3-41

 ラビリンスの外に出た栞は、意外な人物の出迎えを受けていた。

 全身真っ黒で、服のあちらこちらに装飾みたいなものを身に着けた変な人だった。

 右肩の上に、ハートマークを添えたエッグがファンシーな羽をパタパタさせながら浮いている。

 通常のエッグと明らかに形が違うところから見ても使い魔としてエッグを使っている人のようだ。


「どうも、はじめまして。ボクは、黒の賢者。またの名を煉黒れんごくの奇術師。通称ペテン師と名乗っている者です」

「うちは、栞や。よろしゅうなぁ」

「では、早速でもうしわけないのすが、伺いたいことがありまして。よろしいでしょうか?」

「うちに、こたえられることやったらええよ」

「では、お言葉に甘えまして。こちらの迷宮に入る前に6人組の悪党に会いませんでしたでしょうか?」

「あぁ、あの脳みそ腐った連中のことやな。それがどないしたん?」

「そうでしたか、情報提供ありがとうございます。では、ここからすぐに立ち去って頂けないでしょうか?」

「なんでなん?」

「これから人誅がおこなわれるからです」

「ほな、うちも見届けさせてもらう」


 ペテン師は、驚いた顔を見せるが――栞の目を見て最後通告をする。


「例え悪党とはいえ一方的に痛めつけるだけの絵ずらになりますが、よろしいのですね?」

「それで、かまわへん。うちも本気でどついたるつもりやったからな」

「分かりました、では、付いて来て下さい」


 ハズレの出口には、山賊と思われる人達がたむろしていた。

 そして、そこから少し離れた所に潜んでいたヤツラめがけて――

 ペテン師が両手で召喚魔法の発動準備をする。

 身体に無数についた飾りを二つ千切り取ると ぴんっと、ピンが弾けて手榴弾の様に弾け飛ぶ。

 中に凝縮された魔力の塊をペテン師は両手にまとわせる。


 右手に雷をまとった神を召喚し。

 左手に雷を食らう魔魚を召喚して不意打ちの準備を整える。

 雷をまとった神が発した雷が、バカ共を一気に取り囲み感電させる。

 徹底的に、死なない程度の雷撃を与え続け――あと一歩で死に至る寸前で止める。

 そのド派手な雷鳴と惨状に驚いた山賊達は、ものすごい勢いで逃げ去った。

 そして、更なる苦痛を与えるために、


「娘を失った親の痛み! 一兆分の一でも味わってから逝きなさい!」


 ペテン師は、左手の魔魚を開放する。

 大きな口は胴体の半分以上もあり。

 一口で丸呑みにすると一人ずつ咀嚼そしゃくしていった。


 そして――


「すみません、この様なものを子供にお見せしてしまいまして」

「ええんよ、さっきもゆーたけど、うち山賊になり下がっても戦うつもりやったしな」

「そうですか。それでは――」


 寂しそうに去って行こうとするペテン師の背中が過去の自分に重なって見えてしまい。

 栞の心がざわめき――とっさに言葉を投げ掛けていた。


「勝手に話終わらせんといてーな!」

「はぁ、まだなにかおありなのでしょうか?」

「ああ、これからがうちの本命やからな」

「そうですか。では、お伺いしたしましょう」

「うちと友達になって下さい」


 栞は、ぺこりと頭を下げた。

 例え友好の握手を交わしたとしても、例え思いっきり握り潰してしまったとしてもリトライでなら痛い思いをさせるだけで済んでしまう。

 この世界でなら安心して人と触れ合う事が叶うのだ。 

 自分で言っておきながら、栞の心音は、ばっくんばっくんいっている。

 ペテン師は、左右を確認してから自分の顔を指さす。


「ボクですか?」


 それがいつかの自分に重なって見えた。

 だから、当時少年だった龍好が自分に言ったセリフを真似てみる。


「残念ながら、そのネタ。賞味期限とっくに切れとるんよ」

「はぁ、そうだったのですね……期限切れでしたか~」


 この世界の住人になってから友達なるものに恵まれた経験のないペテン師にとって正に晴天の霹靂。

 心地良い暖かなそよ風と、透き通る様な青空が素直になりなさいと言っているみたいだった。


 栞が歩み寄って、右手を差し出すと――


 ペテン師もそれに習った。



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