3-4
年齢、性別、容姿、全てが金で買える夢の世界。
ある者は、楽器を奏で。
ある者は、歌を歌い。
ある者は、絵を描く。
家の都合で家業を継がねばならなかったために諦めた歌手になる夢。
不慮の事故で利き腕を失い諦めたミュージシャンになる夢。
結婚し子育てに追われ、筆を置いた主婦。
それぞれが思い思いの出来なかったこと、やりたかったこと、やりたくても出来なかった事にもう一度向き合い、それに挑戦する機会を与えてくれる場所。
そう、ここはリトライ。
夢の叶う世界。
広場は、多くの人で賑わい。
多くの露天が立ち並んでいた。
思い思いの楽器で好きな楽曲を奏で、それに耳を傾けるも自由。
気にいった演奏者にはコインが投げ込まれ拍手が巻き起こる。
ここではないどこかの風景を描いたものだろうか?
それともこの世界のどこかを描いたものなのだろうか?
高台から見下ろす西洋風の町並みを描いた風景画を見て気にいった者が店主と値段の交渉をしている。
美味しそうな匂いが立ちこめていて。
お祭り定番の焼きいかに、焼きトウモロコシ、フランクフルトにチョコバナナ。
それらと当たり前のように並んで、パンやオリジナルグッズを扱う店。
全ては、自分達で創ったオリジナル商品。
それはリアルでいつか自分の店を持ってみたいと願った者が見る夢の
服と武具が混在して並べられた露天。
畳み二畳ほどのスペースに、売る気があるのかないのか分らない店主と思われる女性が、数学の参考書を読みふけっていた。
身に付けた衣服も様々で。
RPGゲームらしく鎧やローブを纏った者も居るが。
大半は、新たな自分を発見するために挑戦したと思われる無謀な格好をした人々が目立った。
ある物は、カチューシャの変わりに猫耳を付け。
ある者は、一度も着た事もないピンクのドレスを風になびかせ隣に居る男の顔色を伺っている。
きっと、その男の好みだったのだろう。
ある者は、異国の民族衣装を着込み真っ黒のサングラスを掛けラッパーになりきって体を揺すったり身振り手振りで女性を口説いていた。
「ほえ~。なんか賑やかやねぇ~」
「うん……すごいかも」
「確かに……」
純然と、ただ第一印象をもらす栞と刹風と違い。
この世界の危険性を知っているみらいにとって、この日常的な風景がどこか
確かに、この世界におもむく90%以上の者がモンスターとのバトルを楽しんでなどいない。
大半が、今ここで平和な日々を積み重ね、夢を追いかける者達。
夢を失くし、夢を忘れ、後悔と苦渋を飲んだ者達が夢を取り戻すための世界。
お金さえ積めば大抵の夢は叶う世界。
騎士や魔法使い達だけがRPGの主人公ではない。
商人、農夫、漁師、自警団、運び屋、宿屋の店主に新聞記者、様々な職業の数だけ主人公が居る。
リアルでは気付かないが、本当は一人一人全員が主人公なのだ。
それに気付こうと気付くまいと各々が、ここでの生き方を楽しむ場所。
それが、ここリトライ。
もう一つのリアル。
ネタ屋本舗と書かれた看板を見つけた栞の目が輝き、一目散に飛び込んでいく。
「まったく、しかたのないこね~」
呆れ半分でみらいが愚痴をこぼし歩み出すと、刹風も同じような表情で付いて行く。
ある意味看板タイトルそのもの、突っ込みどころ満載の品揃えだった。
粗悪な模造刀にチョンマゲをセットしたものや、クラッカーに、提灯、飾り付け用の小道具等々。
リーズナブルな値段設定で、宴会で使えそうな小道具が所狭しと並べられている。
ちょっとした空間も無駄にしないように吊るされた品々。
子供の頃よく通った駄菓子屋みたいな懐かしい雰囲気漂う独特の空気。
正直いきなりこの店を見せられたら『あんた何考えてんの?』と言いたくもなるが、このお祭りの様に賑やかな空気の中では、実によく馴染んでいた。
きっと、それなりに需要もあるのだろう。
いくつかの品に入荷待ちの札が貼られていた。
そこで出てきたおっさん?
「へい! らっしゃい!」
どっかの魚屋さんのように威勢良い掛け声と共に現れた顔は、淵を銀色で染め上げていて、見事なまでに長方形だった。
眉は海苔。
目は、なると。
耳は、笹かまぼこ。
鼻は、ウインナー。
口は、厚焼き玉子。
「やるなぁ~! おっちゃん! 看板見て、こいつは出来るヤツがやっとるお店やって思ったんよ!」
「おお~! 良い目してんじゃねーか、じょーちゃん! こいつが分るたー、見所あるぜ!」
「は~! なにそれ! ってゆーかあんた絶対、大事なもん付け間違えてるから!」
刹風のツッコミで、さらに上機嫌になった店主。
「おお! こいつぁまたいいツッコミじゃねーか! いいねいいね~!」
「なるほど、このネタのためだけに整形したのね」
「はぁ~。整形って、そんなのもできんの?」
「出来きるもなにも、現に証明してみせてくれてるじゃない」
改めてみらいは、おっちゃんを見上げる。
「いやいやいや、普通整形ってアップグレードするもんでしょ! これってダウングレード飛び越してキャラ弁グレードだから!」
「やー、さすがせっちゃんや~。うまいこというなぁ」
栞は万歳して喜んでいる。
「なるほど、ツッコミ、キャラ弁、どちらもうまいと」
がははははとおっちゃんは豪快に笑い。
「こりぁ、おっちゃん一本取られちゃったなぁ」
ぺしりと額を叩くと四角い厚焼き玉子の口がパカッと上下に開き、舌の代わりにしゃもじが出てきた。
「しゃもじー! ってあんた頭の中身も炊飯器とかにしちゃってるわけ!?」
「がはははははは!」
刹風の食い付きの良さにおちゃんはバカ笑いし。
「いやぁ、やっぱ、わかっとる男はええもんやねぇ、うちもうお腹一杯やわぁ」
栞は、うんうんと満足げに頷いていた。
その後、栞が初心者用のツッコミセット等を欲しがり、おっちゃんとの交渉の末。
5000キャッシュにてゲットしたのであった。
刹風は、溜め息を吐きながら手を出す。
「じゃあ、私の分ちょうだい」
「はいなぁ これで痛い思いせんで済むよ~」
ぺしりと手渡されたのは学園や施設等でよく見かけるオレンジ色した来賓用のスリッパ。
○○学園とかってプリントされてる部分には、赤字でツッコミ用と使用目的まで丁寧に記載されていた。
「あはははは、後は耐久性があれば言うことなしね……」
リアルにおいて絶対に普通の家庭よりもスリッパの消費が激しい生活環境は、微妙に刹風の財布を虐めていた。
「ほい、これはみらいちゃんの分やよ~」
「ありがと」
みらいも同様にオレンジ色のスリッパを受け取る。
「んで、うちがこれやぁ」
栞が高々掲げたものは、やや大きめの白いハリセンだった。
それも赤い文字で、ツッコミ用につきこれでモンスターと闘うべからず、と注意書きがでかでかと書かれていた。
それを見た刹風が早速とばかりに文句を言う。
「ったく、ツッコミ以外になんの目的でこんなもん買う人が居るのよ~。ってゆーか、これでモンスターと闘えるって発想する人自体いないでしょうに」
「そーなん! うちこれで闘うつもりだったから残念やよ~」
「その考え方の方がよっぽど残念よ!」
「はいはい。で、後は、その袋何が入ってるの?」
「んとなぁ。煙り玉と、びっくり風船に、ぐれねぇどらんちゃぁやね~」
「は~! グレネード・ランチャーってあの軍事用のグレネード・ランチャー!?」
色んな意味で衝撃を受けた刹風と、
「あら、意外に当たりも入ってるものなのねぇ」
普通に、まぁ、それはそれでありなんじゃない的に受け止めているみらいだった。
それを見て栞は、にやり笑う。
「これが、ぐれねーど、らんちゃーやぁ!」
袋から取り出したソレは、高々と掲げられ、みょんみょんと揺れていた。
その巨大な竹輪には、焼き鏝で、ぐれねぇどらんちゃぁ、と焼印されている。
これもまた懇切丁寧に赤い食紅で、これは武器用ではありません、と、しっかり注意書きされていて。
しかも、無駄に達筆。
すぱーん、と乾いた音が鳴り響く!
早速オレンジ色の閃光が空を切っていた!
「なに期待させてんのよ! ただの竹輪じゃない!」
刹風の激しい突っ込みに対し、
「ただのじゃないわ、大きさだけならグレートだもの」
みらいは冷静に反論する。
「いや! そうだけどね! たしかにそうだけどね! 別な意味で破壊力あってもしょうがないのよ! ったく!」
「いやぁ。うち、こんなにおいしゅ~召し上がってもらえたなら本望やよ~」
栞は、してやったりと、満足顔で先陣を切って歩いて行く。
嬉しいから、楽しいから。
自分が何かしたことで受け応えしてくれる者が居る。
その幸せを噛み締めながら歩んでいた。
昔の自分を思い返せば、まったく想像できない現実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます