3-12


 白十字協会。


 そこは、なんのひねりもなく病院みたいな建物だった。

 人気は、それなりにあるが、治療行為などの敷居が高く。

 なり手が少ない職業ということもあり潤沢な資金があるわけではなかった。

 見た目は診療所といったところで中に入るとピンク色のナースが出てきてくれた。

 職業案内所から話があったみたいですんなりと服がもらえ。

 真っ白な修道服みたいな服は、袖とスカートの裾にオレンジ色のぎざぎざした刺繍がある以外はシンプルな服。

 白が好きな栞は大喜び。

 回復魔法も、一通り教えてもらい文句のつけようもなかった。


 そこで、次はどこに行こうかという話になり。


 刹風の案で、猫屋に行って見る事にしたのだった。


 刹風は、単純にレアアイテムの相場を直に見て見たいと言う安易な発想からだったが、みらいが了承した理由は別。 

 自給自足で商品を仕入れているという点だった。

 考えようによっては、効率よく強くなる情報も知っているかもしれないと思ったからである。


 しかし、事は予定通りいかないことの方が多い。


 大きく猫屋と書かれた看板が見えてきた所で、


「ああああっ! ガチャある~!」


 栞が獲物に食いついて行った。


 みらいは、その後姿にため息をこっぼすも。

 この世界もそんなに悪いものじゃないのかもしれないと思い始め。

 刹風は、素直に走り回れるその背中に沸き出でるものを押さえきれなくなって走り出す。


 そう、ここはゲームの中。


 例えどんな記録を出しても、ひがまれることのない世界。

 自由に思いっきり走ることが許される世界。

 もう、自分にウソは、つけなかった。 

 栞との距離は15メートルほど。

 刹風にとっては、じゅうぶん追い抜ける距離だった。 

 ゴールラインの無いゴールに向けて刹那なる風が吹く。

 刹風は、栞が目指していたガチャの一つにタッチする。


「は~い! 私の勝ち~♪」


 息一つ切らせることもなく約50メートルを走りきった刹風は伸びをして、


「ん~、やっぱり全力疾走は気持ち良いわね~♪」


 ぱたぱたと走ってくる栞を迎える。


「はやや~。やっぱせっちゃんはやいなぁ」

「当然でしょ、唯一の取り柄なんだから」


 ウインクして可愛く決めているのは微笑ましいが、それを見たみらいは引きつっていた。

 明らかに刹風の――その加速力が尋常でなかったからだ。

 推定タイム50メートルを5秒フラット。

 それも、通行人を交わしながら走ってである。


 ありえない……


 確かに、刹風は栞と同じ肉体強化型。

 でも、彼女はレベルC。

 しかもシングルCでしかない彼女がこれほどの速度を平然と出せるものなのだろうか? 

 リトライでは、リアルの功績等を元に能力値が割り振られる。

 だが、刹風は、それらしい功績を意図的に残していない。

 ならば、このような恩恵は与えられないはずなのだ。 

 きっと、未だ自分が知らない事がこの世界にはあるのだろうと、歩きながらも仮想端末で、この世界を調べ始めた。

 ハッキリ言って危険性の調査が中心で、肝心のゲーム内容にいたっては無知な部分が多すぎたからだった。

 いくら目的がハッキリしているとはいえ、情報が有るに越したことはない。

 それは、画面とキーボードが二分化されていて。

 デフォルトサイズは、小型パソコン並みだが大きさは自由に変えられる。

 みらいは、画面だけ引っ張って大きくすると、システムの基本概要を調べ始める。


「なるほど……エッグに蓄積されたデータもステータスの振り分けに影響するのね……」


 半透明な、端末の向こうには、


「みらいちゃん、ほよ~きて~」


 財布を要求する友が居た。


「はいはい、ガチャは逃げないから、まってなさい」


 ようやくみらいが栞のもとにつくと、詩音の可愛いお洋服が当たるかもしれないガチャがあった。

 見た目は、駄菓子屋さんで見かけたガチャに似ている。

 違うのは、一回に投入できる金額に上限がないことだ。

 詩音が勝負だと言っていた以上。

 相応の何かがあると思っていたが……

 まさか、運により勝敗が決定するものだとは思わなかった。

 さらに、問題もあった。

 一回のお値段が高かったのだ。

 いちおう栞は、それなりに遊べるように、西守からゲーム内通過として毎月100万キャッシュが与えられることになっている。

 しかし、栞が挑戦してみたかったのは1回1万キャッシュで回せるガチャだった。


「栞……いちおう言っておくけれど、こんなのにお金使ったらあっさりおこづかい無くなるわよ」

「う~。でも~。うち詩音ちゃんのお洋服ほしい……」


 お金の管理は、みらいがしているため栞はなんとか拝み倒そうとしていた。


「あぁなる覚悟は、あるって判断してもいいのよね?」


 ガチャの残骸が無人販売露天にて、安目の値段設定で売られていた。

 無人販売は課金サービスである。

 そこには、毒消し等の各種回復薬に、一時的な能力上昇系統のポーションが売られていた。

 野菜の無人販売コーナーみたいになっていて――

 ちょうど、動きやすさを重視したライトアーマーを着込んだ男が毒消しを手に取り。

 お金は、ここへと書かれた看板にエッグを当てて決済をしていた。

 その様子を見た栞は、ふさぎ込む。


「あう~~~~」

「あなた、今まで一度も欲しい物ゲットしたことなかったわよね?」

「せやけど~~」

「しかも、詩音の服って一番出にくいレアリティよね?」


 ハズレがゴミクズ同然なら、当たりはそれなりのモノになる。


「でも、どうしてやってみたいって言うなら私がお金出してあげるわ」

「ほんまに~!」

「って、ちょっと、みらい本気!? あんた結果がどうなるか分かってるわよね!?」

「安心なさい。例えゴミしか出なくても、私にとっては必要なものである事にはかわりないし。栞もガチャ回せれば満足よね?」

「あう~~~~。でもでも、詩音ちゃんのお洋服ほしい!」

「10回だけよ! それ以上は、ダメ! それで良ければ回させてあげる」


 栞は、うなりながらも、みらいの提案を飲み込んだ。


 危険なガチャガチャ。

 基本的には狙った物は、そうそう手に入らない。

 だから、複数回分のお金を出して露天で買ったり。

 取引用の掲示板で見つけたたり。

 所持している人との直接交渉が望ましい。

 しかし、ガチャには格安でレアアイテムがてにはいる かもしれない可能性だけではなく。

 何が出るか分からないドキドキやワクワクも秘めている。

 それらの魔力に取り憑かれた者が日々散財していく危険なコイン回収機。

 みらいがキーボードを操作して自分の口座からリアルマネー1万を10万キャッシュに変換する。

 そして、詩音ちゃんのお洋服が出るかもしれないガチャに投入したのだった。


「はい、いいわよ栞」

「ほな、回すよ~!」


 そして、予定通りに出てくる回復薬の数々……


 一般プレイヤーからしたらただのゴミ。

 みらいの狙いは、大当たりではない。

 栞は、自分の欲しい物を引けた事は無いが、それ以外ならソコソコのモノを引いた過去があるからだった。

 とは言えたった10回。

 回復薬だけで終わると思っていたガチャは、まさかの当たりを引いていた。


「みらいちゃん! ☆☆☆☆出たよ!」

「あら、すごいじゃない」


 みらいにとっては嬉しい誤算だった。


「でも。詩音の服って☆☆☆☆☆でしょ?」


 レアリティからしたら1個下。

 刹風の言う通り大当たりではない。


「あう~~~~」


 10回以上回さない約束である以上。

 諦めるしかない栞だった。


「で、その当たりは何が入っているのかしら?」

「え~となぁ。黒い魔女服って書いてあるよ~」


 ガチャで狙った物は得られずも。

 言い訳は時として人を大胆にさせる。


 ――これが当たっちゃってね。

 ――たまたま引いちゃったのよ。

 ――捨てるものもったいないし。

 ――1回くらいは着てみようかなって思ってさっ。


 その言葉少なめな魔法が人々を大胆に変身させるのだ。


「あら、私にピッタリじゃない。ありがとう栞。私のために服当ててくれて」

「う~。今度は、自分でお金稼いで当たるまで回したる!」

「そうね、それだったら私も口出ししないわ」


 そう言って、栞には、必要のない黒い魔女服を受け取り詳細を確認するみらい。


「あら、これって大当たりじゃないの? ステータスのボーナス結構すごいわよ!」

「そうなの!?」


 レアものに目がない刹風が食いついていた。


「だって、ほら」


 みらいが、表示させている半透明の画面には、ステータスのボーナスポイントだけでなく、取引されている相場までもが表示されていて。

 その額なんと200万キャッシュだった。


「じゃぁ、さっそく着てみるわね」


 しかし、その服の補正値は、みらいのサイズまでの補正がなかった。

 そのため、腕まくりでもしなければ物が持ち辛いし。

 スカートにいたっては、膝上のミニスカートのはずなのにロングスカートになっている。

 地面を擦らない程度なら妥協も出来るが……全体的に残念になっていた。


「みらいちゃん、1日に2度も似たようなネタやるんは良くない思う」

「ネタじゃないわよ!」

「じゃぁ、それってどうするの? 売るにしたってもったいない気がするし」

「売らないわよ! なんとかして、調整してもらうのよ!」


 そう言い切る前に、みらいはデフォルトのティーシャツにジーパン姿に戻っていた。


「へー。そんなのことも出来るんだ」

「それは、それとして、お店、見て見ましょう」

「言われて見れば、それが目的だったよね」



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