3-5
栞は、一人だった。
いつだって一人だった
生まれて直ぐに行う適性検査にて肉体強化型の異常敵性値が認められてしまい。
西守の保護の下で管理育成される事になった。
栞の父が勤めていた会社が倒産し資金的にも厳しい状況だったことも話が円滑にまとまった要因の一つでもある。
まずは対衝撃吸収性能を重視した住宅が提供され、そこで栞の観察と報告が義務付けられた。
娘を育てて、育児記録を提出するだけでお金が貰える。
そんな簡単な作業では、もちろんなかった。
幸いにも、乳幼児期は力が暴走する事なく済んでいたため大事には至らなかったが、それでも母親の精神疲労は極度に蓄積し重度の精神障害を引き起こしていた。
栞……
それは本の間に挟めば見えなくなる存在。
それが、栞の名の由来だった。
娘から目を逸らしたくて、娘だと思いたくなくてその名を母親が付けたのだ。
栞の産後、間もない時期から医師やスタッフに過剰な反応をされ。
母親の心は、ずれ始めていた。
特別な存在に対する特別な対応。
心が落ち着く暇もないまま振り回されて――気付けば知らない家で、娘の観察記録を付ける日々を過ごし始めていた。
これは、自分の子じゃなくて預かってる子供だから。
そう自分に言い聞かせないと心が保てなかった。
幼子が癇癪を起こすのと訳が違う。
ただ栞がじたばたしただけで像が暴れ回ったみたいに床は、ひしゃげ。
何度となく修理、補強が繰り返された。
それらを常に、記録映像として残している様な環境で気が抜けない日々。
うっかり気を許せば怪我だけでは済まない凶器の管理育成。
母親にとって唯一の救い。
栞は、テレビさえ見せておけば長時間ずっと見入っていて暴れないということだった。
そのため早期に自室を与え。
そこにテレビを置き、いつでも好きなだけ見れるようにしていた。
そうして、栞は幼稚園に行くこともなく両親と西守の庇護の下で温室育ちをしていく。
やがて、小学生になる時期が訪れ、西守が一般人との共同生活における敵性が見たいと言い出した。
制御装置として携帯端末のエッグが与えられ、近所の小学校に通う事になる。
それは全て金で決まった事だった。
修繕費が欲しかった学校側と、敵性テストに協力してくれる学校を探していた西守との利害が一致したからである。
担任教師も、クラスメイトも全て金目的の者達だけで編成され。
そこで決められた密約。
――栞には、一切かかわらないこと!
だった。
西守の求めている実験結果は、栞が一般人との共同生活を送れるか否かである。
何も問題を起こさなければ、その日数は最長6年間続き、ただ担任だから、クラスメイトだからといった理由だけで毎月数万円の金が手に入る。
だから、最低限の指示は担任の教師が出し、それ以外は一切何もさせない。
かかわらない。
それは、栞の両親も同意したことだった。
もし、誰かを傷つければ―――最悪実験は中止となり今の安泰は失われる。
だから、それは徹底され。
栞は、学校に行って授業を受けても――だだ、そこに居るだけ。
昼食の時間も同じ。
皆が給食を食べる中でたった一人。
親が買い与えたコンビニ弁当を食べていた。
家に帰ったら、ずっとテレビを見てるだけ。
両親との会話は成立していなかった。
ただ、形ばかりの『いってきます』に『いってらっしゃい』。
『ただいま』と『おかえり』があるだけ。
それでも、栞は、テレビから得た情報を元に両親に歩みよろうと頑張っていた。
きっと、テレビの人達みたいに両親を笑わせれば振り向いてくれる。
ただただ、それを頑なに信じ……テレビのマネをする日々が虚しく続いていた。
そんな中、予想外のテレビアニメに出会う。
それは、いつも見ていたお笑い系の番組の間に流れたCMだった。
深夜枠で放映されるアニメ番組を見る気なんてさらさらなかったのに。
「かわえなぁ……」
その美少女が着ているウエディングドレスみたいな純白の戦闘服は栞のハートを深々と射抜いていた。
一見しただけでは低年齢向けのアニメ。
それも女の子向けだと思った。
しかし、美少女が戦っているのは桜を背負った治安部隊。
セリフは、めっちゃ殺伐していた。
その見た目と内容のギャップは、きっとネタなのだろうと決め付けて見た第一話で度肝を抜かれた。
放映開始早々――国家機関に蹂躙される貧しい人々の盾となり主人公は死んでしまう。
それを、
そして、国家機関を粉砕するのだ。
どう考えても、やってることはむちゃくちゃで、問答無用。
なのに、笑顔があった。
その後も主人公は己が信じた信念の元に国家機関を次々に壊滅に追い込んでいく。
その度に、救われた者達の笑みが増えていった。
彼女は、どんなにみすぼらしい者でも見捨てなかった。
彼女は、どんなにつらくても泣き言を一切言わなかった。
そして最後――
己の魂を弓として。
己の信念を矢として。
国会議事堂ごと全てを粉砕してアニメは放映を終了した。
もちろん評価は賛否両論。
それでも栞の心には、ある信念が生まれていた。
例え認められなくとも最後まで己が信じた信念を貫こうと!
笑わぬなら、笑うまでネタを振り続けようと――
そして、それは――
両親と決別するその日まで続いたのだった。
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