3-34

 後方では、増えまくったストーンゴーレム達が、ごっつくてぶっとい腕を一定のリズムで上下させている。

 一糸乱れぬその動きは、どこぞの部族がやっている怪しげな儀式みたいだった。

 もちろん行われるのは生贄の儀式で、主役はみらい達。

 確かに、みらいの言った通りヤツらは立体迷路に入り込んだ者を倒すのではなく。

 ボスのところまで追いやるように躾けられていた。

 現に、今も襲ってくる気配は無い。

 両手を上げ下げするチビ岩軍団は、まるでお母さんに、


『ぼくたち、きちんと言いつけ守って獲物を連れてきたんだよ! ほめてほめて!』


 なんて言ってるみたいだった。

 前方には、巨大な親玉。

 その、大きさは20メートルを軽く超えている。

 とんでもなく大きな右腕とはアンバランスに左腕は細く短い。

 今のところ弱点として見える的は額に一つだけ。

 だが、現在地からでも奥の扉が見える。


「ねぇ、みらい。あの奥の扉って栞の腕力なら無理やり開けれたりしないのかな?」

「やってみないと、なんとも言えないけれど……可能性は、ゼロではないでしょうね」

「もし開けれたらさ、山賊もさっきの人達も居ないんだよね?」

「えぇ。さすがにそれはないでしょうね」

「だったらさ、相手の股くぐり抜けて扉開けるって作戦でいけるんじゃない!」

「そうね。どうせダメもとだもの挑戦してみる価値はあるかもしれないわね」

「せやなぁ~」

「栞、全速力よ!」

「了解や~!」


 栞が大地を蹴るのを見ると刹風は、「とんずら!」と叫ぶ。


 刹風の体中に薄い黄色のキラキラがまとわりつく。

 背中にはファンシーで小さな羽が生えていた。

 とんでもない加速力で栞を抜き去り奥の扉まで到達。

 やや遅れて栞も扉に到着。


「じゃぁ、私! アイツ引き付けてるから!」


 言うが早いか、刹風はボスモンスターの敵意を自分に向けさせようと突っ込んでいく。

 みらいが、栞の背中から下りると――栞は、パワー全開!

 開き戸を開けようとするが!


「あかん! 開かんよ!」

「なんで、こんな時までネタやってんのよ!」


 刹風は、相手の攻撃をかわしながらも強烈なツッコミを入れていた。


「ネタやなくて! ほんまに開かんの!」

「だそうよ刹風! 作戦は、失敗だわ!」

「じゃぁ、どうすんのよ!?」

「どうも、こうも、当初の予定通り玉砕しかないでしょうね……」

「せやなぁ……」

「私は、嫌よ! こんなでかいだけのヤツになんか負けたくない!」


 大きさに似合わず、ボスの動きは、それなりに早かった。

 攻撃すると言っても巨大な右手を使ってくるだけなのだが――

 ただ、それよりも圧倒的に刹風の動きは早かったのだ。

 時間的な物を度外視すれば善戦しているとも言えなくもない。

 それに刹風には、少なからず勝算があった。

 先ほどは、失敗してしまったが、斬岩剣は岩を切る技のはず。

 力任せに叩くのとは、違う気がしたのだ。

 見学させてもらったオジサン達がやっていたのを真似たから先ほどは、失敗して手がしびれた。

 でも、今度は違う。

 例え間違った手本しか見たことがなくとも、その本質に気付き調整できるセンスを持ち合わせていたのなら話は変わる。

 刹風は、自分に向かって振り下ろされた強大な拳を、ひらりとかわし。


「斬岩剣!」


 力に頼ることなく、純粋に切るイメージで――その拳に切り込みを入れた。

 成功だった。

 この瞬間――刹風は戦士の基本技の一つ。

 斬岩剣の会得に成功していた。

 ならば、次にやることは決まっている。

 再び、振り下ろされる拳に飛び乗れるように相手を壁際に誘う。

 刹風に対し敵意をむき出しにしたボスはワンパターンの攻撃――拳を叩きつけるを繰り返し。

 壁際まで誘い込まれていた。

 そこで刹風の作戦開始。

 相手の振り下ろしてくる拳のタイミングに合わせ――三角跳びの要領で壁、拳、壁、拳、壁と跳躍を繰り返し拳の上に乗る事に成功!


(よし! いける! あとは、あの的を切りつけるだけ!)


 そう確信した刹風は、ボスの腕を駆け上って行く。

 額の的の中心めがけて、跳ぶ。


「斬岩剣!」


 その時だった、今まで全く使われなかった細く短い左腕が伸びてきて刹風を強襲したのだ。

 それに気づいて慌ててガードしようとするも――そのガードごとペチリと叩き落されて刹風は死亡扱いとなり強制ログアウトされてしまった。

 回復魔法の出番など全くなかった。

 刹風の策に乗っているように見えただけでボスの方が一枚上手だっただけの事。


「なるほど、あの細い左腕は弱点を狙いに来た相手を蹴散らすためだったのね」

「みらいちゃん! 冷静に分析しとる場合ちゃうよ!」


 ボスは、ゆっくりと、でも確実に――みらい達の方に向かってくる。


「ビックオーガシールド装備!」


 栞の叫びと共に巨大なシールドが現れる。

 それは、両手で持つ防御主体の装備だった。

 ズシンと音をたてて盾のとがった部分んを地面に突き刺す栞。

 しかし――

 ボスの一撃は、それを軽々と吹き飛ばす。


「まだまだや~!」


 それでも栞は、負けずに立ち上がり盾を地面に突き刺して応戦する。

 何度、吹き飛ばされても立ち上がる。

 後方に居る、みらいを守るために。


「あんなみらいちゃん。なんかうちらに隠し事しとるやろ?」


 みらいの心音が跳ね上がった。

 引きつった自分の表情から真意を測られてしまったと強く感じた。

 全てを話す事は出来ないが、それでも話せる範囲は話さなければならない。

 栞にウソはつきたくなかったから。

 自分達の置かれた現状を話せる範囲で。 


「さっきやって、あんな睨んでるだけやなくてもっと言い包められること言えたはずやのに何にも言わんかったやん。やから、これはなんかあるなぁって思ったから。うちもなんにも言わんかったんよ」 

「あ、その……」


 栞の強い視線が痛いくらいだった。

 いっそ全て吐き出せば楽になれるのかもしれない。

 でも、それは危険すぎる。

 なにからどう伝えたらいいのか頭がぐちゃぐちゃして分らない。


「うちな、友達が間違った道に進もうとしとったら止めるんも友情やと思う。でもな。もし、曲がった道に進んでまったら……そん時は、骨拾ってやるんも友情やと思っとるんよ」 

「あ、うん。その。それは、同感だわ……」

「なぁ、みらいちゃん。あるんやろ? 起死回生の一手……」


 栞の、心の中まで見透かす様な赤味がかった瞳は確実に何かを感じ取っていると訴え。

 みらいは、息を飲む!

 まさか、こっちの方だとは思ってもみなかったからだ!


「ひっぃ! でっ! でも! そのっ! あ、ああれは未完成で、っていうか。そ、その、そもそも発動条件が分らないし。そっ! それに、その。これでいいかも、どうすれば正解なのかも全く分らないモノなの。だっ、だから、きっと、その、何も起こらないのよ!」

「せやったら、それでもええやん。なんにも起こらなかったらそれでええ。予定通り全滅するだけやん。明日会った時に皆で笑えばええだけやん。でもな、みらいちゃん。その、なんかよー分らん事、一人でやるつもりやったんやろ?」


 みらいは、こたえられなかった。

 ただ、悲しみとも悔しさとも取れる表情で可愛らしい顔を歪ませていた。

 栞には嘘をつきたくない――でもそれを言えるほどの度胸もなかったから。


「別に無理してこたえんでもええんよ。そないな顔しとったら、うちがイジメてるみたいやん。ただな。うちは何をする時でも、うちが居る前でして欲しいんよ。特に、危険な事するんやったらなおさらやん。せやなかったら骨拾えんやろ?」


 みらいは、試験的に登録申請をした特殊術式時空間魔法が使用可能になっているか確認する。

 やはり申請は、通っていた。

 理由は察しが付いている。

 発動しないからだ。

 間違った術式や、誇大妄想を具現化させようとしてもこの世界では何も起こらない。

 理に基き。

 その中で存在しないモノは呼べない決まりになっている。

 何も起こらない猟奇的な言葉の羅列なんてただの脅し文句と同じである。

 だが、時として――それは、山賊共を追い払う最後の手段になる場合もある。


 だから、こうして――


 いかにも、なんかすごそうな文句を並べた嘘の術式を登録申請する者が少なからず居るのだ。

 そして、その一人がみらいだった。

 ただ、それらと一線を画するのは、革新的な何かがあるからだった。

 それは、この世界に足を踏み入れていた時から感じていた違和感の肯定であった。

 いや、正確には――違和感ではなく違和感の無さ。

 無さ過ぎる世界のあり方だった……

 自分は、この世界を知っている。

 この世界が生まれる以前より自分はココの住人だったのだと……

 それを受け入れ認める事。

 きっとそれが答えで、正解で、両親が帰って来れなくなっている理由なのだろう。

 だから、みらいは構築することにした。

 自分達が現状を打破できる可能性を。

 それが例えどんな災いと寄り添っていたとしても全てを受け入れる覚悟を持って。



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