2-10

「ふんっ! 後先考えずに自爆しただけの人に言われたって信じられないわよ」

「いや! マジすげーって! だって、お前まだ本気出してねーじゃん!」

「しょうがないでしょ! 本気出す前にあんたがリタイアしちゃったんだから」


 刹風は、いまだゴールに辿り着いていない現実にむくれてしまう。


「いやいやいやいや、だれだって、おまえに追われたらビビッちまうって!」

「はいはいはい。じゃぁ、それでいいから帰りましょ」


 なんとなく自分でゴールと決めた所は歩いてでも通過しないと落ち着かない。


「ああ、っと。竿、竿」

「あ~。はい。まったくハンデになんなかったじゃない」


 不機嫌さを隠すことなく竿を手渡す。


「いやいや、普通のヤツなら走り辛くて投げ捨ててるって!」

「はいはい、足の遅い人の間違いじゃないの?」

「ひで~」

「だったら、今度は少しくらい本気出させてみなさいよね!」

「いや、止めとく!」

「はぁ? あんた女の子に負けてくやしくないわけ?」

「いや、あそこまでかんぺきに負けたらかえって気持ちいい」

「マゾなの?」

「ちがうって! 今度は、俺のステージで勝負しろってことだ!」

「はぁ? あんたのステージって何よ!」

「んなもん釣りに決まってるじゃんか!」

「いや、あんたの趣味なんて知らないし」

「負ける前の言い訳は、いくらでも聞いてやるぜ!」

「ふ~ん。釣りごっこしてるだけの人が言うじゃない」

「なんだ? 俺の勝ちか?」


 龍好は、先程感じた強敵の気配は間違いだったのだと落胆した。


「なによそれ! なにやる前から勝った気でいるのよ!」


 刹風は、その顔にムカついた!


「俺の釣った魚が見えねーヤツに負けた記憶がねーからだよ!」

「ふ~ん。そこまでいうんだったら見せてもらおうじゃない!」

「ああいいぜ。ハンデは好きなだけやる、じゃねーとマトモな勝負にならねーからな」


 完全に刹風の負けず嫌いに火が点っていた。

 良い子。

 悪い意味で聞きわけが良い子を演じてきた刹風は全く気付いていなかった。

 素をさらけ出すことができる相手を得た事に。

 その瞳が龍好に負けないくらい、きらきら輝いていることに。


 その後……


 釣りで勝負すれば、龍好が必ず勝ち。

 足の速さを競えば確実に刹風が勝ち続けた。

 別々に食べていたはずの食事が一つのテーブルを囲うようになり。

 二人の距離が近付けば近付くほど刹風の母親は不安を感じていた。


 もし――


 けんかしたら、大事になるのではないだろうか?


 しかし――


 やはり、そこは子供同士だった。

 ケンカして、いくら言い合っても、食事は共にするし。

 翌日には、しっかり一緒に遊んでいた。

 いっそのこと、こまま嫁いでくれないかしら?

 そんなことまで考えてしまうくらい気が合っているように思えた。 

 そんな日々が続く中……

 刹風は知ってしまった。


 少年が得るべきお金を得ていなかった事に……


 もともと自分には、お小遣いなる物は与えられるはずもないから、さして気にもしていなかったのだが。

 龍好にソレが無いのは、おかしいと気付いてしまったのだ。

 母の就業時間中に通帳を見て愕然とした。

 何度も何度も見せられたから直ぐに分った。

 龍好の面倒を見た事による報酬以外にも毎月決まった金額が振り込まれている事に――

 そして、それは――そのまま他の通帳に入金されていて。 

 手にしている借金返済用に使われている通帳だった。

 本来は、龍好の養育費であり、月の小遣いで龍好の物のはずなのだ。

 契約の時に聞いた話を思い出して胸が苦しくなった。

 いくらなんでもこれじゃ―――


(これって、どろぼうと同じだよね……)


「ねえ、お母さん……」


 誰も応えてくれなかった。

 問いつめても、泣かれるだけだろう。

 龍好は知っているのだろうか? 

 知られたらどうなるのだろうか?


 もう、友達ではいられなくなってしまうのだろうか?


 身体の芯が切なさを訴えていた。

 結局何も言えないまま季節は移り変わり。

 同居人が、もう一人増え……

 彼女の養育費も、借金返済用の通帳が食べていた。

 親は親。

 自分は自分と割り切って一緒に遊んでいたけど。

 心は、いつも――ざんげを吐き出したかった。


 そして、月日は流れ――


 ようやく今日から――たとえ気持ちの上だけだったとしても返していけるのが嬉しかった。

 今まで通り仲良しこよしで付き合っていける事が純粋に嬉しかった。

 今日から、リトライに行く。

 でも、龍好は来ない。

 面と向かうと、どうしても本心とは違う言葉ばかりが出てしまう。

 多分、この想いだけは三人の中で自分が一番だと思った。


 龍好と一緒にリトライで遊びたかったという想いだけは――


「エッグ・オン!」

「あぁ、今日からリトライに行くんだっけ?」


 刹風のルームメイトの美鈴みすずが声をかけてきた。


「うん。お願いだから邪魔しないね」

「じゃまするも何も興味ないから勝手にやってればいいじゃん」


 基本的に腹黒いが、思った事をそのまま言ってくれるのでありがたい。

 やはり、美鈴は邪魔するようなヤツではない。

 これで、安心してリトライに行ける。

 エッグを、小さなバスケット形の充電器に置いたら準備完了。

 後は、みらいに教えてもらったとおりにすれば良いだけ。


「リトライIN」


 すぐに始めて見る画面に切り替わった。

 そこには、水彩画で描かれた深い森を背景に。

 リトライへようこそ、矢月 刹風様という文字が読み取れた。 

 そして、INするためにお金を払うか、体力を提供するか問われ。


 体力の提供をデフォルトに設定すると――


 主の命に従って、エッグが言われた通りの設定を構築してくれた。


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