3-22


 琴葉さんは、今日も、うつむき加減で、お客さんを待っていた。


「みらいちゃん。着いたよ~」

「ありがとう栞。このまま交渉してもいいかしら?」

「うちは、ええけど……」


 お店の人の顔も見ないで交渉するというのはどうなんだろうか?


「みらい、交渉してくれるのは、ありがたいんだけど。さすがに今は、それ止めない?」

「そうね。珍しく刹風の言ってる事が正しいわね」

「珍しいってなによ! いっつも間違ってるのは私じゃなくて栞の方じゃない!」

「栞は、間違ってないわ。残念なネタをやってるだけだもの」

「そうだけどさ! 確かにそうなんだけどさ!」

「はいはい。時間もったいないから、声かけづらくなっちゃってる店主と話を進めましょう」


 昨日お客さんになってくれた3人組に対し、琴葉は立ち上がり深々と頭を下げた。


「いらっしゃいませ。昨日は、ありがとうございました。本日は、どのようなご用件でしょうか?」

「こちらこそ、昨日は、ありがとうございました。今日は、この子の服を作ってもらいたくて来たのですが……」

「はい、どのように、すればよろしいでしょうか?」

「その前に、全て後払いにして頂きたいのですが可能でしょうか?」


 琴葉は、難しそうな顔をする。

 昨日の感じでは、金払いは良さそうだったのに、手付金もなしというのが特に意外だった。


「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「はい、私と栞は基本的にそれなりのキャッシュが簡単に用意できるのですが、刹風だけは別でして。これから稼いで服の料金を支払いたいと考えているのですがいかがでしょうか?」


 にぎった手を、顎に当てて考える琴葉。

 信用貸しと言うことになるのだが、信用もなにも昨日の今日である。

 昨日稼がせてもらった分もあるから、多少は騙されてもいいかなって感じで考えは、まとまった。


「わかりました。でしたらこちらにある古着からなにか買って頂いて、それをアレンジするというのは、いかがでしょうか?」 

「だそうよ、刹風。それでいいわね?」

「ん~。私は、白黒でカッコいいのがいいかな~」

「そんならせっちゃんは灰色に決定やね!」

「なんで、混ぜるのよ! 私は、ツバメみたいにカッコ良く戦いたいの!」

「うちは断然ねずみ小僧がええと思う!」

「なんで、あんたの好みに合わせなくちゃいけないのよ!」

「そんなん、面白いからに決っとるやん!」

「あの~、もしよろしければ、こちらのセーラー服は、いかがでしょうか?」


 琴葉が手にしていたのは、やや小さめではあるが――ワンピースタイプのセーラー服だった。

 ブルーベースで、白いラインが入っている。

 刹風がイメージする白黒とは、大きくかけ離れていた。


「ん~~~」


 渋い表情を浮かべる刹風にみらいが、もっともなことを言う。

 

「刹風、いっそのことアルバイト用と割り切って、それを頂くってのもありじゃないのかしら?」

「でも~~~」

「でしたら、カラーの変更をされてはいかがでしょうか?」

「へ? そんなこともできるんですか!」


 刹風の目が輝いていた。


「はい、布面積を増やすことはできませんが、基本デジタルデータですのでカラーの変更とかは簡単なんですよ」

「じゃぁ、白黒にできるんですね!」

「はい、では燕みたいにカッコよくというイメージでアレンジしてみますので少々お待ちください」


 と言って始まった琴葉のお仕事。

 カラーの変更は本当に簡単らしくあっさり白黒になっていた。

 襟元には、スカートと同色の白黒ギンガムチェック。

 青かったセーラー服は、胸の下ほどからばっさりと切り取られていて――

 幅広の黒い紐で波縫いされ、背中でぎゅっと蝶々結びでしばられている。

 紐の先はツバメの尾羽を模した深いブイ字型。

 下から見て胸が見えない様に、きつく絞られたところは、ひらひらしていてちょっぴりフリルっぽい。

 服の後ろは、襟がやや大きめのW字型になっている。

 青い襟は黒く染められ、白かったラインは黒く変わり二重になっていた。

 問題は……


「あの~。これって、お腹丸出しですよね?」

「あ、それは問題ありません。きちんと規定範囲ないですし、この程度ならむしろおとなしいくらいですよ。私みたいに正規登録している人ばかりじゃなくって、未登録の人なんかは本当にぎりぎりまで勝負しますので。可愛らしさと、というか女らしさというかが、かなり際どいところまでいきますからね~。私の様な健全第一主義は人気ないんですよ~」


 苦笑いする、琴葉の言うとおり。

 実際には、アウトっぽい人も結構居たりするのだ。

 基本的に街中は水着みたいな服は禁止となっているが、胸は幅の広い紐というか平らな生地を巻いただけだったり。

 下も、所々に切れ込みが入りっていて、サイドはかなり際どい恰好をした人も居る。


「まぁ、確かに、そーゆーのに比べたらましなきもしなくもないですけど……」


 はっきり言って恥ずかしかった。


 そして、最初から一番気になっていた白黒のギンガムチェックのプリーツスカート。

 セーラー服を二つに分断した下の方は ベルトの代りに両端を幅広の黒い紐を使い蝶々結びで止めていて。

 ちょっぴり可愛らしさがアップしている気がした。

 その紐の先も深いブイ字に切り取られている。


 ただ、大きな問題があり。

 裾が右から斜めに切り取られてりるため。

 左側は、まだ何とか見れるが……

 右側が――これでは、ただ歩いているだけでパンツが見えそうなほどに短く見える!


「あの~。これって、左から見ればぎりぎりセーフっぽい気もしますけど。右から見たら完全にアウトですよね?」

「ええ、そう思いまして更に短くしてみました」

「なんで、長さ足りなくなったら更に短くしちゃうんですか!?」

「それはですね、規定の長さがキープできなくなりそうだったのと。やっぱり、セーラー服なのでリボンは欲しいかなぁ~、と思いまして。いっそのことファッションと割り切りって、ばっさりと切らせてもらいました!」

「規定の長さって。じゃぁ、どっちにしろ着れないってことじゃないですか!」

「あ、それはですね。こちらのスパッツをセットにする事で、規定違反にはなりませんので問題ありません」


 それは、黒いレギンスだった。


「え!? でも、それって料金に上乗せですよね!?」

「あ、それはそうなのですが……実は、これ。同業者の知り合いから格安で譲ってもらった不良在庫なんですよ」

「ふ、不良在庫ですか……」


 古着の改造から始まって不良在庫のセット。

 実に微妙な組み合わせだった。

 しかし、贅沢を言ったらきりがない。

 見た目はともかく、彼女なりに頑張ってくれた感は……それなりに感じなくもない。

 それに、なにより値段がいくらになるのかの方が問題だ。


「はい、ですから正直なところ当初の予算よりは多少オーバーしますが。それほど高い物には、なりませんので安心してください」

「そうなんですね! そのくらいでしたらバイトの報酬でじゅうぶん支払えますので助かります!」

「そう言って頂けるとありがたいです」

「ちなみに、おいくらでしょうか?」

「昨日儲けさせて頂きましたので、おまけして5800キャッシュでいかがでしょうか?」

「わかりました。頑張って稼いできますので待っててください」

「はい、ありがとうございます」


 そして、出来上がった服に着替えた刹風を見て栞が声を張り上げる。


「はゃ~! せっちゃんまた胸おーきゅーなっとる!」


 さすがにそれは看過できないと、手を止めたみらいの目にも刹風の胸が大きくなっているように見えた。

 黒は引き締め効果がある色。

 それに対し、白は膨張色。


「なにそれ、私に対する嫌味なわけ? 上下を黒で引き締めて。ただでさえ大きな胸を強調するってどーゆーことよ!」

「え~~と、その……お腹丸出しの方は気にならなわけ?」

「そんなん胸に見とれとったら全然く気付かんよ~。なんか、たっくん見たら喜びそうやなぁ」

「はー、あんなのど ーせ来ないじゃないの……」


(ホントは、来てほしいけどさ……)


 刹風は、内心でつぶやく。


「ま、まぁ、あんたが、お金出して買ったものだから強く言うつもりはないけど……」


 みらいの目は、親の仇を見る様に刹風の胸を射抜いていた。


「あ、はははは……」

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