物音を立てないためだとしても、そこまで気にしなければならないほどではない。

 確かにみらいも栞の生態を熟知しているため、チャイムを鳴らすようなバカなまねはしないだろう……とは、思っていたが。


 いくらなんでもオカシイ――


 背筋から伝う嫌な悪寒を感じると同時に黒い噂が脳内で再生される。

 それはリトライの持つもう一つの名。


 至高のデンジャラスゲーム――

 

 ドアの向こうに人の気配はある。

 来訪者は、間違いなくみらいのはずだと決め付けて龍好はドアを押し開こうとするが……

 何かにつかえているみたいで、開かない!?

 強引に押せば開きそうだったが、原因がみらい本人だとするとやばい!

 取り合えず、いったんリビングに戻り庭から回り込もうと思った時、別の気配と声がした。


「あらあら、お嬢様ったら。やっぱり、お一人では辿り着けなかったのですね……龍好様もうよろしいですよ。ドアを開けて下さいませんか?」

「――あっ! はいっ!」


 いったん引き返そうとしていた足を再び玄関に向けてドアを開くと。

 そこには、満面の笑みを浮かべたメイド服姿のおばはんが居た。

 相変わらず年の割には可愛い制服が良く似合っている。

 そして……その胸に抱き上げられたみらいが居た!


 その顔色は蒼白。

 左目には眼帯。

 煌びやかな金髪は、くすんだ銀髪に近い色合いになり果てている。

 薄暗い玄関の照明の下ですら一見して取れる変化。

 それは……明らかに、リトライでのトラブルを引きずっている事を示唆していた。

 どういった経緯でこうなったかは分らないが、みらいの性格上当然の結果と思えた。

 数日前、強く断った事を今更ながら後悔するも……

 龍好は、とりあえず、みらいが生きている事を確認すると安堵の息を吐き。

 努めて明るい声で、


「まぁ、上がれよ」


 歓迎の意を表すも、みらいの反応は遅く……

 やや遅れて、


「……うん」


 と、返すのがやっとみたいだった。

 その声に力は無く。

 眠いのをがんばって我慢する子供が何とか発する、さえずりの様にかすれていた。

 代わりに、メイドのおばはんがトーンを落とした元気な声色で、


「それでは失礼いたします」


 ずかずかと、当然の様に玄関に入って来るのだった。

 それ以上、おばはんは、龍好に何も言わない。

 しかし、その目は、『分っておりますよね?』しっかりと言葉以上のモノを訴えていた。

 答えは、龍好の目の前にある。

 おばはんは、龍好に同じ事をしろと言っているのだ。

 龍好は、その眼力に白旗を振り、望むがままにみらいを受け取る!


 その尋常ではない冷たさにえもいわれぬ恐怖を感じた。

 まるで、氷でも抱いている様な感覚。

 確かにみらいは、人の体温を調整する能力をもっている。

 それは体内に流れる血液温を下げるモノであり、特に暑さに対する耐性という点に置いて優れた効果を発揮していた。

 しかし、どう考えてもそれが暴走し、下げまくっているとしか思えない冷たさだった。

 動揺する龍好を尻目に、


「それでは、お嬢様を宜しくお願い致します」


 メイドのおばはんは、にっこりと微笑み撤退していってしまった。

 とにかく、受け取ってしまった以上、自分がなんとかせねばなるまいとリビングに向かおうとする龍好を見上げるみらいは、お子様みたいな半ば夢心地な口調で「すりっぱ、……は?」履物を所望するも、


「んなもん履いて歩ける状態じゃねぇだろが! バカ!」


 あっさりと龍好に一蹴される。


「……む~~~~~」


 ゆったりと、むくれるみらいはいつもより輪をかけて幼く見えた。

 だからだろう。 


(ん~~~。あっちの影響って精神的ダメージも引き継ぐんかなぁ?)


 そんな考えがつい頭をよぎる。

 ネットの情報は、その是非において確実性が欠ける部分も多いが。

 精神攻撃を主体とするモンスターでも居るんだろうか?

 龍好は、意図的にそれらの情報に戸を立てているため推測でしか事態を計れない。

 しかし、そう感じずにはいられないほどに今のみらいは幼く見えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る