3-16


「気にしなくていいわよ。今後、必要になった時に躊躇ちゅうちょされちゃ困るから予行練習だと思って飲んでみて」


 みらいが刹風に手渡したのは、薄い緑色した飲み物だった。

 コルクを外して飲んでみると、青リンゴ味で――後味もスッキリしていた。 


「ホントに美味しいのね!」

「えぇ、悪くないでしょう? どっかの使えない回復魔法とはえらい違いだわ」

「かんにんや! そないなこと言わんといてぇな! うち、頑張ってきちんとやるからぁ」

「いいわよ。普通戦士に回復なんて期待しないものでしょ? それに、回復魔法使える魔法使いになろうがならなかろうが、なんちゃってヒーラーのままじゃない。さっきの安売りしてた毒消し買い占めたほうがよっぽど建設的だわ」

「あう~ かんにんやぁ。うち、がんばってちゃんと使えるようになるからぁ! な・な・な! 絶対にがんばるから!」

「絶対に?」

「うん! 絶対や! 絶対覚えて使えるようになるから! やから、見捨てんといてぇなぁ」

「うふ うふふふ」

「言ったわね、絶対いって」

「う、うん。絶対の! 絶対や!」

「じゃ~あぁ、お勉強会しなくっちゃね~。だってお勉強しなくっちゃ覚えられないでしょ?」

「あう~、おてやわらにやぁ」

「却下!」

「え~! そないなこと言ったかて、うち暗記苦手やもん!」

「嘘おっしゃい! 1回見ただけでアニメのセリフ全部覚えてるじゃない! それに、あんな難問解けるくせに一般教養が出来ないのはヤル気が無い証拠! いい! これを期に、栞には、みっちり勉強してもらうから!」

「あう~、なんかほんもんのお勉強するみたいや~」

「当然でしょ!」

「え~~~! なんで、ほんまもんのお勉強もせなあかんの!?」

「では、ココで問題です。この世界においてマジックポイントを増やす方法がいくつかあります。それは、なんでしょう?」

「レベルをあげる~」

「はい正解。刹風は?」

「え! 私も?」


 なんとなく、刹風は、かかわってはいけないという危険信号を感じ、スルーしていただけに意外な展開だった。


「そうよ、刹風にも聞いてもらい事だから」

「ん~ やっぱり、ゲームなんだしレベルを上げればいいんじゃないの。あ! そうだ! きっと、マジックポイント増えるアイテムとかあってそれを手に入れればいいのよ!」

「うふふ。正解。でもそれって基本、課金アイテムなのよねぇ~」

「課金、ってお金取るの!?」

「当たり前でしょ! 運営会社だってボランティアでやってるわけじゃないんだから。まぁ、1個50円で30分効果が持続するみたいだから戦闘の度に使えばそれなりに効果あるんじゃない。しかも、重複効果があるから。2つ3つと使えばその分の恩恵は受けられるのよ。もっとも、お金を湯水のごとくつかえたらの話だけどね~」

「うう~」

「ちなみに、このアイテムって、それほど大幅なマジックポイントの上乗せは期待できないの。だから、一定以上のレベルになると戦闘前に10個や20個使うの当たり前みたいだけど。どう? あなたにそれができるのかしら?」

「う~~」

「うふふ。安心しなさい。そんな事よりも、もっと画期的で確実で素晴らしいマジックポイントの上昇方法があるから!」

「ほえ~」

「へ~。それってなんなの?」


 二人とも見事に食いついてきた。


「うふふ。それはね。今度の期末試験で全部の教科80点以上取ればいいのよ」

「そんなん、むりや~~~!」

「みらい……。もしかして、現実って言葉忘れちゃったの?」


 刹風は、悲しそうな顔をしていた。


「うふふ。そんな二人のために、この世界の素晴らしいシステムを紹介するわ」


 みらいは、常に表示している画面を最大まで引き延ばす。

 そこには、びしっとスーツを着込んだ女性が教本を抱いて、栞と、刹風を見据えていた。

 その隣には、きっとアナタをワンランク上の学力に導きます。

 と、悲鳴を上げて逃げたくなるような文字がでかでかと書かれている。


 刹風は、引きつっていた。

 栞の顔が青ざめていた。


「なぁ、みらいちゃん」

「なぁ~に。栞ちゃん?」

「これって、家庭教師のおばさんにしか見えねんのやけんど。うち、目が腐っちゃったん?」

「ん~ん。正解よ♪」

「ちょちょちょっと、まってよ!」 

「なぁ~に。刹風ちゃん?」

「1時間50万キャッシュとか無理に決まってるじゃない!」

「あ~ら。そんなこと気にしてたの~」

「あ、あたりまえじゃない! そんなお金あったら、借金返済にあてるもの!」

「うふふ。私、友達からお金取るつもりないから安心して♪」

「げ……もしかして、あんたが家庭教師するとかいうつもり?」

「偉いわね~。正解よ~」

「ひぃ~~~~」

「でもでも、なぁ」

「な~に~」

「ここ、使用料30分。5000キャッシュって書いてあるよ~」

「うふふ、それも問題ないの。西守学園を含む一部の学校に通う生徒は無料で使える事になってるから」

「そんなぁ~~」

「この世界にはね、リアル世界に持ち出せるモノが主に二つあるの。1つが、エッグを使った情報伝達。もう一つが、知識や経験。それが、このリトライを急速に発展及び広めた一番の理由なの。企業では、開発や新規事業の打ち合わせなんかにも使っているし。学生にとって寝ている間もお勉強できる夢の世界。リトライで、しっかり勉強すれば刹風だってリアルで出来なかった予習も復習も出来る。栞だって、家事の合間に参考書開く必要も無い。思う存分にお勉強しましょうねぇ」

「あ、あう~~~」

「私に嘘……つかないわよね~?」

「はう~~~せっちゃ~~~ん」

「いやよ! わたし!」

「あら、刹風は友達見捨てるような冷たい人だったのね。私、悲しいわ~」

「あんたの、冷静に相手を追い込む手腕に比べたら煮えたぎった油よりも温かいつもりよ!」

「あら、いいこと言うじゃない」

「じゃ、二人とも行くわよ」

「うう~」

「栞のせいなんだからね!」


 こうして、二人は――やりたくもない勉強会をやらされるはめになったのである。



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