2-11
龍好が自室兼寝室に入ると、栞が寝るための布団が敷いていなかった。
その意味するところは――今日は、一緒に寝て欲しいということである。
同じ屋根の下で暮らすようになってから、何度となく同じ布団で寝てきた。
それは、大抵――
寂しさ、つらさ、悲しさ、そして孤独を感じた時。
形はどうであれ、親元から引き離したのは自分。
甘える対象を奪ったも同然だった。
だから、せめてもの罪滅ぼしとでもいえばいいのだろうか。
栞が一緒に寝たいと言った時。
そして、それを感じた時は添い寝してきた。
龍好は、諦めたような嬉しいような、それでいてどこか覚悟を決めたような顔でため息をはく。
そして、
「たまには一緒に寝るか?」
と聞けば、
「うん……」
栞は消え入りそうな小さな声を零した。
てっきり飛び込んできて――
ぎゅーって、されると思って身構えていただけに不意打ちだった。
ゆっくりと近付いて来て、寄り添い両手を胸に当て龍好の心音を聞いている栞。
その行為に不覚にも心音が跳ねてしまった。
洗いたての黒髪が電灯の光を反射してきらきらしていた。
ほんのりと香る、桃の甘い香りが心地良い。
普段から、後先考えずに飛び込んで行くような栞が――
今は、ひ弱な女の子みたいだった。
栞にとっては、新たな世界に行くことに戸惑いがあるわけではない。
友人と共に行く。
だから自分が一人じゃないのは分っている。
それでも――
大小力の差はあれど特別な回路を持って生まれた自分達三人と違い。
この、特殊な回路を持たない普通の男の子にこそ一番近くにいて欲しいと願ってしまう。
何も出来なくていい、ただ傍にいて欲しいと願ってしまう。
例え足手まといだったとしても、一緒に居てくれるだけで救われる心があるのならば。
それも、戦力と換算しても良いのではないだろうか?
栞にとって龍好は、まさにそんな存在。
誰にも甘える事は許されず孤独な日々だけが日常だった。
住む所が居場所とは限らない。
心はいつだって泣いていた。
己の危険さを、その身で受けながら全てを受け入れてくれた人。
泣いてすがれば、きっと隣に居てくれる。
でも、龍好のつらい顔を見るくらいなら、我慢ずるしかなかった。
気を緩めれば思わず出てしまいそうな気持ちを押し殺して微笑んで見せる。
「うん。もう、大丈夫やから……」
「ああ、じゃあ。寝るか」
「……うん」
龍好が手を引いて布団に誘い――栞も、それに従う。
久し振りにベッドで想い人に抱かれて寝る栞は、少しだけ安堵の笑みを濃くする。
「ありがとうなぁ、たったくん」
「まぁ、せめてこんくれーはしねーとなぁ。後で、みらいになぐられそーだ」
「にゃはは、そやねぇ」
そして――
「ほな、いってくるなぁ」
「ああ、いってこい」
「エッグ・オン。リトライIN」
枕元に置かれた栞のエッグが起動すると。
栞の言った言葉。
たったそれだけで栞は、すーすーと寝息を立て始める。
基本設定の終わっていた栞のエッグは――そのまま主を眠りに引き込んでいた。
にやついた笑みを浮かべる猫が描かれた卵型の携帯端末の上には、ただいまリトライをプレイ中につき不用意に主を起さないで下さい、の文字が黄色と黒で浮かんでいる。
それは、栞の近くに居る龍好に対する警告だった。
「確かに……こりゃ不眠症の人には、最適なゲームかもな……」
エッグは、主をゲームの世界にいざなうために――強制的に意識をリトライに引き込む。
そのため起きている事は不可能になるのだ。
つまり、眠気があろうがなかろうが関係ない。
人によっては、眠った感覚すらないと言う者もいた。
それほど自然に抱いた少女は眠りに落ちていった。
龍好は、枕元に置いた自分のエッグを手に取り指令を出す。
「エッグ・オン! ネットにつないでくれ」
15インチ横長で表示された半透明の画面には、リトライに関する画面。
現在行われているイベント情報や今後開催される予定のイベント。
それらと同じく今朝のCM同様、詩音のイベント情報はトップに踊り出ていた。
今から追い掛ければじゅうぶん間に合う。
寂しさを抱えたままリトライにおもむいた少女を喜ばせる事が出来る。
でも――
「くっ……」
未だ記憶に新しい惨劇が龍好をさいなむ。
仲間と共に、栞と共に過ごしたブルークリスタルの崩壊。
誰一人守れなかった後悔。
それでも龍好のキャラは安息の七日間をもたらした功績を称えられ、ネットで英雄扱いされた。
それを妬たんだヤツラがいたのだろう。
『これって自演なんじゃねーの?』
この書き込みを切っ掛けに、同じくらい非難の書き込みが飛び交った。
その後――都市伝説となったワンデイズ・ロストバンク事件。
『今度は銀行強盗かよ!』
『マジ消えてくれ、ってゆーか死ね!』
それを境に犯罪者扱いが加速していた。
友人達は、気にするなと言ってくれたのに――人の目を気にして生きるには幼すぎた。
だから、それらにフタをして逃げたのだ。
そうでもしなければ心の安定を得られなかった。
龍好には、まだ覚悟が足りていなかった。
それがかせとなりエッグに再び指示を出す。
「エッグ・オフ……」
画面が消えて、白いボディーに自分と、栞達の名が油性マジックで書かれただけの存在に戻る。
同じ名を名乗らなければ済む話。
そうすれば仮にナイトを演じたってばれやしない。
時間だって経ってる。
遊び半分で書き込みした奴らだってきっともう覚えていない。
本気で恨んでいる奴がいたとしても――それほど居るとは思えない。
でも、だめだった。
楽しめる気がしない。
いまだに割り切れない思い。
そんな顔して隣に居たって彼女を悲しませるだけでしかない。
『しるばーくろっくないつって。なんか、かっこえぇなぁ』
それは、胸元に抱いた少女が言った言葉。
「ごめん栞。俺、やっぱり、おまえの前でだけは、カッコいい銀時計でいたいんだ……」
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